15話 VRSNSで変わることのなかったはずの日常を謳歌しました
戸倉の依頼から更に一週間。モミジは自分がVRスリの被害にあった現場であるショッピングモールに訪れていた。
犯人がいる確証も、見つける手がかりもない。彼女は何のプランもなくここに来ていたのだ。
以前までの彼女と違い、今は他人のアバターに一方的に触れることができるグローブと、足跡を追跡することができるアプリをインストールしている。
モミジは周囲を確認するが、今の所怪しい人物も、自分みたいに残高がなくなっていて慌てふためいている人間がいないことを確認する。
「やっぱりこんなもんなのかな」
「モミジ?」
後ろからモミジを呼ぶ声。モミジが振り返るとそこには、青い髪に白いワンピースの女性アバターがいた。
「ルリちゃん? あ、ポニーテールも似合うね。髪の長さ自在っていいよね」
そこにいたのは、以前一緒に買い物をした幼馴染のルリ。
普段のセミロングのストレートヘアとは異なり、髪を長くして高い位置のポニーテールの髪型にしていた。
「そういうモミジは現実と同じショートヘアじゃない」
「あー、なんか髪の毛って動く時に邪魔なんだよね」
「馬鹿ね。ポニーテールは武器よ」
「ツインテールの方が強そう」
「今度試そうかしら」
顎に手を当てながら考えこむルリの様子を見て、日常に帰ってきた気分になるモミジ。
もっとも、彼女は平日は普通に学生をしているし、ルリとも週に五回も教室で顔を合わせていた。
「そういえばVRスリのお金ってどうなったの?」
「パパから補充しました!」
モミジはルリに嘘をつく。
現在、彼女の懐にあるお金はチャージし直した貯金と、戸倉の依頼で手に入れた給料だけ。それも少額。
モミジの父は彼女に甘いが、電子マネーの移動は記録に残る。
未成年であるモミジのお金の管理をしているモミジ母に怒られてしまうため、そういった金銭のやり取りは行われていない。
それも、戸倉からの依頼料の一部は、自分の依頼料としてクロード達に支払うことになる為、現状モミジの残高はほとんどないと言っても過言ではない。
「もうじき夏休みだけど、VR海外旅行どうしよっか? いくらお父さんからお金を貰ったとしても、高性能ヘッドギアのレンタルは厳しそうでしょ?」
「うーん、お母さんに土下座すればいける気がする」
「土下座っていうのは、プライドの高い人間がすることに価値があって、プライドの低くいくらでも額をつけられる人間がしても、無意味よ」
「ルリちゃんひどい!」
モミジは元々、自分たちがVR海外旅行をするために、以前ショッピングモールに来たことを思い出す。
VRスリがなければ、今頃金銭の心配なんてしないで、長期休暇を楽しみにしていたんだろうな。
そう考えずにはいられなかった。
「ルリちゃんはさ。VRスリの被害にあったらどうする?」
「んー? 可能な限りの記録をすべて残して、全額の倍額を返金要求する」
「うわぁ。でも、ルリちゃんならやりそう」
でも、正攻法だ。モミジは自分しか見れないアプリ欄にある違法ツールを眺めて、チクリとなにかに刺されたような感覚に襲われる。
(それでも私が違法ツールをインストールしたのは、私みたいな人を…………少しでも減らすためなんだ)
自分に何かを言い聞かせるモミジ。自分がやっていることは正義なんだと思い込みつつも、違法である後ろめたさを感じて心苦しかった。
違法ツールを使う上で、クロードには何度も言われた。自分たちが違法者であると言うこと。
何度も何度も何度も、自分がルールを破った事実だけは否定しない。その上で力を欲したことも理解している。
(どうかルリちゃんは、そのままでいて欲しい。ルリちゃんは私の日常のワンシーンのままでいて欲しい)
幼馴染のアバターを眺めながら、モミジはそう考えていた。
今回もありがとうございました。