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第八話:なんで私を救ったの?


 俺は散策に疲れて街角の階段に座り込んでいた。


「相変わらず、騒々しい街だなここも」


 誰に言うでもなくつぶやいてしまう。

 この街中にいるとそれが強く実感できる。居留区の整備された中央区画はひっきりなしにいつも人と車が行き交っている。本土のようなやかましい広告なんかは無いが、それよりも街中に紛争中のピリピリとした空気が蔓延していた。

 “連邦”は、人々が旧政府を打倒して成立した。この街もその時の空気に良く似ている。


「……」


 黙って横に座っているのはリーナだ。外出用に見繕ったのは俺の私服――ジャケットにズボンだ。ボーイッシュコーデと言っておけば違和感は無いに違いないはずだ。多分。

 彼女自身は着ている服に慣れていないのか、居心地の悪そうな顔をしばしばしていた。ラッビヤ人の服でないうえに本来男性の体にあった形の服を無理やり着せているのだから、居心地が悪いのも当然だろう。

 日に当ててやれとは言われたものの、居留区内に目ぼしい施設はない。運動場はあるらしいが、栄養失調から回復したばかりの彼女に運動させるのも良くないだろう。そういうわけで散歩がてら、街の様子をチェックしていたところだった。


「何か(ヴショール)(ナイテン)のあるものはないか?」


 リーナに話しかけてみる。彼女はただ黙って付いてきているだけだった。外出の理由も訊いてこなければ、自分から世間話を振るようなこともしない。静かに街と俺の行動を観察しているように見える。

 見たこともない風景に彼女は疑問でいっぱいだろうと思っていた。だが、そう質問されると少し困ったような表情になった。


(ヴショール)(ナイテン)……は何?」

「ああ、単語が分からなかったのか。知りたかったり、解りたかったりすることだ。君が居たところとは全く違うだろうし、訊きたいこともあるんじゃないか?」


 彼女は水色の瞳を瞬かせて何を聞こうかと悩んでいるようだった。だが、意を決したのか彼女はこちらの目を真っ直ぐ見てきた。


「何で、私を助けてくれた?」

「それは、それはだな……」


 見知らぬ街や食べ物について訊かれるのだろうと思っていた自分が愚かしく思えてくる。彼女は確かに窮地から救われたという認識を持っているらしい。だが、その理由が分からないのだ。

 もちろん、理由は明確だ。キャンプのラッビヤ人たちも政府も彼女一人を助けるために手を貸そうとはしなかったからだ。


「君を助けられるのが俺しか居なかったから、かな」

「助けて、どうする?」

「どうするって、どうもしないよ。敢えて言うなら、君の話している言葉が知りたい」

「ラッビヤの言葉を知って、何がある?」


 リーナは首を傾げながら、頭の上に疑問符を浮かべているような顔になっていた。通りに吹いた風が彼女の銀の髪を撫でる。その一瞬に瞑目してから、彼女は水色の瞳をまたこちらに向けた。


「リパレーナンはおいしいものも、強い戦う人もいっぱい居る。なぜ、弱いラッビヤたちのことを知りたい? わからない」

「強いとか弱いとかの問題じゃないんだよ。君たちのことをより理解すれば戦う必要がなくなるからだ」

「……?」


 リーナはあまり良く理解できていない様子だった。

 確かに言語翻訳庁配下の政府機関に属する職員の信念は、連邦の一般人にすら伝わりづらいものがある。言語の保護、調査、維持という観点は大多数が話す言葉を共有している場所では理解されない。これは連邦の言語の調査を担当する言語特務局(レーファ)、言語の保護を担当する言語保障管理官事務所(シェポル)、言語の維持を担当する国語学士院(アカデミサル)の職員全員が同意してくれることだろう。

 そんなことを一切考えてこなかったリーナのような人間に分かれと言っても無理がある。


 堂々巡りになる前に説明をやめたところでいきなり閃光が辺りを覆った。レーシュネの強盗の話が脳裏に過ぎり、本能的に爆発かと身構える。しかし、聞こえたのはシャッター音のような軽い音だった。

 物音のする方に目を向けると女の子が立っていた。トライバル柄のチュニックに灰色のズボンを合わせている。茶髪のウェーブロングが肩の辺りにまで垂れていた。彼女はこちらにカメラを向けて、またシャッターを切った。


「おい、写真を取るなら一言断ってからにしろよ」


 横に座っていたリーナは得体のしれないものを見たせいか、膝を抱えて顔を伏せて震えている。なんと可哀想な。

 茶髪の少女はそれを一瞥して申し訳無さそうに苦笑いしていた。


「あー、写真を取ってから許可を取ろうと思ったのよ。ダメだった?」

「ダメに決まってるだろ。何の許可を取ってるんだよ」

「えーっと、雑誌に掲載する許可?」


 なぜそこで疑問符が付く。


「ここらで褐色って言ったら、ラッビヤ人くらいしか居ないでしょ? 珍しいからどんな服着てるのかなーって、写真に収めておきたくって!」

「待て、雑誌って今言ったか?」

「そうよ! あたしこそ、連邦随一のファッション誌“デュテュスン・タク”の敏腕記者――キヤスカ・イミカ!」


 イミカと名乗った少女は自信に満ち満ちた声で言った。キヤスカもイミカもラネーメ系民族の一つ、タカン人の名だ。彼らはリパラオネ人とはまた別の文化と言語を持ち合わせている。だが、リパライン語で会話できるということは連邦人で間違いないのだろう。

 俺は面倒そうな少女の出現を前にしてなんと言えば良いのか、考えあぐねていた。


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