第四話 二度目の出会い
「よう、嬢ちゃん。」
「ど、どうやって!ここは二階ではありませんか。」
黎仙は駆け寄り、腰掛けている男を物の怪でも見るような視線を送ってからそのすぐ後ろの窓の外へと視線を送った。
そこにははしごも何もない。ただこの宮を支える灰色の石の壁が、壁のみがあった。
「壁を登ったのですか?」
「ああ、問題ない。」
黎仙はあきれたような目をしたが、しかしすぐに顔を崩した。
「あなたは猿のようですね。」
「こんな良い男を捕まえて猿とはなんだ。獅子とで例えてもらいたいものだ。ふん。」
警戒もなく顔を崩した黎仙に安心したのか男も顔を崩したが、すぐに口を膨らました。
「で、こんなところへきて何か?何かあるから来たのでしょう?」
黎仙には分かっていた。
自分を訪れるものは自分自身に興味があってくるわけではないことを。
自分の未来の力を当てにしてやってくることぐらい。
だからすぐに顔を戻すとそっけなく声をかけた。
「残念ですが、私は何も持っておりませんよ。むしろあまり歓迎されてないくらいですからね。さて、その私から何を?」
「何ということもない。」
即答だった。
「別にお嬢ちゃんから欲しいと思うものもない。今のところ。」
「何を・・・しに来たのです?」
黎仙は呆気に取られ相手の顔をぼんやり見つめた。
この男の思考回路を理解することは不可能に思えた。
「よもや、私とおしゃべりしに来たわけではないのでしょう?」
「おしゃべり?・・・違うな。それも。」
「では?」
「分からん、確かに。先日教会に行ったときはお嬢ちゃんを見る気で行った。建国以来初めての女性教皇をな。まさか、あんなところにいるとは思わなかったが。まあ、麓珠の分析力は賞賛に値するが。」
「ロクジュ?」
「ああ、親友だ。お嬢ちゃんに会ってみたいって言ったら、教会に行けと言ったんだ。あれは頭がいいからな。」
「で、私を見て何を?」
「や、見るだけでいいと思ってたんだあの時は。別にそれからどうしようって考えてたわけではなかった。」
「あの時は?・・・では今は何か思った、ってことですか?」
「そうだな。今回はお嬢ちゃんに俺に興味を持って欲しくなった。」
男はそういって豪快に笑った。
黎仙は自分の倍ほどの体躯をもった男を上から下まで眺め回した。
確かに遜頌のような礼儀の手本のような男より、興味を持てそうな点はたくさんあった。
何故、そんな無駄に鍛えられた、頑丈そうな体をしているのか。
何故、そのような汚い身なりをしているのか。
どうやって、この部屋を知ったのか、どうやって入ってきたのか。
大体、何者なのか。
黎仙は一番感じた質問をまずぶつけてみた。
「あなたには身支度という概念があるのか、ないのか非常に興味があります。」
「そりゃあ、ないこともないが、この姿が割と好きで気に入っている。どれだけ汚れても汚れたことが分からないからな。でも、先日よりはましだぞ?あれはさすがに俺でも汚いと思ったからな。今日は、まだ洗いたてに近いものがある。」
「近いもの?意味がわかりません。」
「そりゃあ、そうだろう。きっとお前の兄たちもこんな風ではなかっただろうからな。」
兄といわれて脳裏に二人の笑みが浮かんだ。
何をしてもほめてくれる兄だった。
足が痛いというと抱き上げて部屋まで運んでくれる甘い兄だった。
こみ上げてきた悲しさを隠すように黎仙は笑みを浮かべた。
「そうですね。兄とは正反対。兄はそんな無精髭を生やすことは生まれて一度もなかったですし、折り目の入っていないシャツを着ていないこともありませんでしたから。」
「手厳しいな。」
男は黎仙の嫌味を全く気にしてはいないのか自分の無精ひげの感触を楽しんでいた。
けれど黎仙はどうしてかこの汚らしい男が嫌いではなかった。
それは遜頌のように気取ったところがないからかもしれない。
どこか兄と同じような自分を包むような温かさをかんじるからかもしれない。
目の前にいるこの男が自分に害を与えるとは到底思えなかった。
男は欠伸をすると、黎仙の部屋を眺め回した。
最低限の家具があるだけで飾りになるものは何もなかった。
「金目のものは何もありませんよ。」
「みたいだな。」
「さてと、お茶でも淹れましょうか?私も喉が渇いていたところです。」
「お、ありがたいねえ。いただくとしよう。」
黎仙はよく兄二人にお茶を淹れた。
穏やかな日には外に出て兄の好きなお茶を淹れて、兄達の外遊の話をよくきいたものだった。
今日はそんな気持ちだった。




