第三十二話 喜びのない結婚式
式当日、北斗は外で黎仙が仕上がるのを待っていたが、誘惑に負けて覗くと鏡の前に黎仙がたっていた。
北斗はその美しさに見ほれた。
金糸と銀糸で織られた法衣を纏い拳大のエメラルドの埋め込まれた勺杖を持ち、結い上げられた栗色の髪には王冠が載っていた。
「これ!北斗!」
女官に怒られると黎仙は優しい目を向けた。
「どうですか?北斗。」
「綺麗です。黎仙様。」
「ありがとう。北斗も今日はとても素敵よ。」
北斗も今日はおめかしをしていた。
それは遜頌が用意をしてくれたものだった。
今まで黎仙を守り続けた褒美に燕尾服を作ってくれていた。
「参りましょう。外で全ての騎士が準備を整え待っております。」
魔宗は扉を開けて入ってくると黎仙の姿を見て目を細めた。
「これは、お美しい。」
「ええ。」
黎仙は行こうとして一度足を止めると部屋の宝石箱から簪を抜き取った。
「北斗、これを持っていて。」
不思議そうに握る北斗に黎仙は微笑んだ。
「私のお守りなの。お願いよ。式の間、あなたが持っていて頂戴。」
「僕が?」
「ええ、あなただからお願いできるの。」
「はい!」
黎仙は優しく微笑むと部屋をあとにした。
廊下を歩くほどに等間隔に並んだ神官たちが頭を下げて主を見送る。
思いは何も無かった。
不安も希望も喜びも。
長い石の廊下を抜けると遜頌が待っていた。
「教皇様も、お具合がよろしいそうで、暗想様がお連れくださるとのことです。」
「それはよろしゅうございました。」
魔宗も隣で微笑を見せた。
「そうですか、父上も・・・。」
父が来てくれるというよりも具合がよくなったということのほうが嬉しかった。
黎仙は馬車に乗ろうとして足を止めた。
「遜頌。これからも私を助けてくださいね。あなたの力がなければ今教会は立ち行きません。兄たちの分、働いてください。」
すると遜頌は穏やかな笑みを浮かべた。
「この命、あなたに捧げたのです。尽きるまであなたにおつかえします。」
すると黎仙は細い首を振った。
そして手に握っていた鍵を手渡した。
「あなたの命はあなたのもの。これはお返しします。」
「黎仙様。」
「教会をこれからもよろしくお願いします。」
黎仙は微笑むとそれ以上遜頌を見ることもなく、馬車へと乗り込んだ。
遜頌は暫く鍵を掌に載せていたが、それを魔宗は掴んで砕いた。
「さて、今日のようなめでたい日、陰気な顔をするのはやめましょう?」
遜頌は一度目を閉じ、黎仙に頭を下げると後ろの馬車へと乗り込んだ。
式場である新しく造成された白亜の宮に着いた黎仙一行はその美しさに見ほれた。
白一色で作り上げられた大理石の宮。
史上初めての女性教皇、そして国王との結婚。
それを記念するには充分すぎる建物だった。
「これが新しいおうちですか。」
北斗の言葉に黎仙も気持ちを新たにする。
光が差し込む長い白い廊下を歩くと、気持ちが澄んでゆくようだった。
通された部屋には父がいた。
だいぶ老け込んではいたが、それでも娘を見ると嬉しそうに涙を流した。
「お父様・・・。」
「綺麗だ。」
そういわれて初めて涙が毀れてきた。
やっと妻になるのだという気になった。
「では、我々は外におりますから、暫く黎仙様とお二人で。」
老人が優しく寄って教皇に囁いた。
「ありがとうございます。暗想殿。」
「いいえ。今日はいつにもましてお美しい。」
以前よりも老け込んでいるようには見えたが、まるで家族を見るように優しいまなざしで黎仙を見つめ、そばにいる北斗や魔宗をつれて出て行った。
父と話すことはなくても二人はただ向かい合ってお互いの手を握って座っていた。