第十一話 団長部屋
次の日、黎仙は北斗の手を引いて歩いていた。
一人で行くには気が引けたからだ。
どれだけ小さな手でもこれほど強く感じたことはなかった。
黎仙を見ると騎士たちが頭を下げてゆく、その度に緊張感が高まってゆく。
そして大きな木の扉の前に来ると呼吸を一つした。
扉を叩くと老人の声で返事が聞こえた。
扉を開けると中にいたのは頭が少し薄くなった老人だった。
目にだけは何か力を宿していた。
「あの・・・団長の方々にお会いしたいのです。」
「黎仙様!まさかこのようなところにお越しとは。今、教会騎士団長と魔法騎士団長は出ておりますが・・・。」
老人は書類を片付けると立ち上がり黎仙に席を勧めた。
「あの、あなた・・・は。」
「お分かりにならぬのも当然。」
そういうと老人は黒い兜をすっぽりとかぶった。
兜から見える力強い目、それは見知った姿だった。
「暗黒騎士団長!失礼しました。あなたでしたとは・・・。」
「暗想と申します。よく言われるんですよ。もう、私も爺さんですし、そろそろ替わったほうがいいとね。でも、まだ孫を育てなくてはいけませんし。」
「お孫さん?」
暗想は兜をはずすと、笑ってお茶の支度をしてくれた。
「ええ、私は孫と二人暮しでしてな。あれの父母はあの子が生まれたときに戦いで命を落としまして。」
「そうですか。」
「しかし、あの孫も頑固一徹、誰に似たのやらです。・・・で、どうなさいました?」
「昨日のことで・・・。」
「ああ、あのことですか・・・。」
彼の顔を見てもよく思っていないことぐらいは分かった。
「私、やはり観戦させていただこうと思って。」
「何かありましたかな。」
その目力に嘘はつけないような気がした。
「昨日・・・ある人に言われました。私に何が返せるか。」
「返す?」
「ええ、教皇を支えてくれる人に何が返せるのか。」
暗想はまた黎仙の顔を見ていた。
「礼を返さないけないのだと。」
「なるほど。」
後ろから声が聞こえた。
扉が開き手入れされた長い美しい黒髪をもつ若い男が顔を見せた。
「盗み聞きはよくないぞ。魔宗。」
「これは失礼、入る機会を失いましてね。」
男はたいそう整った顔に笑みを浮かべたまま杖で扉を開き、静かに入ってきた。
まるで浮いてでもいるような滑らかな動きだった。
そして宙に腰掛けた。
「それはあの遜頌の意見でしょうか?」
「いいえ。」
首を振ると魔宗は微かに笑みを浮かべ自分用のお茶を魔法で出した。
「でしょうね。あの男は口先だけはすばらしいことを言う。そしてそれが多くのものの心を惑わせる。民の不幸などと。あんな奇麗事を言う輩のせいで、神官にまでそのような心を持つものが出てきてしまった。それが騎士の誇りを失わせる。全てが悪循環なのです。あのひ弱な男のせいで。」
「魔宗!あれ一人のせいではない。我々にも非があるのだから。人のせいにはならぬのだ。考えよう共に。」
「悠長なことを。」
暗想が止めると魔宗は悪びれた様子もなくお茶に口をつけた。
暗想は困ったような顔をしつつも笑顔を向けた。
「しかし、教会騎士団長も喜ぶでしょう。あれは一番熱い男ですからね。期待を持っておるのですよ。黎仙様に。」
「熱すぎるのですよ。本当に。このお茶よりもね。おや、戻ってきたようです。」
魔宗が手をかざすと扉が開き、部屋の外に立っていた男は中に座っていた黎仙に気がつくと目を見開いた。
「遅かったな、聖加。姫様がお前に話があるそうだぞ。」
「・・・なんでしょうか?」
聖加は強張った顔で黎仙を見ていた。
「あの・・・。」
黎仙は俯くと力を込めて立ち上がり、頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「は・・・?」
「昨日はごめんなさい。私、皆さんを応援します。」
「無理やりなど・・・いりません。誰の入れ知恵かわかりませんが。」
「・・・。」
黎仙は唇を噛んだ。
けれど負けられなかった。
「無理やりではありません!私も返すのです。教皇を支えようとしてくれる人に。」
「返す?」
「返します!一人でも多くの人たちに。」
すると聖加は顔を崩し、膝をついた。
「ありがとうございます。黎仙様。皆喜びます。」
「そうですか。姫様がそう考えられたのでしたら、私は従います。」
「ありがとう。遜頌。」
遜頌は笑みを浮かべていた。
皆が分かってくれたような気がして黎仙は嬉しくてたまらなかった。
兄に少しでも近づけているように思えた。
「では、今日の勉強を始めましょう。」
「ええ。」