第05話 スキル枠
今回もちょっと長めです。
視界の隅に、ステータスが表示された。
【名前:
クロル
スキル:
無敵 レベル0
─────
─────】
うむ。
先ほどのメッセージどおり、『無敵』という名のスキルを獲得している。
レベルは0。
どうにかしてレベルを上げれば、スキルを強化できるということだろうか。
ところで、おそらくこれはスキル枠が三つってことだよな。
つまり、取れるスキルは最大でも三つしかないってことだ。
所持できるスキル数が限られるなら、厳選する必要がある。
そうなると、このスキルが『アタリ』なのか『ハズレ』なのか、それが問題だな。
まあ『無敵』なんて名前から判断すると、アタリの可能性が高い。
けれど、期待するのはやめておこう。
騎士団員らしき女性が駆け寄ってきて、アズキさんに何かをささやく。
アズキさんがうなずくと、女性はいずこかへと立ち去る。
「無敵スキルですか。いきなりアタリを引かれたようですね。
おめでとうございます。最高ランクのレアスキルですよ」
アズキさんが俺にそう告げる。
おお、そうか。やっぱりアタリか。
「ありがとうございます。質問よろしいですか?」
「かまいませんが、お腹がすいていらっしゃるんでしたよね?
よろしければ食事にしましょう。質問はその後にでもしませんか。
空腹のところにそれだけ召し上がって、他に何も食べないのは酷でしょう」
「食事ですか。それは助かります。
たしかにおっしゃるとおり、お腹が次の食べ物をよこせとニャーニャー鳴いています」
「それでは、客人扱いとまではいきませんが、相応のもてなしをさせていただきます。
あなたについて、最悪の疑いが晴れましたからね」
最悪の疑い? それは何かとたずねたかったが、口に出すのははばかられた。
すると俺の気持ちを察したのか、アズキさんが解説してくれた。
「盗賊などがよく使う手口があります。
ステータスを偽装してスキルが何もないとみせかけ、相手を油断させてから襲うというものです。
これを見破るには、スキル缶を食べさせることが有効です。
新たなスキルを覚えると、偽装が解けます。
突然スキルが大量に出現するのですから、偽りが判明します。
スキルを覚えなかった場合も、偽装だと分かります」
「スキルを覚えなかった場合?」
「ええ、スキル所持枠が満杯の時は、スキルを取得できませんからね」
「……なるほど、いずれにしても偽装がわかるということですね。
そういうことでしたか。合点がいきました」
「では、食事にいたしましょう。
あちらのテーブルに準備がしてあります。歩けますか?」
アズキさんと一緒に食事を取った。
監視は続けられているようだが、食事は充分に満足できる内容だった。
ポテトのサラダ。焼き立てとおぼしきパン。
黄金色のスープに、チーズ入りの巨大なハンバーグ。
温かなハーブティーと、甘いお菓子。
こんな何もない荒野での食事なのに、とても手間がかかっている。
見た目からして非常に豪華だ。
そして実際にうまい。
監視されていることで気が散り、あまり味を楽しめなかったのが残念だが……。
食事自体はすぐに終わった。
雑談がてら、いくつかスキルについての基礎知識を教えてもらう。
スキル所持枠は増やせる。不要なスキルを消すことも可能。とは言え簡単ではない。
取得方法は、基本二種類。スキル缶を食べるか、取得条件に合った行動を取ればよい。
そして予想どおり、スキルレベルを上げれば能力を強化できる。
アズキさんの笑顔がとてもかわいい。
おなかが満たされて冷静な判断力を取り戻した今、なおさらアズキさんが綺麗に見える。
アズキさんはとても素敵だ。
綺麗でやさしい。しっかりしていて、頼りがいもある。
こういう人と結婚できたら、どれだけ幸せだろう。
アズキさんと話していると、ついついそんなことを考えてしまうのだ。
「取得したスキルの詳細を調べることは可能ですか?」
「ステータスを開き、所持スキルに集中すればメニューを開けます。
ですが、今はそちらを確認するよりも、やっていただきたいことがあります」
「なんでしょうか。俺にできることなら、喜んで協力します」
「では、要望を伝えます。
クロルさんにはまだ二つ、未取得のスキル枠がありますよね?
その二枠を、何らかのスキルで埋めていただきたいのです」
「……なるほど。
スキル偽装の疑いが完全に晴れたわけではない、ということですね」
「失礼ながらも、有体に言えばそういうことです。
スキル枠数自体の偽装も考えられます。
しかしそうだったとしても、三枠全てを書き換えればかなり力を削げたとみなせます」
「事情はよく分かりました。
スキルの習得には興味があるので、俺にとっては願ったり叶ったりな話です。
それで疑いが晴れるのなら、是非やらせてください。
具体的にどうやってスキルを取得すればいいでしょうか」
「まず、剣を振っていただきます。
剣技スキルの習得を目指してください」
「剣技スキル、ですか」
「ええ、あれほどすごい剣をお持ちだったのですから、それも当然の流れです」
「当然というと?」
「仮定の話ですが、あなたがスキルを偽装しているとしましょう。
もしそうならば、あの剣を使いこなすために剣技スキルを持っているのが自然です。
しかしながら、剣技スキルは同時に二つ以上習得できません。
つまり偽装中ならば、剣技スキルを取るのは不可能ということになります」
「なるほど、確かにそうですね」
「そうでなかったとしても、あなたにとって無駄になることはないはずです。
疑いがすべて晴れたとき、あの剣とともにあなたは解放されます。
その時に剣技スキルが不要となることはないでしょう」
剣技スキルが選ばれたのは、確かに当然な流れだ。
俺はうなずくしかない。
というわけで、俺たちは少しはなれた場所へと移動した。
そして、練習用の剣を渡された。
「では、剣技スキル習得作戦を開始します。
その剣を使って、しばらくの間すぶりをし続けてください。
個人差はありますが、おそらく二百回ほどでスキルを覚えられるはずです」
「わかりました。やってみます」
作戦とは大げさだな、と思いつつ剣を振りおろす。
重量のある剣だ。
今は負担を感じないが、連続して振っているとつらくなってくるだろう。
無駄口を叩いてる余裕はないな。
俺は回数を数えながら、ビュン、ビュンと剣を振る。
十回……。
だんだん腕が重くなってくる。
二十回……。
ようやく目標の十分の一に到達。
果たして二百回も続けられるのだろうか。
少しペースを落とすべきかもしれない。
手抜きをするべきかもしれない。
そんな迷いが生じ始めたころ、視界の隅にメッセージが現れた。
【スキル:『剣技』を獲得しました】
俺は剣技スキルを覚えてしまったようだ。
しかも予想より早い二十五回目だ。
スキル習得と同時に、騎士団の子に動きがあった。
監視は続行中のようだ。
「すごいですね。もう剣技スキルを獲得したのですか?」
アズキさんが俺に話しかけてくる。
俺の気分を害させぬための気くばりだろうか。
それとも俺が剣を振るのを止めたからだろうか。
「はい、おかげさまで」
「すごいですね。
スキルを習得するまでの回数は、その人の素質に応じて増減します。
二十五回というのは、とてもすごい才能なんですよ」
「そう言われると、悪い気はしませんね。
ですが、きっと今までに、すぶりをした経験があったのでしょう。
その経験とあわせて、今のでちょうど二百回目だったとか」
「………………」
するとアズキさんが押し黙る。
あれ、おかしいな。笑顔が消えたぞ。
俺から笑顔を向けても、愛想笑いさえ返してくれないぞ。
一緒に食事をして、談笑して、打ち解けてきてくれたはずなのに、突然どうしたの?
「……クロルさんの推測しているようなことはありえません。
五分ほど間をあければ、回数がリセットされてしまいます。
また一からやりなおしです」
「そうなんですか」
「はい。ですから、クロルさんはかなり優秀です。
正直な所、少し嫉妬しちゃうくらいです」
アズキさんは、半眼で俺をにらみつけながら話を続ける。
「天才だ、秀才だと褒められたわたしでさえ、すぶり五十回目での習得です。
そんなわたしの天狗の鼻を、叩き折ってくださいました。
ありがとうございます。
わたしのプライドは、もうズタズタでボロボロです」
謙遜したつもりだったが、ヤブヘビになってしまったようだ。
ここはさっさと話を変えておこう。
「えーと、スキルを使ってみたいです。
やり方を教えていただけませんか。
そうすれば、スキルを覚えたようにみせかけているという偽装の可能性を否定できます。
アズキさんが教えてくだされば、俺もスキルのことを学べます。
双方にとって得のある提案だと思うのですが、いかがでしょう」
アズキさんはしばらく俺をにらんでいたが、やがて笑顔を取り戻す。
笑顔と言っても、張り付いたような作り物の表情にみえるのが怖い……。
「……ここまでくれば偽装の可能性はほぼないのですが、まあ、いいでしょう。
剣技スキルはわたしも持っていますので、手本をお見せします」
「ありがとうございます、お願いします」
「では、基礎の基礎から」
アズキさんが刀を抜き、正眼に構える。
するとその刀身が淡く光を帯びる。
「このようにして、剣にオーラをまとわせるのが剣技スキルの基本です。
これで攻撃力が増します。よく斬れるようになると考えてください。
また、このオーラは、剣に汚れや傷がつくことを防ぎます。
斬れ味が落ちるのを防止する効果があるのです。
わたしが使っているこの刀のような武器には、特に有効です。
刀は斬れ味重視ですし、剣身が細いのですぐに折れてしまいますから」
「なるほど、そうですね」
「では、実践に移ります。
剣にオーラをまとわせてみてください。
やり方は、『そういう風にイメージする』としか、説明しようがありません。
その人なりの感覚というのがありますので、体験談やアドバイスはむしろ邪魔になります。
近道はありません」
アズキさんが説明を続けているが、既に俺はオーラをまとわせることに成功していた。
試したら、できてしまったのだ。
この成功は、漆黒竜と戦ったときにオーラが身体からあふれ出る経験があったからかもしれない。
それはともかく、話をさえぎるのも失礼な気がしたので黙っていると、アズキさんは夢中で説明を続けるのだった。
「実は剣技スキルだけではなく全てのスキルで、このオーラ操作の技術が必要です。
そして剣技の才能とオーラ操作の才能は、全くの別物です。
オーラの扱いにかけても天才と言われたわたしでさえ、習得には三日を要しました。
一ヶ月、いえ、一年以上かかる方も大勢いらっしゃいます。
ですので、スキル発動までのチェックは、今回正直なところ、期待しておりません。
これが無敵スキルの発動をお願いしなかった理由の一つですね。
しかしながらあえてアドバイスをいたしますと、イメージを強烈に思い猫くことと、それから……」
うーむ……。
これ以上無駄な話をさせるのは、逆に失礼かな?
よし、声をかけてみるか。
「あの……、すいません。できました」
「……え?」
「できちゃいました」
アズキさんは俺の剣がまとうオーラを認識すると、驚愕の表情で動きを止めた。
しばらくそのまま固まっていたが、やがて体裁をとりつくろうように何度もうなずく。
そうしてからようやく視線を俺に移した。
「……あ、あらあら、そうですか。
スキルを習得したてで、そんなにスムーズにオーラを出せるとは、本当にすごいです。
クロルさんは、多才でいらっしゃるんですね。優秀でいらっしゃいますね」
「きょ、恐縮です」
「刺客か何かかと疑いたくなるくらい、本当に優秀です。
いえ、刺客だったら普通は隠すはずですよね。
ということは、素でお馬鹿な刺客か、素で優秀な一般人か、そのどちらかですね」
丁寧な物言いだが、眼が笑っていない。
むしろ、完全ににらんでいる。
美人が怒ると、迫力がすごい。こわい。
もう謝るしかない。
「ごめんなさい」と、俺は謝罪する。優秀でごめんなさい。
「何故、謝ったのですか?」
「いや、その……。
これほどうまくいったのは、アズキさんの教え方が上手だからですよ!
思い上がって、ごめんなさい! 調子に乗って、ごめんなさい!」
「冗談ですよ。気になさらないでください」
「そ、そうでしたか……」
俺は作り笑いをしてみせる。
すると唐突に、アズキさんが俺の二の腕を直でつまんできた。
「えいっ」
「あの……、アズキさん? 何をなさってるんですか?」
「えいっ」とさらにアズキさんはつまんだ肉をひねってくる。
痛くないから別にかまわないけれど、どうして突然つねってくるの?
かわいいなあと思っていた子から触れられて、正直嬉しいって気持ちもあるよ。
でもこれってそういうノリのボディータッチじゃないですよね!?
本心から憎いと思ってつねってませんか!?
どう反応したらいいのか困るよ!
ちょっと怖いよ!
俺がおびえた目をしたせいか、アズキさんが手を放す。
「冗談です。そんなに怖がらないでください」
「え? ああ……、そうですよね。冗談ですよね。びっくりしました」
「で、ではもう少しだけ、剣技スキルのレクチャーを続けてみましょうか。
そうですね、そうしましょう」
「あ、ありがとうございます」
「次は応用技です。
遠心力を利用して、剣にまとったオーラを飛ばします。
『剣閃』という技です。
この技を覚えれば、攻撃可能な距離が飛躍的にのびます」
そう語り終えるやいなや、アズキさんは剣を横一文字に振り抜いた。
同時にその剣先から、何か光るものが放たれたようだ。
光る何かは岩にぶつかえると、乾いた音を立ててはじけとぶ。
岩には傷跡がつき、かけらがボロボロと崩れてくる。
そうか、なるほど、実演してくれたようだ。
今のが剣閃とかいう技らしい。
それにしても、やるならやるで、事前に一声かけてくれれば助かるのにな。
下手をしたら見逃してしまっていたよ。
なんでこんな不親切なことをするの?
……ああ、そうか。
さっきのことで、まだむくれているのだろう。
だったらここは、愛想を良くしてご機嫌をとっておくか。
「すごい技です! かっこいいです! さすがアズキさんです!
なるほど、とても便利そうな技ですね。
今の剣閃って技が使えるようになったら、戦い方がガラリと変わりそうです!」
「ええ、そうですね。
しかしながら今くらいのスピードでは、実戦で使えません。
威力も足りません」
アズキさんの声のトーンがほんのわずかに上がった。
ほめられて嬉しいようだ。
「すごいです! アズキさん! 剣閃かっこいいです!」
俺はわざと語彙を少なめにして、ただただ感心しているようにみせかけた。
「……剣閃はシンプルな技ですが、きわめるのは難しいです。
威力をあげるには、高速で剣をふらねばなりません。
するとその分、コントロールが難しくなります。
切り離しのタイミングを調節するのが難しくなります。
つまり、威力とコントロール、この二つはトレードオフの関係にあります。
ですから、その妥協点をみつけることが、この技を使うにあたっての永遠の課題ですね。
まあ難しい話はこれくらいにして、もう一度やってみましょうか。
見ていてくださいね」
アズキさんは饒舌になり、相槌すらつかせぬ勢いでまくしたててきた。
うんうん、ともかくアズキさんの機嫌がよくなるのはいいことだ。
「はい、お願いします! アズキ先生! 見学させていただきます!」
「うむ」
アズキさんは満足げにうなずいた。
そして今度は、俺が見ているのをちらりと確認してから剣を振った。
振りぬくスピードはかなり速い。前回とは大違いである。
当然放たれるオーラも速い。そして威力も高い。
剣閃は先ほどと同じ岩に衝突するが、今回はそれを貫き、大地へと突き刺さる。
ドゴン、という音を立てて、岩が崩れ落ちる。
「すごい……。全く同じ場所にあの威力ですか。
完璧なコントロールと、おそろしいほどの威力を両立していますね。
素直に感心しました。本当にアズキ先生はすごいです!」
「どうです? 見ているだけじゃ面白くないですよね。やってみますか?」
「えっ、試してみてもいいんですか?」
「かまいませんよ。
ですが、剣閃は技の発動からしてかなり難しいです。
失敗しても当たり前くらいの気持ちでチャレンジしてくださいね。
やり方は……、剣を振りながらオーラの接続を切断するイメージです」
「わ、分かりました。やってみます」
「念のため、あちらの人のいない方向にお願いします。
そうですね、目標としてあの岩が手ごろですね。
当てられるものなら、当ててみやがってくださいますか?」
剣閃。
その感覚は、陸上種目のハンマー投げに近いだろうか。
オーラを切り離すタイミング次第で、かなり方角がずれるということだな。
目標は、念のために少しずらしておこう。
万一当ててしまって、またねたまれたらたまらんからね。
いくらなんでも、俺もさすがに学習するさ。
指定された岩の右側二メートル横に小さなくぼみがあるな。
あれを目標にしておこう
ヒュン、と剣を横に振り払う。
同時にオーラを切断する。
束縛を解かれたオーラが音もなく放たれ、ドスッと音をたてて地面に突き刺さる。
ほんのわずか狙いがそれた。
だが、目標地点のすぐそばだ。
かなりの貫通力があるらしく、着弾先の大地がドドドドドと盛り上がる。
目標にしていたくぼみは、掘り返されてどこか分からなくなってしまった。
なるほど。これは便利だ。
何度か練習すれば、実戦で使い物になるだろう。
「できました」と俺は報告する。
「そうですか」とアズキさんが俺に近寄ってきて、俺の腕の肉をつまむ。
「素直に感心しました。
オーラの分離だけで、最低でも数ヶ月はかかるものです。
わたしでさえ、一ヶ月近くもかかりました。
それにまっすぐ飛ばすことでさえ、かなりの修練が必要なんですよ」
あっ、そうか。成功したけど失敗してしまった。
俺は技の発動には成功した。
だが、アズキさんの機嫌をとることには失敗したようだ。
アズキさんはくちびるをとがらせ、いかにも悔しそうな顔で、俺の腕の肉をぐりぐりとねじりあげる。
「まぐれです。
コントロールが確かに難しいです。
ゆっくり剣を振ったのでなんとかなったんです。
あの、それと、痛いです……。腕、痛いです」
「痛いフリをしてウップンを少しでも晴らさせ、機嫌をとろうという魂胆ですか。
本当に痛くしてもいいですか。
本当はまぐれだなんて思ってないんですよね。知ってますよ!」
「どうしてそんなひねくれたことをおっしゃるんですか!
さっきまでの自信に満ち溢れたかっこいいアズキさんはどこへ行ってしまったんですか!?」
「あなたがどっかへやっちゃったんじゃないですか! バカー!」
これからアズキさんに機嫌をなおしてもらうまで、少々時間がかかることになるのだが、その話は省略。