表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手加減だけはうまくできない  作者: ニャンコ先生
第02章 二百九十九プニール後の世界
4/39

第04話 最初のスキル

また別の女の子が登場です。

また今回も長いです。



「こんなところで寝ていると、風邪をひきますよ」


「ん……」



 鈴を転がしたような、やさしい声がする。


 俺の指先を、誰かのやわらかな手が包み込んでいる。

 ほんのりと、温かい。



「起きてください」



 誰かのもう一方の手が、俺の肩に触れる。

 じんわりと、温かい。



「……起きてください」



 ゆっくりと肩を揺さぶられ、俺は重いまぶたを上げる。


 すると目の前に少女がいた。

 茜色の和服姿で、おかっぱが似合うショートカットの女の子だ。

 今までに出会ってきた女の子たちとタイプは違うが、なかなかにかわいい。


 いや、良く見るとなかなかどころか、とてもとてもかわいい。



 少女は俺の目が開いたのを確認して、そっけなく離れていく。

 当然ながら、指先と肩に感じていた心地よいぬくもりが、儚い夢のように消えていく。


 おっと、残念。

 こんなかわいい子が起こしてくれていたのなら、もう少し寝ていれば良かった。




 さて『目をあけると、目の前にかわいい少女がいた』というデジャブ。


 いや、デジャブなどではないな。

 似たシチュエーションからの連想で、俺は、あのくすぐり少女を思い出した。


 だが、彼女はまったくの別人だ。


 面影が完全に違う。年齢も違う。

 あっちの少女は小学生くらいだったが、この少女は中学生くらいだろうか。




 少女は寝起きの俺をじっと見つめている。

 どうやら、いまだ夢見猫心地の俺の意識がはっきりと目覚めるのを待っているようだ。


 そのことに気がついた頃、少女は猫の鈴のようなやさしい声で語りかけてきた。




「お目覚めですか?

 あなたのお名前は『クロル』さん、で、よろしいですね」



 名を問われる。


 名前……? 思い出せない。

 もっと別の名前があったような気もする。


 だが『クロル』という名が一番しっくりくる。

 そう感じるということはそれで正しいのだろう。


 俺の名をどうやって調べたのか分からないが、肯定しておこう。



「そうです」俺は上体を起こしながら、そう答える。



 眠っている間に、身体は回復したようだ。

 今のところ、動作に支障はない。


 だが、ものすごく腹が減っている。

 それを訴えようかどうか迷っていると、腹の中でゴロゴロと猫が喉を鳴らしたような音がした。


 その音を聞いて、少女がくすっと笑う。


 綺麗だ。

 魅力的な笑顔だ。

 会話をしているから、という言い訳をして、俺は少女の顔をまじまじとみつめる。


 すると少女は、かわいらしい笑顔で俺を見つめ返す。


 ……七秒、八秒、九秒。


 こんなに見つめ合ってしまって、いいのだろうか。




 だが突然少女は、悪巧みでもしていそうな表情に変わってこうつぶやいた。



「一説によると、男女が十秒間無言で見詰め合ってしまうと、その二人は恋に落ちるのだそうですよ」


「えっ……、じゃあ俺たち、どうなってしまうんでしょうか。

 もしや二人とも、もう手遅れでしょうか!?」



 からかわれたのだと判断した俺は、わざと真剣そうに驚いてみせる。


 すると少女は口に手をあてて、くすくすと笑ってくれる。



「わたしは『アズキ』と申します。

 よろしくお願いします」



 残念なことに、アズキさんの語調が事務的なものに変わった。

 どうやら冗談はここまでらしい。ふざけるのはもうやめよう。



「こちらこそよろしくです。アズキさん」


「さて、もう少し詳しくわたしたちのことをお話ししましょう。

 わたしたちは、ある任務を終えて帰還中の騎士団、および、その随行の者たちです。

 ちなみにわたしは騎士団員ではなく、随行者のほうになります」


「随行者、ですか」


「ええ。簡単に言えばお手伝いですね。

 軍属の方ではやりにくい仕事を任されています」


「なるほど」



 アズキさんが、ちらりと振り返る。


 その方角に、何台もの馬車が見える。

 馬車の陰から、何十人もの女の子達がこちらの様子を見守っている。


 彼女達はみな、似たような鎧を身につけ、マントを羽織っている。

 なるほど、騎士団と言われれば納得させられてしまうような格好である。



 ふーむ、騎士団か。

 やはりここは異世界のようだ。


 ……それにしても、こちらを覗いているのは女の子ばかりだ。

 男性はいないのだろうか?



「では早速ですが、本題に移りましょう。

 クロルさん、あなたは今、いるはずのない場所にいらっしゃいます」


「いるはずのない場所?」奇妙な言い回しを問いただすように、俺は復唱する。


「はい」



 アズキさんは地面に、小さな三角形をえがく。



「この三角形がわたしたちです。騎士団の本隊です。今わたしたちはここにいます」



 アズキさんは三角形を大きな丸で囲み、さらにその外側にいくつか星印を書き加える。



「そしてこの星印が、騎士団のサポート部隊です。

 サポート部隊は、障害や不審者を排除してくださります。

 したがって、この円の中には、通常誰も入れません。

 ですからここはわたしたち以外、誰もいるはずのない場所なのです」



 なるほど。『いるはずのない場所』とは、そういうことか。


 アズキさんの口調は、真剣だ。

 真面目に対応すべき案件のようだ。


 相互理解を深めるために、アズキさんが説明してくれたことを、俺の言葉で繰り返してみる。



「……つまりこの円内は、関係者以外立ち入り禁止なのですね。

 そして、俺が今ここにいることを、あなたはとがめている。

 そういう理解でよろしいですか?

 まあ、とがめていると言っても、やんわりとですが……」


「察しがよろしいようで助かります。

 では、クロルさんがこの場所に居た理由、あるいはその経緯をご説明いただけますか」


「理由、あるいは経緯、ですか」


「ええ、お願いします」



 アズキさんが顔を上げ、意味ありげに俺の背後をながめる。

 それにつられるようにして、俺は周囲を確認する。


 巨大な足跡が、俺の寝ていたこの場所まで続いていた。

 ここはやはり、黒竜と戦ったあの荒地である。


 どうやら、この足跡についても説明してほしいという無言の圧力のようだ。


 そういえば、竜に追いかけられていた幼女はどこだろう。

 竜を倒した後に残った剣もどうなっただろう。


 辺りを見回してみるが、幼女も剣も見当たらない。


 まあ幼女は生き物なのだから、いなくなっても不思議ではない。

 だけど剣がないのは不自然だよな。



「探し物ですか?」


「はい。剣があったと思うのですが」


「勝手ながら、剣は預からせていただきました。

 また、所持品も調べさせていただきました」


「そうですか。まあ、言うなれば俺は不審人物。

 そんな人間に武器を持たせたまましておくわけにはいきませんよね」


「はい、その通りです」



 アズキさんの顔から微笑が消え、真剣に俺を見つめてくる。

 先ほどの問いに答えろ、という強い意志を感じる。



 さて、この場所に俺がいた経緯について、どう答えるべきか。



 あの夢のようなとんでもない出来事を語って聞かせてよいものか?


『俺は異世界から来ました。

 白い竜になってから、柱の神になりました。

 それから山脈を吹き飛ばし、緑の種族を滅ぼしました。

 家族は……、えーと、神兵とかなんとかいう眷属がいっぱいいます。

 その他に柱の神が、俺の娘らしいです。パパって呼ばれてます。

 というわけで、ひょっとして俺も神様なのかな?』


 ダメだ。

 前半だけでも荒唐無稽こうとうむけいすぎる。支離滅裂ねこうにゃうにゃすぎる。


 話の本題となる後半にしても、説明しにくい。


『なんか黒い竜が襲ってきたので、三回殴って倒しました』


 簡潔に表現するとこうなるのだが、どう考えてもこんな話信じてもらえるわけがない。


 真面目にこんな話をしても、からかっていると思われるだけだろう。

 俺の立場を悪くするだけだ。却下だ。




 だから俺は、ひとまず質問から逃げることにした。



「足跡が、すごいですね」



 黒竜の足跡をながめながら、俺はそうつぶやく。


 まずは認識の共有だ。


 アズキさんがどこまで知っているのか。それを探るためでもある。


 それきり黙ってみると、やがてアズキさんが口をひらく。



「そうですね。おそらく古代竜エンシェントドラゴンの足跡です。その足跡が、ここで途絶えています。

 歩幅や何やらから判断するに、この場所で戦闘が起きたようです。

 相手はどうやら、人間のようです」


「へ、へー……」俺はギクリとしながらも、できるだけ平易に相槌をうつ。


「しかし奇妙なことに、その人間は素手だったようです」


「そんなことまで分かるんですか」


「ええ、踏み込みの圧力、重心、間合い、そういったものを足跡から読みとく才能のある者がいるのです。

 その者が、そう結論付けました。

 人間のほうは、尋常ならざる身体能力を有しているそうです。

 まあ古代竜を素手で倒せるくらいですから、それも当たり前ですが」



 アズキさんがじっと俺を見つめる。


 足跡と俺の足の形が一致していることも、おそらく調査済みだろう。



『あーそこまでバレちゃってますか。白状しますと、やったのは俺なんです。

 お察しの通り、猫パンチで倒しました。こうやって、ニャンニャンニャンって』



 そうやって正直に話したくなったが、ここはガマンだ。


 俺は質問を重ねる。



「古代竜って、素手で倒せるものなのでしょうか」


「普通は無理ですね。

 相性次第ですが、よほどのシン能力者ならば可能かもしれませんけれど」


「シン能力?」



 俺は思わず聞き返した。


 そういえば、幼女もそんなことを言っていたな。

 どうやらこの世界では、そんな能力が幅を利かせているらしい。



「ああ、スキルと言った方がなじみがあるかもしれませんね」


「スキル……、ね」



 謎ワードであるが、確かになじみのある言葉だ。



「この騎士団の方なら、可能ということでしょうか?」と俺は話をつなげる。


「古代竜を一人で、さらに素手で倒せるなどという方はさすがにこの騎士団にもいません。

 武器があればようやく……、相性次第ということもありますが、それでもこの騎士団で数名というところでしょう。

 それも赤やオレンジの低位種でやっとというところでしょうか」


「赤やオレンジ、ですか。

 低位種がいるってことは、高位種もいるんですね?」


「はい、虹の色のように赤、オレンジ、緑、青、紫と手ごわくなっていきます。

 そして最上位が黒、ブラックです。

 ところで、この足跡の大きさから、かなり上位の古代竜だと分かります。

 最上位、漆黒竜の可能性が非常に高いです。

 もしも漆黒竜だったならば、我々全員で戦ってもかなりの損害がでていたでしょう。

 なにせ漆黒竜は、相手のシン能力を完全に無効化できるのですから。

 ですから我々は、この古代竜を一人で倒した何者かにとても興味があるのです」



 その説明に何かひっかかるものを感じたが、思うところがあるので無難な感想を述べるにとどめよう。



「なるほど、漆黒竜を一人で倒せるような人物とは、英雄のようなものですか」


「そうですね。味方であれば英雄です。ただし制御できなければ超危険人物です」



 よし、決めた。

 古代竜を倒した件については、一切何も語らないことに決めた。

 知らぬ存ぜぬ分かりませぬで押し通そう。


 だって、英雄の末路がどうなるのかは、俺も知っているからだ。

 いらなくなったらポイと捨てられるのが、世の常なのだ。




「ところで、あなたもシン能力者ですよね?」


「えっ、俺が?!」


「はい。勝手ながら、鑑定でステータスを調べさせてもらいました」


「ステータス……?」



 俺がその言葉を口にすると、半透明の文字盤のようなものが現れた。

 現実世界にあるのではなく、俺の視界に映し出された虚像のようだ。


 封印解放を念じたときに出てきたものと似ているが、少し違う。


 ともかく、これが『ステータス』と呼ばれるものなのだろう。




【名前:

   クロル


 スキル:

   ─────

   ─────

   ─────】




「ステータスとやらが表示されました。

 そうか、これで俺の名前を調べたんですね」


「はい。その通りです。

 さて、ステータスを見てお分かりと思いますが、スキル欄があるはずです」


「あります。空欄になっているようです」


「ステータスが表示されること、そしてスキル欄があるということは、シン能力者である証です。

 しかし、スキルを何もお持ちでないのが不自然です。

 ですからその理由も含めて、あなたがここにいた経緯を聞かせして欲しいのです。

 あなたがわたしに起こされる前、何が起きたのか話してください」



 アズキさんが追求してくる。


 整った顔立ちの女の子が、まっすぐに俺を見つめてくる。

 嘘をついたとしても、見抜かれてしまいそうだ。


 嘘を見抜かれる……?

 ひょっとしたら、嘘を見破るとか、そういうスキルがあるのかもしれない。

 ならば、そういうスキルがあるという前提で行動すべきだろうな。


 では、どうする?

 覚悟を決めて、俺自身に起きたこれまでのことをすべて語るか?


 いや、やはりそれはダメだ。得策ではない。

 信じてもらえる可能性は低い。余計にあやしまれるだけだ。



「……では、俺の身に起きたことを説明しましょう」


「ええ、お願いします」



 俺は、ゆっくりと言葉を選びながら答えはじめた。

 嘘をつかず、かつ余計なことをしゃべらないようにと、注意力をそそいだ。



「アズキさんに起こしてもらうしばらく前に、俺は一度、この場所で目覚めました。

 そして、剣が一本落ちているのをみつけ、手に取りました。

 しかし俺は、体調不良ですぐに気絶してしまいました。

 いや、体調不良なんていうとかっこつけですね。

 単に腹が減っていたのと、すごく疲れていただけだと思います。

 目覚める以前のことは、よく覚えていません。思い出せません。

 おそらく記憶喪失、あるいは記憶障害なのでしょう。

 ですから、何故俺がシン能力者とやらなのか、分かりません。

 どうやったらスキルを獲得することができるのか、そんなことすら知らないんです」



 一気にそこまでまくし立てた。


 うん。嘘はついていない。

 おおむね、事実である。


 あのくすぐり少女との出会い以前のことを、俺はさっぱり思い出せない。

 記憶のほとんど全てが失われてしまったのだ。



「実は、アズキさんに教えてもらうまで、自分の名前すらも忘れていたんです。

 ステータスで確認するまで、名前がクロルであることに確信がもてなかったほどです」


「それは……、本当ですか?」


「はい、生まれた場所も覚えていません。

 生年月日どころか、今日が何年何月何日なのかも知りません。

 ここがどこであるのかさえ、見当もつきません」


「……もう一度、確認させてください。

 あなたが持っていたあの剣は、拾ったものなのですね?」



 あの剣、おそらくはドロップアイテムなのだろうが、そうだと言える確証はない。

 ずっと以前からあそこに落ちていたという可能性も、ゼロではない。



「ええ、そうです。さっき拾ったばかりで、鞘から抜いてさえもいません。

 ですから、俺が所有権を主張してよいのかどうか分かりませんね。

 ひょっとしたら、本当の持ち主がいるのかもしれません」


「だとすれば、あなたがここにいた理由は?

 どうして、どうやって、ここに来たのですか?」


「それこそ分かりません。

 ですが、推測ならできます。

 誰かに連れてこられたか、夢遊病のように無意識でここにたどりついたかのどちらかでしょう」


「改めてお尋ねします。今話されたことは、本当ですか?」


「はい、本当です。……あっ」



 俺は不意に、幼女のことを思い出した。



「なんですか」


「なんでもないです」


「言いかけたことは最後までおっしゃってください」



 ごまかそうと思ったが、さすがに難しそうだ。

 ならば逆に、この状況を利用した方がいいな。



「えーと……、現場に残っていたのは、俺一人分の足跡だけでしたか?」


「そうですが、何か?」


「あっ、いや、それならいいんです。

 俺のほかにもう一人いたような気がしただけです」


「もう一人? それは誰ですか?」


「意識が朦朧としていたのでよく思い出せないのですが、気を失う寸前に、誰かから『能力者になりたいか』と尋ねられた気がします。

 その質問に、俺は肯定的な返答をしました。

 それから先あなたに起こされるまで、俺はずっと眠っていたようです」


「それは、本当ですか?」


「はい、本当です」


「……では、続けて質問をさせてください。

 あなたは、わたしたちに敵意や害意がありますか?」


「ありません」




 さっきからアズキさんの瞳の奥で、チカッチカッと何かが光っている気がする。

 誰かが俺の背後から、アズキさんに合図を送っているのかもしれない。


 何の合図か。

 それはおそらく、俺が嘘をついていない、という合図だろう。


 騎士団、それはおそらくシン能力者の集団。

 これだけの数の能力者がいれば、一人くらい嘘を見破れる能力を持っていてもおかしくはない。

 いや騎士団なんていう特殊な団体なのだから、その性質上いて当然と考えるべきだろうな。


 まあ、どれだけの精度で嘘を見破れるのかまでは分からないけれども……。




「では、最後にもう一つ。

 わたしたちに、何か隠している事がありますか?」



 うわ、最後に核心を突くようなことをたずねられてしまった。

 隠し事かぁ。いっぱいあるんだよなあ……。

 なんて答えればいいんだ?



「どうしましたか。隠し事はありますか? ありませんか」



 アズキさんが答えを急かす。



「……あります」と俺はあきらめて答える。


「でしたら、その隠し事をすべて教えてください」



 アズキさんは距離をとって、臨戦態勢で身構えた。



「待ってください。誤解なきよう。

 えーと……、ほら、さっき俺が言い忘れていたことがありましたよね?

 『もう一人、名前も分からない誰かがいた』という話です。

 このように、起きたことや感じたことを、言葉で全て表現するのは不可能なんです。

 どうしても省略されてしまったり、不正確な表現を用いたりすることがあるんです。

 ……たとえば『昨日、まる一日寝て過ごした』などと言っても実際には違うでしょう。

 食事や何やらで、ある程度は『起きていた』はずです。

 言葉は、万能ではありません。

 ですから、そういった細かい語り足りない部分があるなと思って、隠し事があると答えたのです」



 早口でまくしたててみたが、アズキさんの警戒は解かれない。



「ああ、そっか。こういう風に宣言すればいいのかな。

 あなたがたに害意のある隠し事はありません」



 アズキさんはようやく臨戦態勢を解き、深くため息をついた。


 そして小声で何かをつぶやいている。

 耳をすませると、その内容が聞こえてくる。



「……とすると、クヌギさんの説が正しかったということでしょうか。

 追求を逃れるための身代わりとして、クロルさんが置いていかれた。

 記憶を消し、その代償としてシン能力者に仕立て上げた。

 そう考えるのが妥当ですね」



 誤解はあるが、俺に都合良く解釈してくれたようだ。


 だがこの独り言は、俺の反応を見るためにカマをかけているのかもしれない。


 そうだとすれば、その言葉に反応することなく、沈黙をつらぬくのが上策だろう。



 俺は無言でアズキさんをみつめる。

 ……こうしてみると、やっぱりかわいいな。


 ともかく、どうやら話をごまかせたようだ。



「分かりました。

 では、いったん問答を打ち切ります。

 さて突然ですが、こちらの品を食べてください」



 アズキさんは袖のたもとから缶詰を取り出し、俺に手渡す。


 缶詰にはかわいいネコの絵が猫かれ、『ランダム』と記されている。

 見た目はネコ缶そっくりである。

 だが、持ってみた感じからして、いわゆるツナ缶ではないようだ。



「食べていただけないのであれば、あなたを敵とみなして拘束します」



 アズキさんは俺から距離を取ると、刀らしきものにそっと触れてみせる。


 俺に拒否権はないようだ。



「……分かった。分かりました。

 ちょうどお腹がすいていたところなので、断る理由もありませんからね」



 プシュッ、ツー、ペキッ、と俺は手際よく缶詰をあける。



「ん?」



 缶詰の中には、マグロのお寿司が入っていた。

 ご丁寧なことに、ガリと醤油付きだ。


 見た目はうまそうだ。


 ……しかし、生魚の缶詰か。



 腹ペコとはいえ、正直な所食べるのが怖い。


 マグロを茹でたツナ缶ならなじみがあるが、生魚の缶詰なんてものは記憶にないからだ。


 いや、記憶のない俺がそういうのも変だな。

 正しくは、生理的忌避感を感じるってやつだ。


 そう、忌避感。悪い予感。心理的抵抗感。

 わかりやすくいえば、猫がまたいで砂かけたくなる感。


 ぶっちゃけ、これって腐っているんじゃないのか?

 密封されているとはいえ、生だよ。生魚だよ。

 おいしいとかおいしくないとか以前に、おなかをこわしそうじゃないか。



 だが、ここで食べないのも怖い。

 食べなければ拘束する、と宣言されている。

 そうなった場合、俺の処遇はひどいものになるだろう。

 あまり想像したくないが、あんなことやこんなことをされるに違いない。



 食べるべきか食べざるべきか。


 迷っていると、アズキさんが俺を急がせる。



「開けてしまったのですね。

 それはかなり貴重なものです。

 もったいないですから、めしあがってくださいますよね?」



 アズキさんが刀と柄を握って、ふたたび身構えた。


 言葉遣いは丁寧だが、動作はそれに反している。



「……はい」



 俺は覚悟を決めた。


 寿司を手にとり、醤油をちょいとつけ、口の中に放り込む。


 そしておそるおそる味を確かめながら、寿司をそしゃくする。



 トロン、と溶けるように、マグロがご飯と混じりあう。


 ん……、意外にいける? いや、普通にうまい!


 いやいや、めちゃくちゃ美味しいな!


 なんだこれ、大トロだと言われても、俺、信じちゃうよ!


 冷めているはずのご飯も、柔らかくてうまい。

 まるで炊き立てのご飯から荒熱をとって、ほどよい温度に調節したかのようだ。

 いい感じに酢も利いている。醤油の香ばしさとあいまってマグロのうまさを引き立てる。


 うまい。

 単純にうまい。

 単純に猛烈にうまい。



 それにしても、お寿司の缶詰なんてものが存在するのか。

 すばらしい技術だ。


 これ、どこで売っているんだろう。

 大ヒット商品の予感がするよ!

 俺マグロ大好きだし、買い占めちゃいたくなってきたぞ。


 むしゃむしゃ、ごくん。


 いやー、普通に美味しかった。

 熱いお茶がほしいところだが、ガリで我慢するか。



 薄紅色のショウガをガリガリかじっていると、背後で誰かが立ち上がり叫んだ。




「スキル取得を確認! 隠蔽いんぺいの可能性は低いようです」


「了解いたしました。では警戒解除願います」とアズキさんが答える。



 なんのことだ? と思ったが、俺は視界の隅に光る文字列をみつけた。

 さきほどのステータスの表示と、とてもよく似ている。



【スキル:『無敵』を獲得しました】



 なるほど。

 ようやく分かってきた。


 おそらくこの缶に入ったお寿司を食べれば、スキルを取得できるのだ!


 そう考えれば、缶に記されていた『ランダム』という表記も推測できる。

 たぶん取得できるスキルが謎、もしくは不確定ということなのだろう。



 それにしても『無敵』か。

 一体どんなスキルなのだろう。


 ひとまずステータスで確認してみるか。

 一つ気になることもあるからね。


 俺はステータスと念じてみることにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ