第39話 勝敗
「トウ」
「ん」
「もう一度確認するよ。
キミの名前は、『塔』だね」
幼女はコクリとうなずく。
俺の『名前は?』という質問に、幼女は『塔。名前、パパがつけてくれた』と答えたのだ。
つまりこの子は、俺が『塔』と呼んだあの『柱の神』そのものなのだ。
「女性に年齢をたずねるべきではなかったな。すまん」
再び幼女はうなずいた。
そしてくちびるを少しとがらせて、もじもじとしながら俺を見る。
何かを俺にしてほしいのだろう。
「おいで」と呼ぶと、嬉しそうにかけよってくる。
そして恥ずかしそうに「なでて」とつぶやく。
頭をそっとなでると、ビクッとしながらも身体をすりよせてくる。
しかし『塔』か。かわいい名前だが、少し分かりづらいし、呼びかけにくい。
「トーコと呼んでいいか? 愛称ってやつだ」
トーコは嬉しそうに、三回もうなずいた。気に入ってもらえたようだ。
「それにしてもトーコ、お前のしゃべり方は少したどたどしいな」
「はなし、まだ、なれてない。
この、からだ、で、ことば、つかう、にがて」
「そっか。
まあアルタイルもぺらぺら話せるのだし、きっとすぐにトーコも話せるようになるさ」
おそらくアルタイルがここ王都でみんなとおしゃべりしている間、トーコは柱の神の中でひとりぼっちだったのだろう。
だからあまり会話が得意ではないのだ。
「パパ、もっと、おはなし、したい」
「わかった、じゃあ子猫の話でもするか」
「うん」と嬉しそうにトーコはうなずいた。
いろいろな猫の話をした。
ついでにアルタイルとトーコの話もした。
トーコが本体で、アルタイルが分身体。
他の個体は俺の推測どおり、命令を遂行するだけのロボットのような存在らしい。
トーコはずっと柱の神の中で過ごしてきて、アルタイルは外の世界にいた。
だからアルタイルは話が上手だし、トーコは下手だ。
「はしらのかみのなか、どちらかひとり、いないといけない。
だから、そと、でられない」
「アルタイルと役目を交換すればよかったんじゃないのか?」
トーコは首を振って否定する。
「わたし、ずるい。だから、アルタイルに、ゆうせんけん、ある」
「ずるいって、何が?」
「わたしだけ、パパから名前もらった。
アルタイルは、ちがう。
アルタイルの名前、パパの記憶のおくそこにのこっていた、記憶のかけらからとった。
それに、はしらのかみのなか、こどくじゃない。
二百九十九プニールのあいだ、ずっとパパといっしょだった」
「そうか、そうだったな」
トーコは「うん」とうなずくと、子猫のようにすりよってきた。
明朝。
神兵の鎧をまとったトーコが腕を伸ばすと、壁に映像が浮かび上がった。
オーディン軍勢の様子である。
かなりの数の騎兵と歩兵が隊列を整えて迫ってきていた。
映像はやがて、敵の将官らしき人物をとらえる。
「ご覧ください! 我らが守護神、セーヌさまがかけつけてくださいましたぞ!」
「見ろ! ガロンヌさままでいらしたぞ!」
「まさか、戦争には参加しないはずの神兵さまが……!
ありがたい! これで勝てる!」
「おお、これで勝利は間違いなしだ!
確かマグロンタタークの神兵は一体だけだったな!?」
「はい、万が一敵の神兵が参戦してきたとしても、これで数の上では負けません。
我々の勝利は確定です!」
オウオウディーン! オウオウディーン!! オウオウディーン!!!
ときの声が響きわたる。
敵軍の士気はきわめて高い。
映像がズームアウトし、敵軍の全体像をとらえる。
敵の軍勢は、おそらくこちらの総戦力の十倍以上。
篭城しても、破られる戦力差だ。
これ以上は見るまでもないだろう。
トーコが乗っている神兵に合図を送る。
神兵が腕を下ろすと、映像が途切れる。
遮光カーテンが開かれ、薄暗かった室内が明るくなる。
会議室につめこまれた者たちがざわめきだす。
「陛下、遊撃隊の準備が整っております。出撃の号令を!」
「その必要はない。俺みずから出よう」
「それはなりませんぞ、陛下!
御身を危険にさらすのは、最後の手段でございます!
陛下という希望があるからこそ、我々は全力で戦えるのです!」
「俺が戻らなかったら、その後の治世はお前たちに任せる」
「陛下、何をおっしゃいますか! でしたらなおのこと……」
「オールアウト」
アイテムボックスにおさめられていた財宝を、全てその場に排出する。
どんなに裕福な者でもためいきをもらすような秘宝の山が現れる。
俺はそこから思い出の品とたこ焼きを一パックだけとり、かばんにつめこむ。
「古き言葉を話す民は滅び、古き契約は失効した。
もはやこの国に、神兵アルタイルからの資金援助はない。
だからこれから、新しい社会制度を築かねばならない。
それには多少混乱もあるだろう。
今こそ時代が変わる時だ。
お前たちが変える時だ」
トーコの操る神兵が、ステルス用のシャボン膜を張って俺を包み込む。
「陛下!?」
「旧い王はその役目も目的も失ってしまった。
今こそ立ち去るべき時だ。
去り行くついでに、あの軍勢を追い払ってやろう。
というわけで、この財宝は俺からの手切れ金……、いや、手向けだな」
「陛下、行かせませんぞ!」「行かせませぬぞ!」
AさんとBさんが、身体を張って俺を止めに入る。
しかし神兵のシャボン膜は、完全な球体で強度も高い。
破ることも、止めることも、しがみつくこともできない。
「王として最後に命令する、この国を発展させよ。
俺がもう一度訪れたいと願うような、そんな国になるよう導くのだ」
神兵とともに、俺は窓から飛び立つ。
「陛下!」
「陛下ー!!」
「陛下!!! どうか、どうか、おもどりくださーい!」
悪いな。
でもこうでもしないと、王さまなんてやめさせてもらえそうにないからな。
大空に、映像が映し出される。
マグロンタターク国民全員と、オーディン帝国軍の兵士たちがそれを眺めている。
「我はマグロンタターク王である。
オーディン帝国軍の諸君、降伏を勧告する」
「そ、そんなこけおどしにのってたまるか!
数の上では我々が圧倒的に勝っておるわ!」
「そうだそうだー! オーディン帝国バンザーイ!」
「そちらこそ、降伏せよ!」
やはり帝国軍の士気は高い。
とはいえ勝ち戦ムードが広まり、気がゆるんでいるようにも見える。
今なら普通に戦っても、万に一つくらい勝ち目があるかもしれない。
「分かった。じゃあ降伏しよう」
「えっ?」
「えっ?!」
「えーっ!!!」
「ただし、無条件と言うわけにはいかない。
マグロンタタークの民の財産と生活は、保障されねばならない。
暴力も略奪も破壊活動も、それに準じる行為を含めていっさいがっさい禁じる。
その条件でいいなら、二名だけ王都へ入ることを許そう」
「ふっ、ふざけるな! そんなことが降伏と呼べるか!」
「ならば、戦うしかない」
「ふっ、やっとその気になったか」
「神兵をけしかけるが、それでもいいか?」
「ほう……。こちらにはセーヌさま、ガロンヌさまの二体がいるのだぞ!
だが、そちらの神兵は一体のみ!
ニ対一だ、勝てるわけがなかろう! 無条件降伏を受け入れよ!」
「セーヌ、そしてガロンヌか。
いいだろう、来い」
「大口ばかり叩きおって! セーヌさま! ガロンヌさま!
どうか、やつらに天誅をおあたえください!」
敵将の求めに応じるようにして、セーヌとガロンヌという名の神兵が空高く舞い上がる。
神兵の飛翔を見て敵兵たちが沸き立つ。
「セーヌ! ガロンヌ! ヌ! ヌ!! ヌ!!!
セーヌ! ガロンヌ! ヌ! ヌ!! ヌ!!!
セーヌ! ガロンヌ! ヌ! ヌ!! ヌー!!!!!」
「ふわっはっはっはっはー! 今更改心しても遅いぞ!
我らが帝国に逆らったおろかさを、その身をもって味わうが良い!」
だがセーヌとガロンヌは、ある程度飛んだところで反転し、オーディン軍の行く手を阻む。
「セーヌさま、ガロンヌさま、一体どうされたのか!?
敵は目の前ですぞ! さあそのお力であの城壁を打ち破ってくださいませ!」
しかしそんな願いむなしく、本来帝国の守護神であるセーヌとガロンヌが、その砲塔を彼らに向けた。
「こ、これはどういうことですか!?」
「どうしてセーヌさまとガロンヌさまが、我々の前に立ちふさがっているのだ!?」
「後ろに強力が敵がいるということですか!?」
「そうだ、そうに違いない!」
「全員気をつけろ!
何も見えないが、不可視の敵が背後にいるぞ!」
敵兵たちは、守護神たちが敵対する意味をどうにかして曲解しようとする。
だが、ほかの神兵たちが戦列に加わってくるのを見て、最前線の者達はようやく自分達の状況を理解したようだ。
「後ろに敵だと!?
何を馬鹿なことを言っているのだ!
砲塔は、紛れもなく俺たちに向けられているのだぞ!」
「あの数の神兵を見て、なんとも思わないのか」
「もう終わりだ……。俺たちはもう、おしまいだ……」
敵兵の中に、ゆっくりとパニックが広がりつつあった。
「ハイン・ペイン将軍閣下、大変です。囲まれています」
「なにぃ、我々を囲むだと?
マグロンタタークふぜいにそんな大兵団などおるわけなかろう。
まあいい……。敵の数は何人だ?」
「それが、おそらく十数タイ、いや、それ以上かと……」
「十数隊……? 我は人数を聞いているのだ。
目算で良い、どれくらいの人数だ?」
「いえ、ですから、十数タイでございます」
「……敵の数は何人かと聞いておる!
何度同じことを言わせるのだ! これで三度目だぞ!
これで理解できねば、お前の首をはねるぞ!」
「失礼しました。神兵が、十数体でございます」
「はぁ!? ……神兵だと?」
ようやく見つけた。
どうやら彼が総司令官らしい。
俺は会話に割ってはいることにした。
彼の目の前に、俺の姿を立体映像で出現させる。
「ハイン・ペイン将軍。
先ほどの条件でよければ、われわれは降伏しよう。
今すぐこの地より全軍を撤退させよ。
従えないと言うのであれば、そなたを処分せねばならない。
その場合、マグロンタタークは甘い、と見られることのないよう、チリ一つ残さず消しつくさせてもらう」
「な、なんだ貴様! どこから現れた……」
将軍の護衛が、間髪いれずに槍のようなもので襲い掛かってきた。
しかしそれは立体映像。
とうぜん攻撃はすり抜け、護衛の男は突進の勢いを御しきれずにすっころぶ。
「な……、なんだこれは」
「これは虚像だ。本体は別のところにある。攻撃は無意味だ。
繰り返す。条件を受け入れ、撤退せよ」
「バ……、バカを申せ!
今更帰れるものか! ええーい、全員、突撃せよ!」
まずいな。
そんな命令を出されたら、本当に大虐殺を行わなければなくなる。
「やめておけ、ハイン・ペインとやら。
その命令を今すぐ取り消すのだ。
最後の警告だ。条件を受け入れて全軍撤退せよ」
「そんなことができるか! ええい、さっさと全軍突撃だ!」
「……そうか、警告はしたぞ」
彼をまね、三度同じことを言ってやったのだが、理解してくれなかったか。
突撃の命礼など出さなければ、もう少し猶予を与えることもできたのだが……。
仕方あるまい。
国を滅ぼしにきている者ならば、逆に滅ぼされても文句は言えまい。
俺は右腕をかかげると、即座に振り下ろした。
一瞬世界が輝き、耳をふさぎたくなるような爆裂音が鳴り響く。
やがて閃光によって奪われた視界が回復する。
大地はえぐれ、護衛の者達も吹き飛ばされたようだ。
将軍のいた辺りを黒い煙が覆い、周囲の者達は咳込んでいる。
「な……、何が起きた……?」
倒れこんでいた男が周囲を見回しながら、そうつぶやいた。
どうやら状況が理解できていない様子だ。
彼を助けに来た者が、声をかける。
「大丈夫か。怪我はないか」
「あ、ああ……、すまないが肩を貸してくれないか。
一体何が起きたのだ?
将軍はどこへ?! ご無事か!?」
問いかけに男は首を振った。
「ま、まさか……」
「俺は見た。ハイン・ペイン将軍めがけて、雷撃が落ちたのだ」
「なんだと……!? 奇跡による攻撃か!?
しかしハイン・ペイン将軍は無敵のスキルをお持ちのはずだぞ!
雷撃ごときでやられるはずはないぞ!!」
「いや、単なる雷撃ではない。
規模は小さいが、あれは神々の雷だった」
「かっ……、神々の雷だと!?」
「その証拠に、天を光が横切るのが見えた。
間違いない。あれはスキルすら無効化し、全てを焼き尽くすという神々の雷だ!」
マジか。
あの将軍、俺と同じ無敵スキルホルダーだったのか。
てか、無敵スキルって言うほど無敵じゃないんだな。
ちょっとがっかりだ。
「本当に神々の雷なのか!? かつていくつもの国を滅ぼし去ったという、あの……!?
しかしあれは、古き言葉を使う者のみに行使されるのではなかったか!」
「その契約は、古き言葉を使うものがいなくなるまでの話だったのだろう。
帝国とマグロンタタークの同盟が、そうであったように」
土煙がおさまると、後には何も残されていなかった。
顔面蒼白となった幾人もの兵士が、説明を求めるように俺を見上げている。
いや、説明よりも、救いを求めているのかもしれないがな。
「彼は最後まで、勇猛果敢だったと称えておこう」
俺はそうコメントを残した。
本音を言えば、勇猛というよりも蛮勇と評したいところだ。
だが、腐っても将軍と呼ばれた男。
下手に侮蔑するのはやめておくべきだ。
ひょっとしたら彼を信奉する者が意固地になって、ムダな抵抗をみせるかもしれない。
だからそう言うにとどめたのだ。
さて、敵も気持ちを切り替えるのに、時間が必要だろう。
俺は状況を見守る。
神兵の援軍が到着する。
さらに増える。
三十体近くでオーディン軍を取り囲んでいる。
上空にも何体もの神兵が飛び回り、オーディン軍を威嚇している。
敵兵たちは敗北を悟ったようだ。
戦意を失って、武器を手放すものまで現れはじめた。
そろそろ頃合か。
「可能ならば交渉を続けたい。他に指揮権を持つものはいるか」
そう問いかけると、馬上の騎士の一人が兜を脱いだ。
「マグロン・タターク王、聞こえているか!
我が名はチクワーブ、副司令官を務めている者だ!
そなたの提案、受け入れよう。全軍を引き返させる。包囲を解いてもらいたい」
「分かった。認めよう」
「ありがたい! 感謝する!」
「ただし約束をたがえた場合、すぐさま神兵により裁きがくだされることとなる。
程度がひどければ、オーディン帝国への報復もあり得るだろう」
「しかと心得た!」
その様子を城壁から観測していたマグロン・タタークの兵士たちが、固く閉じていた口を開いた。
「俺は夢でも見ているのか……。
ひょっとして勝ったのか? 俺たち」
「そうなるのかな。見ろよ。徐々にではあるが、やつら撤退していくぜ」
「降伏受諾という名の勝利か。
多分人類史上初めてのことだろうな」
「降伏受諾か。となると俺たちは負けたのか」
「かもしれぬ。ハッハッハ」
「見ろよ、神兵さまたちが、本来の持ち場へともどっていくぜ」
その神兵たちにまぎれこみ、俺たちは戦場を離れる。
俺はトーコとともに旅に出ることにしたのだ。
いわゆる出奔というやつである。
マグロンタタークからの家出である。
アズキもシュガーもアルタイルもいないあの国にとどまる理由は、もう俺にはない。
これは身勝手なわがままだ。
だがマグロンタタークの平和は、これで守られた。
王としての務めは果たしたはずだ。
戦勝を記念して凱旋するのも魅力的だったが、あきらめた。
この機会を逃せば、おそらく次はないのだ。
王という身分は、自由がない。
スキルの強化やシュガーの分身体探しをするのに、王という立場は多少の役には立つだろう。
だが、それは国の中だけでの話だ。
シュガーの分身体を探すには、おそらく他の国々や大陸、そして世界中をめぐらねばならないのだ。
「さてトーコ、他のママたちを探しに行こうか」
トーコは一度うなずいたものの、モジモジしながら口を開く。
「うん。でも、その前に、おねがい。きいてほしいです」
「どんなお願いだい?」
「ママたち、さがすまえに、ふたつき。
……二ヶ月だけ、パパを、ひとりじめ、させてほしいです」
「いいよ。分かった。トーコはどこへ行きたい? 何がしたい?」
「えーとね、まずは、たこ焼きを、一緒に、食べてみたいです」
「半分こだぞ?」
トーコははじらうように照れながらも、にーっと笑った。
何か悪だくみをしているようにも見える。
おそらくアルタイルと同じように、俺とバトルをしてみたいのだろう。
「……分かった。勝負だな。
言っておくけれど、俺、手加減だけはうまくできないからな。
もちろんするつもりもないが、それでもいいんだな?」
たこ焼きをめぐる勝負は、予想外の結末をむかえることになった。
しかしながらその勝敗は、俺とトーコだけの秘密である。
どうしてアズキは記憶を失っていたのか、魔剣のその後はどうなったのか、そもそも旧神とはなんだったのか、そしてクロルは分身体をみつけることができるのか、復讐を達成できるのか。
そういったことはこれからの章で明らかになっていきます。
ですがさすがに評価や注目度が低すぎましたので、ここで完結とさせていただきます。
ありがとうございました。