第32話 兵士たちの平穏
アズキやアルタイルと別れてから、ニ時間くらい経過しただろうか。
ようやく俺は王都へとたどり着いた。
さて、歩いて帰ってきた理由をたずねられたら、どうするか。
アルタイルがいないことをどう説明するか。
てきとうな言い訳を考えておかないとな。
王都への入場口は、とても空いていた。
そのせいもあってか、俺は兵士たちの詰め所の中に通された。
「……クエストにより、昨日付けで王都出発、本日現時刻をもって帰還。
はい、問題ありません。
ところで、外からいらしたということは、あの光のことを何かご存知ではありませんか」
「あの光?」
俺はとぼけてみせた。すると兵士は早口でまくしたててくる。
「ええ、空を縦横に切り裂く光のことです。
ニ時間ほど前、その現象が王都でも二回確認されています。
古き言葉を話すあの国へ行っていらしたんですよね?
ちょうどあちらの方角から、発光と爆発音が確認されています。
過去、似た現象が観測されたことはありましたけれども、それらは一瞬で終わりました。
しかし今回の発光現象は違います。
特に一回目の発光は、かなりの長時間続きました。
計測によれば、およそ二十五秒間。これは、今までの観測ではなかったことです。
それに通常ですと、王宮から発光現象が起きるという予言があるのです。
今回その予言がない上に、発光からニ時間経過した現在でも王宮から何の連絡もありません。
……ありのままに言うと、我々は情報に飢えているのです」
困った。
想定外の質問が飛んできた。
知らないふりを突き通してもいいが、余計に面倒なことになるかもしれない。
嘘を見破るスキルとか奇跡とか、そういうもので調べられている可能性を否定できないからな。
しょうがない。嘘でごまかすのはやめるか。
「……何が起きたかは、だいたい知っています」
「でしたら是非とも情報を!」
「申し訳ない。機密事項ですので、ここで話をするわけにはいかないのです」
俺は拒んだ。
すると一番えらそうな男がゴホンと咳払いをした。
そして俺の対応をしていた男を押しのけ、目の前に座った。
「我々は王都の正規軍だ。
冒険者ごときが、報告する相手を選り好みできると思っているのかね?」
冒険者ごとき、ときたか。もう敬語で話す必要はないな。
「あー、そこまでだ。黙れ。アルタイルだ。アルタイルに報告する予定だ」
「ア……、アルタイルさまだと? もしやとは思うが、神兵アルタイルさまのことか?
アルタイルさまとご交友があるとでも言うつもりか!?」
「そうだ」
「……それを示す証拠は?」
「冒険者カードをよく見なかったのか。
というか、先日ギルドで起きた事件を知らないようだな。
情報を欲するくせに、そんな誰でも知っているようなことさえ把握できていないのか。
まったくあきれるな。
なんならアルタイルを、今ここに呼びつけてやってもいいんだぞ?
天井をぶち抜いて、だ。
だが今、神兵たちは大忙しだ。
そんな時によびつけたら、天井をぶちぬかれるどころの騒ぎじゃすまないかもしれん。
それでもいいのか?」
「天井、天井と何を言っているんだ?」
ハッタリをかましつつ、俺は冒険者カードを差し出す。
そこには、アルタイルの名が刻まれている。
「なっ!? アルタイルさまのお名前が、なぜ、こんなところに!?」
驚愕する上級兵の後ろで、下級兵たち数人が噂話をしている。
「おい、ギルドで起きた事件って何だ?」
「お前そんなことも知らんのか!
アルタイルさまが天井をぶちぬいてギルドに現れ、悪事に手を染めていたやつらを全員処分したって話だ」
「ああ、あのギルド長がその場で処刑されたっていうやつか」
「そうそう、それそれ」
「あれ? 新入りの冒険者がアルタイルさまを呼びつけたって話じゃないの?」
「それは別の日の話なんだけど、関わっているのは同じ人物だって聞いたぜ」
「ちょっと待て! 呼びつけるって、アルタイルさまをか?」
「ああ。空に向かってアルタイルさまの名を叫んだら、すぐさまかけつけたって話だ」
「そんなことができるやつがいるのかよ。
それじゃアルタイルさまより立場が上ってことだろ?」
「アルタイルさまとタメ口だったって噂だぜ。
いやそれどころかアルタイルさまの方が従う感じだったって」
「あー、ギルド長が処刑されてハンコ押せないからってんで、アルタイルさまにその場で命令して書類作らせたとかなんとか」
「書類? 何のためにさ」
「冒険者カードを作るためだってよ。
なんでアルタイルさまをアゴで使えるような方が、冒険者カードなんぞを必要としたんだろうね。
まあどっかの誰かが話を盛ったんだろうな」
「ハッハッハ。噂ってのは本当信用ならんな」
その噂話は、世事にうとい上官に対する気配りか何かなのだろうか。
俺を威圧していた上級兵の顔が、みるみるうちに憔悴していく。
その手の中の冒険者カードに、アルタイルの名がはっきりと刻まれているからだ。
「お前たち! その話は本当か!?」
「は、はい。アルタイルさまがギルドの天井をぶち抜いたというのは本当です」
「アルタイルさまが二度ギルドに姿をみせられたというのも、本当です」
「関わっていたのが同じ人物というのも、本当です」
「では、その者の名前は!?」
「把握しておりません」
「存じておりません」
「俺は覚えてます。たしか、……クロルとかいう名前だったはずです」
上級兵が、俺の冒険者カードをもう一度確認する。
何度確認しても、そこには俺と神兵アルタイルの名が並んでいるのだ
「………………こ、これは大変失礼いたしました。
全員! 整列!! 敬礼!!!」
号令にあわせ、駄弁っていた下級兵たちが姿勢を正し、俺に敬礼する。
動転していた上級兵も立ち上がり、俺に敬礼する。
えーと、儀礼的にこういうときは答礼しなきゃいけないんだっけか。
俺は右手を左胸に当てる。
意味はたしか、俺の命は任せるよとか、護衛をまかせるよとか、そんな感じだった気がする。
いや、普通に敬礼で返すべきだったのかな?
それともお辞儀でよかったか。まあどっちでもいいや。
「誤解もとけたようなので、行かせてもらう」
「はっ! 本官ごときが余計な干渉を行い、申し訳ございませんでした」
「ああ、うん。秘密任務とはいえ、こちらこそすまなかった」
「はっ! 任務の成功を、お祈りしております」
本当にすまん、アルタイルに報告なんて、あれは嘘っぱちだ。
アルタイルは、既に全てを知っている。
俺が詰め所をでると、パシンパシーンと何かで机を叩くような音が聞こえてきた。
おそらく冒険者カードをよく確認しなかった件で、部下を責めたてているのだろう。
さて、ギルドへ行ってみるか。
俺は詰め所横の門をくぐって王都に入る。
すると、たくさんの人たちが迫ってきた。
「なああんた、外から来たんだろう?! 何があったか教えてくれよ!」
「あれって裁きの雷だって聞いたけど、本当なの!?」
「世界の終わりが来るの!? ねえ、そうなんでしょ!?」
「空が赤く染まったのを見たって人がいるの! あなたもそうなの?!」
「黙っていないで、何か話しておくれよ!」
どうやら国中が混乱しているようだ。
大パニックってやつだ。
まあ一回どころか、二回も予告なしの怪現象が起きたんだもんな。
しかも二十五秒にもわたる長時間の照射だ。
それだけ異常なことが起きれば、不安がるのも仕方ない。
轟音とかが聞こえてきたのかもしれない。
そして多分、この国でも神兵が縦横無尽に飛び回り『残党狩り』が行われたのだろう。
だから不安が伝染しているのだ。
「あ、あんた……、見覚えがあるぞ!
アルタイルさまを呼び出された方じゃな!
どうか、アルタイルさまを呼んでくだされ!」
「えっ、それは本当なの!?」
「その話は本当だ! 俺もみたんだ! なあ、アルタイルさまを呼びだしてくれ!」
「俺も見たぞ!」
「わたしも見た!」
「なんだ! どうした」
「救世主さまじゃ! 救世主さまがおいでになられたぞ!」
おっとまずい。
これはさらなる混乱を招きそうだ。
俺は回れ右して、先ほどの詰め所へと駆け込む。
扉を開ける。
俺の顔を見た途端、兵士たち全員が青ざめた表情に変わる。
まったく、俺がいない間にどんな噂をしていたのやら。
それをとがめるのはよそう。
今は彼らをうまく利用しなければいけないのだ。
俺はできるだけやさしい笑顔をつくって話しかける。
「すまない。力を貸してくれ。
冒険者ギルドへ行かなければいけないのだが、民衆が多くて進めないんだ」