第30話 ありがとう
「クロルさま、アズキさま、衛星砲の発射準備が整いました」
「そうか」
「整ったって……、まさか本当に国を一つ滅ぼすつもりなの?
ねえクロル、あなたもアルタイルを止めてよ」
俺からは何も言ってやれない。
アズキの気持ちも分かるが、アルタイルにも立場がある。
「クロルさま、あなたさまに衛星砲の発射権利を委譲することが可能です。
無敵スキルのレベルアップ課題に、『町を滅ぼす』というものがございました。
今ならば、それを達成することが可能です。
いかがなさいますか?」
「そういえばそんなのがあったな。
ありえない選択肢だったから、忘れていたよ」
「アルタイル! 何を淡々と語っているのよ!
いつものかわいいあなたは、どこへいってしまったの!?
クロル! あなたもどうしてそう平然としていられるのよ!
たくさんの罪のない人が、虐殺されてもいいというの!?」
罪はあるさ。
禁じられた古き言葉に執着し、この世界に危険を招き寄せていることはとてつもなく大きな罪だ。
それに俺だって平気なわけじゃない。
ただ感情を表に出していないだけなんだ。
憎しみと怒りと、あわれみとあきらめの感情が、胸の中で暴れまわっているのだ。
だが、そうやって理詰めで説いたところで、話はすすまないな。
むしろ、アズキを意固地にさせるだけになるかもしれない。
アズキは今、自分で処理できない感情を吐き出しているだけだ。
暴走する感情にのみこまれて、他人の立場や気持ちを考える余裕がなくなっているのだ。
だったらとりあえず、アルタイルの気持ちを考えるように誘導してやろう。
「アルタイル、ひとつたずねる。
さっきの戦いで、お前は機械のように判断してためらいなく処理していたな。
それなのに今は、こんなふうにぐずぐずしている。
迷っている理由は何だ。
お前も、心が痛むのか」
「……ええ、そういった気持ちがないといったら、嘘になります。
わたしも、アズキさまと同様、とてもつらいのです」
「だったら、だったら……」
アズキが下を向いて押し黙る。
「分かった。
お前が手を汚したくないなら、俺が代わってやろう。
俺に甘えたいのなら、そう言え。いつだって甘やかしてやるさ」
「……ありがとうございます、お父さま。
そう言っていただけるだけで、アルタイルはしあわせです。
わたしは誰かから、その言葉をいただきたかっただけのなのかもしれません」
アルタイルが、その片腕をゆっくりとあげる。
どうやら、自分で決着をつけることを選んだようだ。
アルタイルのその動作に、アズキがビクリと反応する。
その腕が振り下ろされたらどうなるか、先ほどの戦いで分かっているのだろう。
アズキの右手が輝き、アルタイルに触れる。
拘束スキルを発動して、アルタイルの腕が振り下ろされるのを止めたのだ。
これで一時的にせよ、衛星砲の発射は防がれた。
アズキはさらに指先を傷つけ、アルタイルに自らの血をなでつける。
ブラッドチェーンの能力で保険をかけたのだ。
たとえテレポートで逃げられたとしても、こうしておけば数秒間は動きをとめられるはずだ。
「アルタイル、あなたに、そんなことは、絶対に、させない。
わたしの家族に、そんなこと、させたくない!」
言葉をしぼりだすようにして、アズキが思いを告げる。
こうなってしまったら、俺はどちらにも肩入れしがたいな。
事態を見守るだけだ。
さて、これからどうなるだろうか。
アルタイルはショートテレポートを使って拘束を逃れ、衛星砲発射を強行するかもしれない。
もしそうするのなら、俺とアズキは空中に放り出されるだろう。
だが、短い距離ならアズキは空を飛べる。
そしてまた追いついて、再度アルタイルの動きを止めるだろう。
最悪の場合、俺は地面にたたきつけられるだろうな。
それなら、ダメージは無敵スキルで打ち消そう。
地面に墜落するのは、別に初めてってわけじゃないからな。
既に経験している。
むしろこのくらいの高さでは、物足りないくらいだ。
アズキまで落ちてきたら……、その時は封印解放でなんとかしよう。
さあアルタイル、どうするのだ。
俺たちを置いて衛星砲を放つのか。
それとも、発射をあきらめるのか。
「……ありがとうございます、お母さま。
わたしは誰かから、こうして力尽くで止めていただきたかったのかもしれません。
アルタイルは、しあわせものです」
拘束スキルによって動けぬはずのアルタイルが、言葉を発した。
なんらかの方法で、拘束スキルを無効化したのだ。
衛星砲の発射を止めることは、これでもうできなくなってしまった。
その意味を悟ったアズキの目から、涙がこぼれ落ちる。
「ずるい……、この前は動けなかったはずなのに!」
もしも都市ひとつ分の財宝の代わりに、今日の日をなかったことにできるなら、俺たちは喜んで取引に応じていただろう。
アルタイルの腕が、振り下ろされる。
俺はアズキを抱き寄せる。
空が光る。
あたりは光の渦に巻き込まれる。
町が滅びさる瞬間が、俺たちの目に焼き付けられる。
アルタイルやアズキと築いてきた平穏な日々が、終わりを告げたかのように感じられた。