第21話 準備
甲冑アルタイルには天空へと戻ってもらい、俺たちは茶屋で一休みする。
アズキはご機嫌だ。アルタイルもご機嫌だ。
それならいいか。俺もご機嫌だということにしておこう。
アイテムボックススキルを発動してから一時間以上経過していたので、再度食料品調達に向かう。
ほどよく冷えた甘いイチゴのクレープ。
キャベツいっぱいベーコンいっぱいのお好み焼き。
マスタードとケチャップをたっぷり乗せた巨大フランクフルト。
十種キノコとバジルのクリームスパゲッティ。
山盛りのポテトフライと七種類の専用ディップソース。
具材たっぷりの肉まん、あんまん、ピザまん、カレーまん、すき焼きまん。
アイテムボックスがおいしい食べ物で満たされていく。
幸せだ。この幸せは、言うなれば未来への幸福貯金だ。
今晩はお好み焼きとエビチリを食べようとか、明朝はフランクフルトとサンドイッチを食べようとか、考えているだけで自然と顔がにやけてくる。
「さすがにこれだけ買い揃えれば、しばらくはもつだろう。
今日の俺の目的は、これでだいたい達成できた。満足だ。
というわけで次はアズキの番かな。どこか行きたいところはあるか?」
「そうですね。では、武器屋へ参りましょう」
クリームたっぷりのクレープを片手に持ちながら、アズキがそう言った。
「武器屋?」
「ぶーきー」
「ええ、武器です。今、クロルは何も武器がありませんよね。
せっかく剣技スキルを持っているのですから、数本そろえておくべきです」
「そうだな。アズキの言うとおりだ」
「それに、わたしの方もちょっと用事が……」
「ああ、俺のために刀を折らせてしまったのだったな。
そうだな、アズキも補充しないと。
それじゃ武器屋へ行こう。近いのか?」
「ええ、そこの路地裏を通っていけばすぐですよ」
アルタイルの両手のクレープが五回くらい食べつくされたころ、俺たちは武器屋へと到着する。
胸当てを身につけた恰幅のよい男達が数人、話をしながら槍をみつくろっている。
その向こうでは、華奢な女の子が一人、短刀をじっとみつめて物思いにふけっている。
客の様子を観察するのも楽しいが、品物を見るのも面白い。
色々な大きさのさまざまな武器が綺麗に並べられている。
目立つところに幅五メートルはありそうな巨大ハンマーが鎮座している。
あれは妄想をかきたてる。あのハンマーで大群をなぎ払うさまを想像してしまう。
かと思えば、長さ三十センチの槍なんてのもある。
剣より短い槍とか、何のためにあるのだろう。
「いらっしゃい。どんなご用件で」
店の主人らしき大男が、おだやかそうな顔で声をかけてきた。
聞く人を安心させるような、野太い響きの声だ。
「ああ、えーと、メインの用事はこの子、アズキです。刀を探しています。
ちょっと話をきいてもらえますか。
それと、俺も剣が欲しいです。
アズキの件が終わったら、相談にのってください」
「分かりました。では奥のほうへどうぞ、お茶を出しましょう」
大男は店の奥を指差し、俺たちに背を向けてずんずん歩いていく。
案内された席に座ると、すぐさま赤みがかった飲み物が出された。
非常にさっぱりとしたお茶だ。
先ほどまで甘いものを食べていた俺たちにはぴったりである。
お茶請けはクッキー。白いのと赤いのが九枚ずつだ。各自それぞれ三枚ずつか。
いや、こういうところで出されたお茶請けは、食べつくさないのがマナーかな?
ためしに白いのを一枚かじってみると、バターの強い香りが鼻から抜ける。
お茶を飲んだ後だと、それがとてもよく強調される。この組み合わせはたいへん良い。
こうなると赤いクッキーの正体も気になってくるな。
だが、それはあとの楽しみにとっておこう。
「さて、刀をお探しという話でしたな」
「はい。愛用していた刀が折れてしまいまして、代わりが必要です」
「なるほど、それはお困りでしょう」
「それで、どれくらいのランクの刀を探しているかというと……。
説明するよりも実物を見ていただいた方が早いですね。
今出しましょう」
アズキがアイテムボックスから折れた刀を取り出す。
なるほど、確かに説明するよりも見てもらった方が早い。
ん……、あれ? さっきアイテムボックスを起動したばかりじゃないか?
まあ、ここはスルーしておくか。話の腰を折っても悪い。
大男は、折れた刀をしばらくじっと見つめた後、つぶやく。
「ほほう。これはすごい刀ですな。
しかし一体、何を斬ろうとしたのでしょうか。
この刀なら、並大抵のものは真っ二つでしょうに。
いや、この刀を見るに………………、ああ、ナデール鋼ですか。なるほどなあ。
剣技スキルのレベルアップ課題で『ナデール鋼を斬れ』というのがたまに出てくるとうかがっております。
それなら無理もないですな。あれを斬るのはどんな刀をもってしても不可能でしょう」
勝手に納得してくれたが、訂正するのは面倒なので話をあわせることにした。
ナデール鋼じゃなくて俺に斬りかかったとなれば、何故そうしたのかという話になる。
そうしたら無敵スキルのことも説明しなきゃいけなくなるからね。
さすがに無敵スキルのことは、あまり口外したくない。
ってか、ナデール鋼ってそんなに硬いのか。
確か俺の剣技スキルの次の課題に、それが出ているんだよな……。
「……では、これ以上の刀をお求めということでしょうか。
恥ずかしい話ですが、当店にこれを超える名刀はございません」
「あ、いえ、誤解させてしまってすいません。
これと同等の刀を探しています」
「左様でございますか。
……当店最高の刀でしたらば、これと並びうるかもしれません。
今すぐ持ってまいります。
倉庫に行ってきますので、少々お待ちください」
大男がおじぎをして、店の奥へと立ち去る。
ではそろそろ、赤いクッキーを試してみるか。楽しみだ。
そう思ってつまもうとするが、既にクッキーはなくなっていた。
あれ、俺の分は?
そう思って二人をみると、ちょうど最後の赤いクッキーを食べるところだった。
そうか、早い者勝ちか……。遠慮なんかせず、食べておくべきだった。
悲しみに打ちひしがれていると、茶のお代わりが運ばれてきた。
今度は琥珀色である。
どうやら上客と判断されて、待遇が良くなったようだ。
お茶受けも追加される。今度はケーキだ。
赤、白、黄、青、緑、黒。
小さめのホールケーキを六等分し、各色一ピースずつ集めて丸く並べてあるのだ。
ただし、それで全員分ではない。
各自ホールケーキ一個分ずつである。
つまり一人で六色楽しめるのである。
多すぎだと思ったが、アズキとアルタイルはすでにニコニコ顔で食べ始めている。
あっ、これは食べ遅れてたら俺の分をぶんどりされるパターンだ!
気後れしていないで参戦せねば!
しばらくして運ばれてきた刀には、数千万という値段がついていた。
アズキはあっさりとその購入を決める。
俺はとっさにアズキの手を握る。
接触通信をしたいのだと察してくれるはずだ。店主っぽい大男の前だからね。
アズキ、聞こえてるかな?
【うん、聞こえてる】
あの刀ってそんなすごいものだったのか。
俺のレベルアップのために、数千万もの刀を使わせてしまってすまない。
【刀の代金は王宮から出ていますから、気にする必要はありません。
それにあの時は、あなたがステータスを偽装しているか、その真偽を問うことが主眼でした。
ですからあなたのため、というわけではありません。
……いえ、訂正します。
本当は、漆黒竜を倒したのが誰なのか、それを見極めるためだったんです。
ねえクロル、やはりあなたが……】
俺はそこで手を離した。当然接触通信も途切れる。
その話はまた今度でいいだろう。
アズキはちょっとむくれているが、……許せ。
それから俺用に刀と剣を買った。
そしてアルタイルにも小剣を買ってやった。
アルタイルには武器など不要だと思うが、「みんなおそろいがいい!」とせがまれてはしょうがない。
「おそろー!」
ベルトなどの小道具や手入れ用具などを一式そろえると、結構な金額になった。
必要経費だ。しょうがない。
「さて、お金を使ったら、その分、稼ごうか。
きっとギルドも少しは空いてきたことだろう。
何か仕事を受けにいってみよう」
「まだいいわよ。必要な分はわたしが出すわ。貯えもあるから心配しないで。
それより、もう一つわたしのお願いをきいてくれないかしら」
「もちろんかまわないよ。言ってごらん。
あっ、今回も謎かけかな?
……なんだろう。
みんなで劇場に行ってみたいとかかな?」
「ううん。それも魅力的だけど、違うの。
こうして新しい刀が手に入って、準備も整ったわ。
だから早速……」
「ちょっと待て。
その準備ってさ、冒険者としての仕事の準備以外に、何があるというのだ?」
「刀だもの、戦う準備が整ったに決まっているじゃない」
「戦うって……、そりゃそうだろうけど、いったい誰とだ」
アズキは俺に笑顔をみせると、幼女の方へと振り向く。
「さてアルタイル、わたしと本気で戦ってくれるかしら」
「うん!」
「えっ、本気で戦う……? 二人とも、何を言ってるんだ?」
「ここじゃ他の人を巻き込んじゃうから、どこか荒野にでも行きましょう」
「いーよー」
「お、おいおい、二人とも何を言っているんだ。
ちょっと落ち着けって……」
かくしてまったく予期せぬ形で、アズキとアルタイルの戦いが始まるのだった。