第20話 朝
二話分です。
王都生活三日目の朝である。
ニャンニャン、ニャンニャンという朝猫の声につられて目を覚ます。
いわゆる朝ニャンというやつである。
ベッドには俺一人。
アズキたちはもう出かけたかと思い、部屋を見まわす。
すると、巨大な甲冑が目に入る。
アルタイルの甲冑だ。
その隣でアズキと幼女アルタイルが話し込んでいる。
おそらく俺が寝ている隙に、どうにかして甲冑を部屋にいれたのだ。
それでアルタイルが甲冑の中に入ってみせたりして、本物の神兵だという証拠をアズキに示したのだろう。
「おはよう、今朝は普通に起きれたわね」
「パパー、おはよー」
「……おはよー」
「ママー、だっこー」
「はいはい」
アズキもママと呼ばれて、それを受け入れている。
「しばらくこの家族ごっこにつきあいます。
わたしの夢の予行演習ということにします」
そういえば、家族で暮らすのがアズキの夢だったな。
予行演習、いいんじゃないかな。
中身はともかく、アルタイルはかわいいぞ。
少々あざといところもあるが、こちらのツボをついて楽しませてくれるのだ。
実際の子育ては、本当に大変みたいだからね。
いいところだけ楽しんでいるようで、世間の人に申し訳ないけれど……。
「かぞくごっこじゃないよー。ほんとうのかぞくだよー」
「失礼しました。その通りでございますね、アルタイルさま」
「ママはむすめに『さま』をつけてよんだり、けいごをつかったりしないよー?
よびすてー! よびすてでよんでー!」
「……そう、ね。ア……、アルタイル」
「うん!」
まだぎこちなさが残るものの、二人は仲良く笑っている。
俺が寝ている隙に、二人で話し合いがもたれたようだ。
アルタイルが何をどこまで話したのか分からないが、丸くおさまっているならしばらく様子をみよう。
「さて、朝食にしましょ。ご飯にする? それともサンドイッチがいいかしら。
お肉、お魚、スープ、サラダ、パン。そのあたりなら大体希望にそえるわよ」
ほー、朝から何でも選べるのか。
「ありゅたいりゅは、ごはんがいいー!」
「じゃあ、ご飯にしようか。娘の意見を尊重しよう」
「わかったわ。じゃあ、クロル、オニギリを出してもらえるかしら」
なるほど、そういうことか。
朝食はアイテムボックスの中にあるものですませるのだろう。
「おっけー。顔を洗ってきてからな」
俺は立ち上がり、着替えながら背伸びをする。
ちょいと部屋を出て、戻るころにはようやく頭が働き出す。
「えーと、オニギリを出すんだったな。二人ともいくつ食べる?
オニギリの大きさは、たしかこれくらいだったかな」
「んー……、にこー!」
「わたしも二個で」
「じゃあ俺も二個。少し多めに七個出しておこうか」
テーブルの上には、冷奴、たこ焼き、スープ、サラダ、焼き鳥が並んでいる。
そこへ俺のアイテムボックスからオニギリを加えて、ようやく朝食の準備が整った。
よく見れば他にも二、三品あるな。
三人いるとはいえ、朝からこんなに食べられるのか?
「ちょっと変なとりあわせになるけど、ごめんね。
アルタイルの希望をきいたら、こんな感じになったの」
「えへへー。たこやき、やきとり、ひややっこー」
「……いいんじゃないか。うまそうだ」
俺はとりあえず焼き鳥をつまむ。
合間にネギのはさまっているネギマというやつである。
うむ。うまい。特にネギがうまい。
薄味のタレが、鳥の脂を吸ったネギととてもよく合う。
「アズキは今日も王宮へ行くのか?」
「遠征の件は、昨日で一通り報告がすみました。
臨時に呼び出されるかもしれませんから、遠出をするなと申し付けられていますが……」
「だいじょーぶだよー。
おーきゅーからよばれたら、ありゅたいりゅがおしえてあげるー。
ついでに、おーきゅーまではこんであげるー」
「……だ、そうだ」
「はい、ですので、今日はクロルとアルタイルにつきそいます。
行きたいところがあるなら、案内しますよ」
「そうか。じゃあ、どうしようか」
「じゃあねー、とりあえず、ぼーけんしゃとーろくー」
「そうですね。それをおすすめします」
「昨日の今日で、か。大丈夫かな」
「問題ないでしょう。復旧は既に終わっているみたいだから、立ち入り制限もないはず。
それに、クロルには姫様から呼び出しがくるかもしれないのでしょう?
だったらできるだけ足しげく冒険者ギルドに通った方がいいわよ」
「そうか。そうだったな」
「……それにしてもアルタイル、あなたよく食べるわね。
もっと出せばよかったかしら。足りなかったら言ってね」
「えへへー、そだちざかりー」
二千二百二十二歳のくせに、何が育ち盛りだ。
そう言いたいのをがまんして、たこ焼きをほおばる。
あ、アルタイルが最近つくられた神兵って可能性もあるから、意外と若いかもしれんな。
まあどっちでもいいか。
お、このたこ焼きは、柔らかさとか熱の入り方とかが俺好みだ。
しかも出来たてでうまい。
たこやきは最初十個あったから、一人三個食べて良いはずだよな?
しかしすでに残りは三個。
これは早めに食べないと、とられてしまうかもしれん。
プスリと爪楊枝をたこ焼きに刺す。
残りが二個となった。
するとそれを察知して、アズキとアルタイルが残りのたこ焼きをかっさらう。
「お前ら……、ずるいぞ!
俺も、もうちょっと食べたかったのに!」
「わたしは今ので三個目ですよ」とアズキが正当性を主張する。
「ありゅたいりゅは、たこやきがたべたいって、ちゃんと言ったもん!」
アルタイルも同じく自分が正しいと言う。
そうだな、確かにきちんと食べたい物を宣言した者の勝ちだな。
ふーむ。ってことは、アルタイルが五個も食べたのか。
おのれ! 覚えてろよ、アルタイル!
「そっか、わかったよ……。一時間後にまた出してもらえばすむことだ」
「ごめんなさい。今のでストック切れちゃったの」
「なんだと……」
今度何が食べたいかと聞かれたら、『たこ焼き』と主張して多めに食べてやるぞ!
いや、今度じゃダメだ! 今すぐだ!
「よし、さっそく冒険者ギルドへ行ってもいいが、今は朝で混雑しているはずだ!
だからその前に、食料品を買いに行くぞ!
朝食やらおやつやら夜食やら、なんにでも使えるような料理を買い込みに行くぞ!」
宿を出て、俺たちはまず屋台へと向かった。
「ぴざー、ぴざー! ぴざたべたーい!」
「わかったわかった。じゃあピザを五枚ほど焼いてもらえますか」
「あいよ。具材は何にする?」
「ほらアルタイル。トッピングの選択はお前に任せる。
俺はたこ焼きを買ってくる。
おっちゃーん、とりあえず一パックおくれ。今すぐ食べたいんだ!」
「わたちもたべるー! ついかでふたぱっくー!」
「なんだと……!? 負けてられるか!
おっちゃん、たこ焼きさらに追加だ! 追加で二パック頼む!」
たこ焼き欲を満足させてから、あれこれ食品を買い込む。
アイテムボックス起動中の十秒間にしまえる量を買い揃え、俺とアズキでそれぞれ収納する。
屋台通りでの買い物を終えたら、次は食堂街だ。
豪華な店構えのハンバーグ専門店に入り、一時間後に取りに来ると伝えて持ち帰りの注文をする。
続けて同じように、あちこちの店で注文をしてまわる。
カレー、エビチリ、サンドイッチ、チョコパフェ、オムライス。
五、六軒店をまわると、もう一時間近く経過している。
手分けして料理を回収し、アイテムボックスにしまう。
買い物は楽しいが、そろそろ本題を片付けておきたい。
朝が混雑するという冒険者ギルドも、そろそろ空いてきた頃のはずだ。
俺たちはギルドへと向かうことにした。
冒険者ギルドが見えてくる。
たまたまだろうか、人の出入りが激しい。
しかも出て行く人数より、入っていく人数の方が多く見える。
「それにしても人が多いな。まだ午前中だからか?
もう少し後にすべきだったかな」
思ったことを口に出すと、アズキが俺の手に触れる。
接触通信で、俺に何かを伝えようとしてきているのだ。
【原因はたぶん、ギルド内の勢力図に空白地帯ができちゃったことね】
空白地帯?
【ずっと長い期間、ギルドマスターの派閥がおいしい仕事を独占していたのよ。
それが昨日の一件で、派閥が一掃されちゃったでしょ?
だからチャンスとばかりに、多くのグループが活動を活発化させているみたい。
不謹慎かもしれないけれど、昨日はお祭り騒ぎだったそうよ】
なるほど、サンキュー。そういうことね。
みんなたくましいな。
それにしても、すごく込んでいそうだ。
【一晩すぎれば騒ぎも静まるかと思ったけど、その読みは甘かったみたい。
先に伝えて置けばよかったわね。ごめんね。
それで、どうする?
このまま中へ入って用事をすませるか、それとも出直すか】
せっかくここまで来たのだし、とりあえず中へ入って様子を見てこよう。
案外、人が集まっているだけで、受付は空いているかもしれない。
まあ昨日の今日で、どんな反応をされるのかが気になるけどね。
最悪『クロルは冒険者の敵』なんて認識をされているんじゃないかと心配だ。
【それなら大丈夫よ。
冒険者の敵は、あなたよりもギルドマスターっていう雰囲気だったみたい。
だから少なくとも、あなたを恨んだりしているような連中はいないはず。
むしろその敵を倒したあなたを、ヒーロー扱いしてくるんじゃないかしら】
俺はほとんど何もしていないぞ。
やったのはアルタイルだ。
ヒーロー扱いなんかされても、複雑な気分だ。……まあ嬉しいけれども。
ギルドの内部は予想以上に混雑していた。
窓口にも長蛇の列が並んでいる。
残念、あてが外れたか。
「並んでもいいが、もう少し後で出直すべきだろうか」
「そうした方が良さそうね。午後になってからまた来ましょうか」
いったい何人くらい集まっているのかとギルド内を見渡す。
百人以上いるかな? 数え切れない。
ちょうどその時、俺たちに背中を向けた男が、握りこぶしを振り回しながら何かを熱弁していた。
「確かに将軍があの最強スキルコンボを発動すれば敵なしだ。それは認める。
でも無効化されちまうから、発動ができないだろ?
そうなっちまったら、最強スキルコンボも意味がない。つまりは……」
何の話だろう。
無効化というと、ひょっとして……。
視線を止めると、そのテーブルで話し込んでいた男たちと自然に眼が合った。
全員俺の姿を見るなり、顔色が真っ青に変わる。
「ヒッ、あなたは……、いえ、あなたさまは……」
「おいおいどうした。何をそんなに……ヒッ!」
「ヒッってなんだよヒッって………………。ヒィィィッ!!!」
「ヒッ、じゃねえよ! おい、お前ら、俺の話を聞け……、ヒィィィッ!」
あれ、おかしいな。
アズキの話によれば、俺ってヒーロー扱いされるんじゃなかったけか。
それがヒーローじゃなくて、ヒィヒィ言われるのはどうして?
……ともかく、とりあえずこの連中を落ち着かせないと。
「ああ、えーと……、昨日は驚かせたみたいですいません。
今日は騒ぎにならないと思うので、そんなにこわがらないでください。
普通に接してもらってかまいませんので」
「いえ! めっそうもない! ささ、どうぞこちらへ!
おい、みんな! 道をあけろ!
アルタイルさまのご友人さまがいらっしゃったぞ!」
「これから俺は、冒険者としてみなさんの後輩になります。
どうかよろしくお願いします」
「ヒィィ! 許してください!
先輩後輩の礼儀とか、そんなもの俺たち冒険者にはございません!
むしろ、前途有望な後輩の方が偉いのです。
だからどうか、命ばかりはお助けをー!」
普通に挨拶をしたかったのだが、うまくいかなかった。
後輩という単語が、昨日のトラウマスイッチを押してしまったようだ。
パニックは連鎖し、ギルド内は騒然となる。
「え!? 何、どうした!」
「アルタイルさまのご友人がいらしたのだ!
全員邪魔にならないよう、壁を背に並び整列しろ!」
「絶対にあの方に絡むなよ! アルタイルさまがすっ飛んできて粛清されるぞ!」
俺に手を出すとアルタイルに粛清されるだなんて、ひどい噂を立てられてしまったものだ。
まあ実際にそのアルタイルが俺の隣にいるわけだけだから、あながち間違ってはいないが……。
しばらくして、ようやく冒険者たちは壁際に規則正しく並び、ギルドは静まり返る。
……うん、まあ、良く良く考えれば、あんなことがあったのだ。
こんな扱いになっても仕方ないか。
それにしても、これは予想外だ。
正直なところ、俺としては普通に接してほしかった。
だが、その願いがかなうことはもうないだろう。
「えーと、お気遣いありがとうございます。じゃあさっさと用事をすませよっか」
「噂以上にとんでもないことをしでかしたようね……」アズキがあきれる。
「俺じゃない、アルタイルがやったんだ」俺は責任を回避する。
「ねえパパー。わたち、しらないよー」アルタイルがとぼける。
「そっか。しらばっくれるのか。まあそれでもいいや。ほら、いくぞ」
百人以上の冒険者達から注目されるなか、俺たちは歩き出す。
尊敬されているというよりも、純粋に恐怖されている感じだ。
ヒーロー扱いされることを少し期待していたが、それを上回るこの扱いも悪くない。
さて、受付嬢たちの笑顔の上には、『わたしのところに来ないで』と書いてある。
全員笑顔が固まっていて、どうにも近寄りがたい。
どうしようかと見回すと、見覚えのある子がいた。しかも真正面だ。
だから、そこへ向かう。
昨日ギルドに来たときに、隣で苦笑いしていた子だ。
相変わらず、今日も苦笑いを浮かべている。
『あちゃー、やっぱりわたしのところへきちゃいましたかー』
みたいなことが追加で顔に書かれる。
「えーと、冒険者登録をしたいんだけど。いいですか」
「は、はい。うけたまわります。
で、ではこちらの書類に必要事項を……」
「ねえパパー、わたちも、ぼーけんしゃとーろく、するー」
「そっか。じゃあすいません、この子も一緒に頼めますか」
「……こちらのお嬢様もご登録されるのですか?」
「そうです。お願いします」
受付嬢は『こんな幼女を冒険者にしてしまって、大丈夫なのかしら』とでも言いたげだ。
なんというか、正直な受付嬢だ。
だが、余計な口をはさんでとばっちりをうけるよりはマシだろうと思ったのか、書類を新たに一枚取り出す。
「……お、お嬢様の分は、わたしが代筆をいたしましょうか?」
「おねがーい」
「うけたまわりました。
それではまず、お嬢さまのお名前をおしえていただけますか?」
「ありゅたいりゅー!」
「発音が悪くてすみません。正しくは、『ア・ル・タ・イ・ル』、です」
「はい、アルタイルさまですね……。
って!? そのお名前は、あの……」
「ん……、何か問題があるんでしょうか?」
「その……、アルタイルさまのお名前を使うことは、タブーとされております。
いくらアルタイルさまのご友人といえども……」
「それなら大丈夫ですよ」
「えーとですね、百年ほど前にアルタイルさまの名をかたり、悪事を働いた者達がいたそうです。それで……」
話が長くなりそうだ。さっさと帰りたいのに。
壁際で直立不動の冒険者たちを待たせちゃ気の毒だからね。
「あー、分かりましたわかりました。本人呼びましょう、アルタイル本人。
神兵のアルタイルがオッケーと言えば、万事解決。それでいいですね?」
「またてんじょー、ぶちぬくのー?」
「ヒッ、どうか、どうかそればかりはおゆるしを!」
天井を見上げると、どうやったのかは分からないが、きれいに修復されている。
「せっかく直したのに、またぶち抜いたらさすがにかわいそうだろ!
……ちょっと待っていてもらってもいいですか。外で呼んできますから。
アルタイル、お前も一緒に行こうか」
「は、はい! いくらでもお待ちいたしております」
ちらりとアズキを見ると、ソッポを向いて茶を飲んでいる。
かかわりあいになりたくなさそうだ。
これはこのまま待っていてもらったほうが良さそうかな。
「じゃあすいません、すぐに戻ります」
俺たちが出ていくと、ギルド内部がざわついている。
一体どんな噂をしているのやら……。
さて、面倒だが小芝居を打つか。
俺とアルタイルは外に出て、空に向かって「アルタイルー」と控えめな声で叫んだしぐさをする。
そんな目立つことをしたわけだから、道行く人が立ち止まり、俺たちを見て小首をかしげる。
うーむ、恥ずかしいな。
ほら、さっさと甲冑を呼べ、アルタイル。
ああっと、部屋の中に置き去りだったっけか。
おそらく出すのに一苦労しそうだよな。けっこう待つことになるのかな……。
だがそんな予感は的中せず、すぐさま轟音とともにアルタイルの甲冑部分が降下してきた。
「おー!」「ほー!」「わー!」と歓声があがる。
「アルタイルさま!」「アルタイルさまー!」とみんなが嬉しそうに名を呼ぶ。
「急いでおりますので、失礼」
俺は幼女のアルタイルを甲冑アルタイルにかつがせ、ギルドへ戻る。
「ア、アルタイルさまだ……。お、おい、本当につれていらしたぞ……」
「それもあっという間に……。どれだけ太いパイプをお持ちなんだ……」
「ば……馬鹿! しゃべるな。殺されるぞ!」
冒険者たちが驚愕している。
雰囲気にながされ、半分冗談で付き合っていたらしい者たちの顔が蒼白となっている。
全員の顔がひきしまる。真剣だ。必死だ。
それにしてもみんなビビりすぎだよ。
アルタイルなんて、たこ焼き五個ではあきたらず、さらに百個も食べるようなアホの子だぞ!
いや、それは関係ないか。それは単なる俺の逆恨みだ。
さて、甲冑アルタイルをつれてきたので、受付嬢は恐縮してカチンコチンになっている。
おそらく、昨日の惨事を思い出しているのだ。
ひょっとしたら『わたしも処分されちゃうの!?』みたいなことを思っているのかもしれない。
そんな反応をされるのもしょうがないね。
こっちで話を進めるか。
「なあアルタイル、この子の名前がアルタイルで問題ないよな。
だったらひとつ、うなずいてやってくれるか」
甲冑アルタイルは、幼女アルタイルの操作で、ゆっくりうなずいてみせる。
「お、おい、本当にアルタイルさまとタメ口だぜ」
「だから言ったろ、とんでもない大物らしいって」
「何せあの剣帝を倒したってお方だからな……」
「それどころか、一人で古代竜をたおしたらしいぜ」
「なんだと?!」
「しかもブラックドラゴンだそうだ」
「漆黒竜を!? マ、マジかよー!」
どこから漏れたのか、俺に関する噂が広まりつつあるようだ。
この分だとその噂にどんなオヒレがつくか、知れたものではない。
だが、今はこらえよう。
噂を操ろうとしても、人脈のつながりが分からない今の状況でうまくいくわけがない。
こういうときは、耐えるしかないのだ。聞かなかったフリだ。
今の俺がすべきことは、さっさと冒険者登録をして、この場を退散することだ。
そのためにはこの受付嬢をどうにかしないとな。
「えーと、この通り、アルタイルも承認済みです。
……聞いてますか? 大丈夫ですか? 受付嬢さん」
するとようやく、受付嬢が口を開く。
「ヒィッ、アルタイルさま……。
わざわざ足をお運びくださいまして、ありがとうございます。
そして、もうしわけございませんでした!
お二人の冒険者ギルド登録証は、今すぐ全速力で発行させていただきます!
アルタイルさま、もうしわけございませんでしたぁ!!!」
うーむ、これは恐怖から立ち直ってる雰囲気じゃないなぁ。
どちらかというと、パニック状態一歩手前という感じだ。
全速力でやるとか言いつつ、何も進んでる気がしない。
「ちょっと! ギルド長不在なのに、認印どうするの?
認印がないと、登録証発行できないでしょ!」
見るに見かねたらしく、隣の受付嬢が助けに入る。
「あ、そうだった。どうすればいい?!」
「し、知らないわよ……」
「そ、そんなー。わたしどうすればいいのよー!? たすけてー!!」
「じゃ、じゃあさ、アルタイルさまのお名前で認めをもらっちゃえば?
ギルド長の認定なんかより、よっぽど効力あるわよ」
「え?! そんな大それたこと誰が頼めばいいの……?!」
他の受付嬢たちが、全員で俺をチラリと見る。
背中からも、冒険者達の視線を感じる。
ハイハイ、分かりました。
「おい、アルタイル。えーと……、説明めんどうくさいな。
事情は分かってるだろうから、とりあえずうなずけ」
甲冑アルタイルが無言でうなずく。
とたんに『おー』という感嘆の声がいくつも重なってきこえてくる。
「あ、ありがとうございます。
ではアルタイルさま、この書類のここと、登録証のここに、サインをお願いできますでしょうか……」
受付嬢が涙目になりながら、書類を掲げる。
甲冑アルタイルが手を伸ばす。
その指先から光線が発射され、ジュッという音ともに文字が焼きつく。
『この者を冒険者と認める。 神兵アルタイル』
「ス、スゲー……。アルタイルさまのお墨付きをもらったぜ」
「ああ、あの登録証なら、どこへ行っても超大物扱いだ」
「俺も欲しい……」
冒険者達のざわめきが大きくなる。
「では、これで登録完了です。こちらが登録証になります」
「お騒がせしたね。じゃあ退散しようか」
「ちょっと待ったー!!!!!」
それまで沈黙を保っていたアズキが叫ぶ。
「わたしも、それ、欲しい。
アルタイル、わたしのぶんもつくりなさい。
五分もかからずできるでしょ」
どうやら冒険者達がさわいでいるのを聞いて、自分も欲しくなったようだ。
「ん? ママも?」
「そうよ、おそろいにしましょ」
「わーい! おそろー!」
「そうね、おそろーよ!
じゃあ、すいません。再発行になっちゃうんですが、もう一人分いいですか?」
「え、ええ、喜んで……」
ようやく解放される、と心のネジをゆるませかけた受付嬢が、まだ神経をすり減らさなければならないのか、と泣きながら苦笑いを見せた。
……スマン。
許してくれ。
そしてしばらくの後、神兵の名で認められた登録証をうれしそうにみつめるアズキたちとともに、俺たちはギルドを後にした。