第18話 謎かけ
目覚めると、俺は宿のベッドに寝かされていた。
体調を確認する。
耳鳴りは止まった。身体も自由に動くようになった。
少し喉が渇いている程度だ。
起き上がって、水を飲む。
既に外は暗くなっている。
無敵スキルのクーリングタイムなどから推測すると、ニ時間以上寝ていたのであろう。
キイ、と音を立てて扉が開き、アズキさんが顔を出す。
「お帰り」と声をかける。
「あら、起きたのね? もう今日は目覚めないかと思ったわ」
ということは俺が寝ている隙に、アズキさんは一度帰ってきたのだろうか。
「……今日はちょっとたいへんな目にあってな。疲れて寝ていた」
「でしょうね。アルタイルさまも大変ね」とアズキさんが同意する。
あれ? スカイダイビングのことをなぜ知っているんだろう。
あっ、そうか。
アルタイルが運んでくれたんだった。
ここで寝ているってことは、その時鉢合わせでもしたのかな。
「アルタイルに話を聞いたのか?」
「まさか。街は噂で持ちきりよ。あんな大事件だもの」
事件……?
それでようやく思い出す。
ギルドで起きたあの一件のことか。
なるほどな、と思っていると、アズキさんが微笑みながらつぶやく。
「お風呂、入ってきたのよ」
「うん、そうか」
「これ、なんだか分かる?」
アズキさんは、一枚のカードをかかげてみせる。
「えっ、なんだい。教えてくれよ」
「だーめ。これは謎かけなの。当ててみて」
「ふーむ……」
俺はそのカードとよく似たものを、今までに二度見かけている。
一度目は、柱の神になったとき。
二度目は、クヌギさんが襲われたあのときだ。
その前後の話から、このカードがどういったものであるかは、ほぼ確定できる。
もちろん、その中身でさえも推測は可能だ。
だが、それを答えるには、少し時間が欲しい。
だからまずは第一段階の答えを言う。
「『奇跡』か?」
「ええ、そうよ。なんの『奇跡』だと思う?
答えられるチャンスは一度きりよ。
もしも正解なら、ご褒美をあげるわ。
気に入ってもらえるかどうかは、分からないけどね」
だとすれば、そこから先の推測はとても簡単だ。
いや、簡単てのは言いすぎか。
当たっているかどうかは、五分五分くらいだろう。
これまでに起きたいくつかの出来事を考えれば、推測は成り立つ。
特に、騎士団の一人が持っていたあの能力が大きなヒントだ。
……そういえば、見落としが一つあったな。
メモ書きとともに置いてあったあの本だ。
あの本の中に、謎を解く鍵となるような記述があったのだろう。
本のタイトルは、たしか『武士道チョコパフェ猫じゃらし』。
そういえば、あれは恋愛小説だったな。
となれば、もう答えは出たようなものかもしれない。
さて、褒美をもらうべきか、否か。
……いや、決心は、すでにつけていたか。
俺は深呼吸を一つしてから、アズキさんをみつめつぶやく。
「隔離の間、かな?」
アズキさんは肯定とも否定ともどちらともつかないまなざしで俺をみつめる。
そして、たっぷりと間を置いてから呪文をとなえはじめる。
「『世界との関係を断絶する用意を、我に与えたまえ』」
その呪文は、奇跡をあやつるカードの起動キーなのだろう。
まばゆい光の中、アズキさんの手の中のカードが砂時計と酸素饅頭に姿を変える。
そしてアズキさんは砂時計をコトリと音を立てて、さかさまに置く。
これで呪文の言葉どおり、この部屋は世界から断絶された。
誰かが五感強化の能力をもっていようとも、俺たちの睦み合いが覗かれる恐れはこれでなくなった。
アズキさんが俺のベッドに腰掛ける。
「時間は、二十分」
「俺は風呂に入っていないんだぞ。
まったく。お前ばっかりずるいな。そういうところが大っ嫌いだ」
「あら、そんなことを言ってもらえるなんて、なんだか優越感があるわね。
ねえ、もう一度言ってくれる?」
俺は無言でアズキさんの腰に手をあて、抱き寄せた。
風呂から上がってきたばかりというアズキさんの身体は、とても温かい。
「あなたの手、冷たくて大っ嫌い」
アズキさんの温かい手がその上に重なった。