第15話 下見
グロあり注意です。
この時間、冒険者ギルドは人が少ないようだ。
とはいえ数えてみると、三十人以上いるな。
ギルド内部が広いから、人が少ないように見えるのか。
カウンターはいくつか空いていて、受付嬢たちが退屈そうにしている。
となると、今のうちに登録を済ませてしまったほうがいいかもしれない。
話を聞いておくだけでもいい。
受付嬢の一人が、俺を見てにっこりと笑って見せた。
やや不自然さのただよう営業スマイルだ。
あまり乗り気はしないが、他の子のところにいくのはそれこそ不自然か。
しょうがない。あの子とちょっと話してみるか。
「すいません。
今度こちらに引越ししてきた者です。
お話をきかせてもらってもいいですか?」
「いらっしゃいませ。
おうかがいしますので、どうぞおかけになってください」
「ありがとうございます。
今日は下見にきたんですけれど、いつもこれくらいの混み具合ですか?」
そう言いながら、俺はあたりを見回す。
ちょっとわざとらしいが、最初は無難な質問からだ。
「下見ですか。そうですね、今は空いている時間帯です。
朝方が一番混雑しますね。
それと夕方から夜にかけて、だんだん人が増えていく感じです」
「ああ、やっぱり朝が一番混むんですね」
「はい。ですので冒険者登録をされるのであれば、この時間がよろしいですよ」
「冒険者登録ですか?」
「はい、手続きは十分、いえ……、今でしたら五分で終わります。
いかがでしょうか」
話の流れは、まあ自然である。
だがなんとなく、嘘をつかれたと直感した。
こういうときの五分とか十分というのは、たいていアテにならない。
二倍から三倍かかるとみていい。それもスムーズにいった場合での話だ。
本当に五分で済むのなら、昨日アズキさんと通りかかったとき手続きをすませたはずだ。
手続き自体は五分で終わっても、ギルド証発行は一時間後、とかそういうオチだろう。
そもそも尋ねてもいないのに、冒険者登録をすすめてくること自体があやしい。
下見だと前置きしたのを、無視された感じもある。
総合的に判断して、この受付嬢に好感をもてない。
だから今日は登録しないでおこう。
「いえ、今日はあいにく友人と約束がありまして、そんな時間はありません」
「名前を書いていただくだけでも結構ですよ? 三分で終わらせます!」
受付嬢が書類を取り出す。勝手に日付やらなにやらを書き始める。
このまま帰ったら書類がムダになってしまいますよと、心理的に脅しをかけてきているのだ。
しつこいな。ここまでくると、さすがにうざい。
隣で暇そうにしている受付嬢も、やれやれ困りましたね、という感じで笑って見せた。
俺としては、こちらの女性の方が好みかな。
でも、見ていないで止めてくれよ。
いや、他人に責任をおしつけてもしょうがない。
俺がはっきり断れば済む話だ。
「登録はしません。
これで失礼します」
「あ……、お待ちください!」
待て、って何だよ。
俺は下見に来ただけだと言ったはずだ。
だがそれを指摘したところで、まともな応対を期待することはできない。
もう相手にせず、さっさと退散するに限るな。
立ち上がり、背中をむける。
するとどういったわけか、数人の男達が俺を取り囲んできた。
「はいはい、ご苦労さん。次は俺たちと話をする番だ。
お前、昨日アズキと二人でここいらを歩いてたよな」
「……どういったご用件でしょうか?」
ダン! と男の一人が椅子を蹴り飛ばす。
「質問しているのはこっちだ。
立場が分かってないみたいだな。
おい、新入り! 剣帝を倒しただとか、ハッタリもほどほどにしろよ!」
「先輩後輩の礼儀ってのを叩き込んでやらないとな」
リーダーらしき大男が、パキポキと指を鳴らして舌なめずりをしてみせる。
……なるほど。
どうやら俺は、先輩冒険者とやらから熱烈な歓迎をうけているようだ。
「先輩後輩も何も、俺は冒険者ではありませんよ」
「けっ、抜かせ。今手続きを終えただろうが。
ギルド証の発行がまだでも、もう冒険者として扱っていいんだよ」
「手続きなんかしていませんよ?」
「ああん? なんだと!? おい、ケルカ、どうなってる!?
話が違うじゃねーか」
ケルカと呼ばれた受付嬢は、うろたえながら首を振っている。
どうやら彼女とこいつらは、裏でつながっているらしい。
なるほどね。色々と話がつながってきたよ。
「どいていただけますか。用事があるので帰りたいのですが。
それとも冒険者というのは、一般人をつかまえて脅迫するのが仕事なんですか?」
「うるせー! おいケルカ、代筆だ。
コイツの名前を代筆しちまえ!」
「で、ですが……」
「『ですがー』じゃねえよ! まったく、使えない女だぜ!
ちょっとは頭を働かせろ! いいか、コイツは字が書けねーんだよ。
たとえ書けたとしても、これからそうなる! 手を怪我しちまってな!
ちょっと順番が入れ替わるが、それならお前が代筆しても問題はないはずだろ?」
「わ、分かりました!」
「ちょっとケルカ! あなた、そんなむちゃくちゃな話が通ると思っているの!」
「あなたは関係ないでしょ、引っ込んでいて!!!!!!」
バン! とケルカが机を叩く。
「キャッ!」
あまりの理不尽さを見かねたのか、一人の受付嬢が止めに入った。
だがケルカの迫力に気圧されて、縮こまってしまったようだ。
「さあ、これで問題はなくなったぜ、後輩くん」
「ヒッヒッヒ。これでもうお前は一般人じゃねーな。どうする? どうする?」
「へっへっへ。俺たち冒険者にとって、重要なルールを一つ教えてやろう。
弱い奴はなぁ、強い奴に踏みつけられても文句はいえねーんだ。
分かるか? 分からなくてもいいぜ!
今からそのルールをたっぷりと身体に覚えさせてやるからな!」
「そうだ! 新入りに冒険者の理屈をおしえてやれ!」
「とりあえず、その目つきが気にいらねえな。
イラつくぜ、くりぬいてやろうか?」
「こいつ、ビビってやすぜ! さっきから黙りこくってやがる!
ヒーッヒッヒッヒッ!」
その認識は違うな。
言葉が通じない相手とのコミュニケーションを、断念しただけだ。
さて、面倒くさい連中にからまれてしまった。
まともな理屈の通じない連中だ。
いったいどうしたらよいものか。
封印を解放してこいつらを蹴散らすのが、一番楽な解決方法だ。
だけどこんなザコっぽい連中に、そんなことをするのはもったいない。
しかも解放可能時間が短いから、急いで済ませる必要がある。
となると、うまく手加減できる自信はない。
半殺しですませてやるのが穏便なところだが、やりすぎてしまうことは目に見えている。
腕の二本や三本は軽く飛ぶだろう。禍根が残りそうだ。
だったら全員殺してしまった方が楽かな。
……などと考えるのは、短絡的過ぎだろうか。
いや、そう考えるのかは甘いか。
チャンスは充分に与えた。
俺が憂慮すべきは、事後処理のほうだな。
特に法律関係。
正当防衛として扱ってもらえるか。
そしてアズキさんに迷惑がかからないか。
シュガーには……、あいつには迷惑かけてもいいだろう。
そんなことを思案していると、突然何かが天井をつきぬけてきた。
バキッ、メキメキ、ドジャーン!
まるで雷が落ちてきたかのようだ。
轟音と煙があたりを包み込む。
誰かがゴホゴホと咳き込んでいる。
何事だ?
煙がようやく薄れると、異様な光景が現れた。
全身を鎧で包んだ大男が、俺に絡んできた男の一人を踏みつけていたのだ。
いや、まだ性別は断定できないな。フルフェイスの兜で顔が隠れている。
ひとまず鎧の巨人と呼ぶことしよう。
「面白い話を聞いた。
弱者は強者に踏みつけられても、文句を言えないのだそうだ。
ならば、こうして踏み潰されてもかまわぬということだな?」
鎧の巨人は、低く野太い声を発した。
やはり巨人は男だったか。
鎧の男は、脚に力をこめていく。
メキメキと音を立てて床板がひずんでいく。
「レジスト中か、めんどうだな」
踏みつけられている男は、つらそうな表情を浮かべつつもなんとか耐えしのいでいる。
おそらく何らかのスキルを発動させて、ダメージを軽減しているのだろう。
だがそういったタイプのスキルは、発動時間に制限があるはずだ。
「ア、アルタイル様……、どうかそれ以上はおやめください!
このままでは死んでしまいます!」
タイムリミットを知っているであろう男の仲間が懇願する。
時間切れがじりじりと迫りくることで、踏みつけられている男の表情がどんどん恐怖の色に染まっていく。
「アルタイル様! おやめください!」
「お、おたすけを……!」
しかしアルタイルと呼ばれた鎧の巨人は、興味がなさそうに脚を踏み抜く。
「ぐへっ」
断末魔とともにギルドが血で染まる。場は蒼然となる。
ギルドの受付嬢たちは、悲鳴をあげながら奥へと逃げる。
「う、うあ……」
「そ、そんな……、テグシー。お前がいないと俺は……」
それにしても誰だよアルタイルって。
七夕の彦星みたいな名前しやがって。
「な、なにごとだ!?」
事務所奥の扉から、初老の男がかけこんでくる。
「ギルド長、アルタイル様が!」
「こ、これはこれはアルタイル様、どうされましたか。
………………そ、その男が何かご無礼を?」
ギルド長と呼ばれた初老の男は、顔をひきつらせながらアルタイルの機嫌をうかがう。
それも当然だ。
アルタイルという名の巨人の下に、明らかに死体とみられる男が横たわっているのだから。
「この男が踏みつけられてもいいと言うのでな、望みどおり踏み潰してやったのだ」
「い……、いや、それは、口がすべっただけです」
「おっと忘れていた。お前達もふみつぶさる覚悟があるのだったな」
「ヒッ! 俺たちはそんなこと言ってません!」
「まさか、おやめくだ……」
ドン! ズドン!
男二人が蹴り飛ばされ、壁に大穴があく。
ダメージ無効化系のスキルをもちあわせていなかったらしく、赤い血が散乱している。
あの勢いでは、おそらく助かるまい。
っていうか、踏みつけるんじゃなくて蹴飛ばすのかよ!
雑だな! 雑すぎるよ!
……まあ、こんな状況でそんな細かいことはどうでもいいか。
「し、しかしアルタイル様。それはいくらなんでもやりすぎというものです。
たとえ『踏みつけられてもいい』などと言ったのだとしても、殺されてもいいなどとは口にしていないはずです。
それに、その者たちにも家族というものがおります。
残された者たちのことも考えていただきませんと……。
さらにはギルドの修繕もせねばなりません。
いくらアルタイル様とはいえど、今回の狼藉を……」
「心配するな。それらの問題なら全て解決済みだ」
「は?」
アルタイルが壁に腕をのばす。
するとそこに映像が現れる。
『帰還ルートはこれで間違いないんだな』
『ええ、商人をよそおってギルドから通行許可を出し……』
『山賊の蜂起とタイミングを合わせ』
『……ックエンシェントドラゴンをけしかけます。戦力を削れるはずで』
『失敗した。裏切り者が出たとしか考えられん』
『では、その男の情報を……』
細切れに切り替わっていく映像には、たった今処刑された男達とギルド長の姿が映っている。
金貨のつまった袋がやり取りされる。下卑た表情が重なる。
取引の現場らしい。相手は……、あの剣帝とかいう男だ!
なるほどな。
この冒険者ギルドの中に、内通者がいたのだ。
騎士団を襲ってきたあの一団と、裏でつながっていたのだ。
「ギルド長、お前も含め、敵国との内通者を全員処罰する。
安心しろ、家族はすでに処分済みだ。
残される家族などいない」
「えっ、家族も?」と、思わず俺は問いかける。
「そうだ。それがこの国の法律だ。
今回の罪はあまりにも重すぎた」
「そっか。それじゃ仕方ないな。
俺がくちばしを挟むことではない。すまん、続けてくれ」
いろいろ日本的なので勘違いしていたが、ここはやはり異世界なのだ。
関係ない家族に責任が及ぶのはかわいそうにも思えるけれど、そういう法律なのだ。
抑止効果やらなにやらで、それなりに意味があることなのだろう。
さてギルド長はといえば、顔が青ざめている。
目が泳ぎ、手が震えている。
これだけの証拠をつきつけられ、観念したのだろうか。
しかしあきらめたのかと思いきや、大汗をかきながら見苦しく言い訳を始めた。
「そんな……。に、偽者です! 今のはわたしではありません!
声が全然違うではありませんか! まったく気持ちの悪い声でした!
みなにもそう聞こえていたはずだよな!?」
だが、ギルド長の言葉に同意する者はいない。
「どうした!? なぜみんな黙っている!」
しんと静まり返った部屋の中、俺は鎧の巨人に加勢する。
「えーとね、録音した声ってのは、自分が話している時と違って聞こえるものなんだよ。
あー、録音って言っても分からないかな?
詳しい原理の説明はともかく、俺には今の映像と、ギルド長とやら、あんたのしゃべっているその声は全く同じに聞こえるよ。
だからあの映像に映っていたいた男とあなたは、同一人物だと断定できる。
みなさんも、そう思いますよね? そう聞こえましたよね?」
俺はギルドの中を見回しながら、同意を求める。
アルタイルをおそれているのか、あるいはギルド長をおそれているのか、何人かの者たちだけがふるえながら首を縦に振った。
「その少年の言うとおりだ」とアルタイルとやらが宣言する。
……おいおい、少年扱いかよ。
俺のことは『青年』と呼んでもらったほうが嬉しいかな。
でも今その要望を伝えるのは、話がややこしくなるだけだな。黙っているか。
「で、ですが……。条約では……、条約では、神兵は戦争に干渉しないはずです!
これは戦争です!
我々に手をだすのは、条約違反です!」
「語るに落ちた、というかなんというか……。今の発言は、関与を認めたということだな。
まず、誤解を正しておこう。
我々が不干渉をつらぬくのは、あくまで戦争条約を守る兵に対してだけだ。
条約を破った者は、山賊と同じ扱いに処する。
当然ながら、お前達スパイや内通者は条約の適用外だ。
この国の法律に基づき、極刑を与える」
アルタイルが片手をギルド長に向ける。
何も見えなかったが、とつぜんギルド長の頭が吹き飛ぶ。
続けてアルタイルはギルド内の他の者達数人を、同じようにして消し飛ばす。
ケルなんとかという名の受付嬢も、無残に処分される。
「この者たちの全ての財産は、王宮預かりとして没収とする。
今回の事後処理費用は、不祥事を起こした責任として冒険者ギルドが負担せよ。
不満があるならば、ギルドそのものをとりつぶすまでだ。
異議のあるものはいるか?」
当然ながら、全員が沈黙を守っている。
あんな惨劇をみせられ、みんなおびえているのだ。
下手なことを言えば自分に飛び火しかねないという考えもあるだろう。
「ところで少年、待たせて悪かったな。
騎士隊が世話になったと聞く。
礼をしたい。ひとまず茶でも飲みにいかぬか?」
アルタイルが俺に話をふる。
そういやあんた、神兵とか呼ばれてたな。
ってことは、俺の分身みたいなものだよね?
それとも、娘の分身というべきなのかな。
「どうでもいいけど、俺のことを少年と呼ぶのはやめてくれ。
せめて青年にしてくれよ」
「ハッハッハ。ひさかたぶりにあって最初の言葉がそれか。
まったくつれないお方だ」
冷たかったアルタイルの口調が、やわらかい声色に変わる。
そのやりとりで、ギルド内に日常がもどりはじめた。
息を止めて見守っていた人が、ようやく呼吸を許されたかのように大きく息を吸っている。
顔面蒼白だった男の顔に、ようやく赤みがさしてくる。
もしかして、自分も処刑されるかもしれないと思っていたのだろうか。
今だにショックから立ち直れない者も多い。
だが、その連中の面倒までみてやるほどの義理もない。
……俺がからまれている間、見て見ぬふりをしていた連中がほとんどだからな。
やがて受付嬢の一人が、ようやく口を開く。
あの時、となりで苦笑いしていた子だ。
「もしかして約束のあったご友人って、アルタイル様のことだったの?」
いえ、違いますよ?
でも説明が面倒だな。どう答えるべきか。
返答を迷っていると、アルタイルが代わりに答える。
「うむ、そうである」
アルタイルが認めてしまった。
こうなったら、話をあわせたほうがよさそうだ。
俺はしぶしぶとうなずいた。
とたんに受付嬢たちの俺を見る目つきが変わる。
強い者にあこがれるような、救いを求めるような、そんな目だ。
冒険者たちも、複雑な感情の入り混じった眼差しを俺に向ける。
……まったく。
アルタイルのおかげで、変な目で見られるようになってしまったじゃないか。
これはよっぽどのうまい茶をおごってもらわないと、とてもつりあわないぞ。
まあ成り行き上助けてもらったことには、礼を言わねばならないだろうけどな。
ともかく、ここは退散するに限る。
俺とアルタイルは、連れ立って冒険者ギルドを後にした。