第13話 確認
安全を意識すると、身体の各部分が痛みを訴え始めた。
封印解放の影響と考えるのが妥当だろう。
前回の解放に比べて、それほど負荷はかかっていないはずだ。
それなのに、前回よりもつらい。
動けないほどではなかったが、勧めに従い休養させてもらうことにした。
案内された馬車にベッドがしつらえてあった。
早速横になると、俺はあっという間に寝入ってしまった。
想像以上に疲れていたようだ。
人の気配で目を覚ます。
誰かが重い荷物をかついで、馬車の隣を通り過ぎていったようだ。
振動が遠ざかっていく。
身体はだいぶ楽になった。
軽い頭痛がするけれど、身体の異常はそれくらいだ。
馬車は動いていない。
まだ出発はしていないようだ。
いや、既に移動していて、どこかで休憩中なのかもしれないな。
どれくらい時間がたったのだろうか。
時計はない。
どうやって時間を確認したらよいものか。
……ああ、そうか。
いいことを思いついた。
無敵スキルのクーリングタイム、その減少具合で経過時間を確認すればいいのだ。
まずはステータスを開いて、と。
【名前:
クロル
スキル:
無敵 レベル1
剣技 レベル2
アイテムボックス サイズLL】
ん、剣技スキルのレベルが上がってる?
剣技はレベル1だったはずだ。記憶違いだろうか。
寝起きでまだ頭が回っていないせいか、良く思いだせない。
とりあえずこっちを先に確認するか。
【剣技スキル
レア度:☆
レベル:2/10
解説:
実力依存型。このスキルの能力は、使用者の実力の影響を大きく受ける
剣にオーラをまとわせることが可能となる
オーラは剣の損耗を軽減し、同時に攻撃力を上げる
剣技スキルにおけるオーラ操作の精密性が、十二%向上している
剣技スキルにおけるオーラ生成効率が、十%改善している
レベルアップ課題(条件および特典):
ナデール鋼の塊を、剣で斬る ☆☆☆☆☆
→オーラを不可視化することが可能になる
あなたに向かって放たれた剣閃を、剣で切り裂く ☆☆☆
→剣に付与したオーラの斬れ味がニ十%増す
素振りを三分以内に三百回行う ☆☆
→剣に付与したオーラの斬れ味が十%増す
レベルアップ履歴:
岩をも砕ける威力の剣閃を、目標に命中させる ☆
→剣技スキルにおいて、オーラ操作の精密性が十二%向上する
五分間以内に、十体の敵を剣で倒す ☆☆
→剣技スキルにおいて、オーラ生成効率が十%改善される】
ああ、五分以内に十の敵を倒すって条件をクリアしちゃったのか。
ゼロコンマ何秒とかいう時間で六十人くらいやっつけちゃったのだから、そりゃ達成して当然だよな。
「お目覚めですか?」
「うわっ」
「わたしです。アズキです」
「びっくりした……。気付かなかったよ。えーと、おはよう」
「失礼いたしました。おはようございます。体調はいかがですか」
「だいぶ楽になったね」
ちと頭が痛むが、それは言わないでもいいだろう。
「それは喜ばしいことです」
「ところで、俺はどれくらい寝ていたのかな」
「お休みになられてから、一時間ほどでしょうか」
「そうか。出発はまだかかりそう?」
「はい、負傷者が多く、だいぶ手こずっていたようです。
しかしながら、じきに出発いたします」
ヒヒーンと、馬のいななく声がきこえた。
「今夜は明るい月が出ますので、それほど悪い旅路にはならないかと存じます」
「そうか」
「お飲み物かお夕食をお持ちいたしましょうか」
それじゃ水を一杯……、と言いかけた。
しかし、あの恐ろしい未来予測が記憶によみがえり思いとどまる。
「気を使ってくれてありがとう。でもいらないや。大丈夫。
移動中トイレにいきたくなったら困るからね」
「左様でございますね。失礼いたしました」
目覚めたばかりでぼんやりしていた頭が、ようやく回転してきた。
「そういやアズキさん、なんだか態度が固くないですか。
もう少しざっくばらんに接してくれてかまいませんよ」
「クロルさまは王族待遇として扱われることになっております。
できるかぎり丁重におもてなしするようにと承っております」
「ああ、そっか。うん。なるほどね。
でも俺としては、いつもどおりがいいかな。
『いつも』っていうほど、長い付き合いじゃないけどね」
「できるかぎり丁重におもてなしするようにと承っております」
「そっか」
全く同じ文言で、二度も断られてしまった。
さすがにこれ以上無理強いするのはやめておくか。
さて、このかたくなに閉ざした心を、どうやって解きほぐすか。
かしこまった態度を、どう改めさせるか。
その手立てを考えていると、アズキさんが事務的に語り始める。
「クロルさま、姫さまから伝言をお預かりしております。
『面談を希望するなら、冒険者ギルドに登録願う。ギルド経由で都合の良い時間を伝える』とのことです」
「ああ、わかった。ありがとう。
まあどのみち冒険者になるって話だったから、それならこちらも都合がいい。
冒険者といえば、弟子になる件ってまだ有効だよね、アズキ先生」
「あれほどの戦闘力をお持ちの方に、わたしが教えられるようなことはございません。
いくつもの強力なスキルを隠蔽していらっしゃるのですよね?
あ、いえ、スキル構成をうかがうような真似をして、失礼いたしました。
どうか、お許しくださいませ」
「あれはスキルじゃないんだ。えーと……、なんと説明するべきか。
詳しくは言えないんだけど、『奇跡』みたいなものだと思ってもらえるかな」
「『奇跡』ですか、なるほど……」
そのごまかしで、アズキさんは納得してくれたようだ。
さてその『奇跡みたいなもの』は、あとどれくらい使えるのだろうか。
俺は封印解放と念じてみる。
【封印解放により、想定以上のダメージを受けています。
再解放は、これより一ヶ月以上後に行われることを推奨します。
少なくとも、頭痛がおさまるまでは無理だと認識してください。
以上の警告にかかわらず解放した場合、自我喪失と暴走の危険性があります】
ズキン、と鋭い頭痛が響く。頭痛にあわせて、視界が脈打つ。
そうか、この頭痛って封印解放の影響なのか。
まあ目覚めた当日に、いきなり二回も解放しちゃったからな。
本来なら慣らしが必要なところを、ほとんど限界まで酷使してしまったんだ。
ある程度悪影響が出るのは仕方ない。
それにしても一ヶ月後か、長いな。
この能力、ホイホイと使えるものではないようだ。
となると、身を守るためにはシン能力、つまりスキルを鍛えるべきだな。
本物の奇跡とやらを探すのもいいだろう。
「というわけで、あの能力はもう使えない。少なくともしばらくの間はね。
それと、俺がスキルのことを知らないという話も、事実なんだ。
だから師匠と弟子の関係ということで、いろいろ教えてほしい。
っていうかね、そもそも俺たち、婚約した仲じゃないか」
「えーと……、その約束、まだ有効なのでしょうか?」
「有効だよ、当たり前じゃないか」
「クロルさまは姫さまとご友人なのですから、わたしは不要じゃないんですか?」
「なんでそうなるのさ。不要だなんてとんでもない」
「そもそも結婚の目的は、クロルさまのお立場をお守りするためということでした。
クロルさまが姫さまとご友人であれば、そんなことをする必要がございません。
前提がくずれた以上、約束は破棄されて当然と考えております」
俺はアズキさんの手を握った。
「……アズキさんが俺の身になって考えてくれた結婚の目的は、確かにそうなんだろうね。
でも俺自身が考える俺の目的は違う。
俺はただ単に、アズキさんと結婚したいだけなんだ。
アズキさんがかわいいから惚れたんだ。ひとめぼれってやつだ。
そして、アズキさんが考えるアズキさんの目的も違うよね。
幸せな家庭を築くってのが、アズキさんの夢じゃなかったの?」
「そ、そうです」
「じゃあ俺に協力させてよ。アズキさんの夢をかなえる協力」
「そ、それはどういう意味で!?」
「分かっているくせに」
接触通信能力を持つアズキさんには、偽りのない俺の本心が伝わっているはずだ。
アズキさんの顔が真っ赤に染まっていく。
……刺激が強すぎたか。
俺は手を離して、話題をかえることにした。
「ところで、ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」
その時「出発します」という声が響いた。
カツカツというヒヅメの音とゴトゴトという振動が響いてくる。
先導の馬車が出たようだ。
この馬車も、もうすぐ動き出すだろう。
「じ、時間はたっぷりとございますから、わたしの知っていることであれば」
「剣技スキルが知らぬ間にレベルアップしていたんだ。
それで、このまま育ててみようかと思っているんだけど、その相談をさせてほしい。
特に聞きたいのが、課題の説明文に出てくる謎の言葉。
どうやら達成には『ナデール鋼』ってのが必要らしいけど、これが良く分からない」
「は?! ナデール鋼……!?」
「知ってるの? アズキさん、ご存知だったら教えてくれますか?」
「知ってるも何も、ナデール鋼が出てくるような課題なんて……。
さ、参考までに、達成難易度を教えてもらえますか?」
「たしか星の数は五個だったかな。つまり難易度は星五個だよ」
「や、やっぱりですか! にくいです。にくらしいです。ひねりまくりたいです!」
アズキさんが不穏なことをつぶやく。
「あの……。えーと、剣技スキルだと星五個の条件って珍しいのかな?」
「スキルについての一般的な法則を一つお教えいたします。
レベルアップ条件を好成績でクリアすると、次の課題は星の数が多くなります。
で、ですが……、通常はせいぜい星一つの増加です。
いきなり星五個まで達するというのは、全く例がないわけではありません。
しかし、かなりのレアケースだとおもいますよ」
「なるほど。そういうことだったのか」
たしか五分以内で十討伐という条件のところを、一秒未満で六十だからね。
そりゃ好成績だよ。単純に千倍以上の内容だよ。
星も五個くらい大盤振る舞いしてくれるわけだ。
「課題の難易度が高ければ、それだけレベルアップ特典も強力になります。
えーと、クロルさまの剣技スキルは、今ひょっとしてレベル2ですか?」
「うん。そうだよ」
「くぅううう。それじゃあと八回も星五個の特典を得られるチャンスが……!
お、おめでとうございます!」
アズキさんは心底くやしそうな顔を見せた。
だが、それに気付いたのか、大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
「参考までにお尋ねしたいのですが、その星五個の特典はどんなものだったんですか?」
「ああ、うん。うろ覚えだけど『オーラの光を消すことが可能となる』だったかな。
強そうだから次の進化はこれにしようと思ってるんだけど、アズキさんの意見も聞いておきたくてさ」
アズキさんの目の色が変わった。
「こ、こ、こともあろうに! 誰もがうらやむレア特典とは許せません!!
堪忍袋の緒が切れました!!!」
アズキさんは怒りで腕をふるわせ、俺に伸ばしてくる。
そして迷っていたようだが、俺のほほをやさしくつまんだ。
貴賓待遇の俺への配慮なのだろうか。本気のつねりではない。
むしろ愛しい人からさわってもらえて、心地いいくらいだ。
そんな考えが伝わったのか、アズキさんは顔を赤らめて手を離す。
「このくらいのやさしいつねりならば、大歓迎ですよ」
「……本当に、わたしでいいんですか?」
「ああ、もちろん。……いや、そんな言い方じゃアズキさんに失礼か。
訂正しよう。
アズキさんじゃなきゃ、ダメなんだ」
しかしアズキさんは、「そうですか」とそっけない。
そしてしばらく遠くを見るような目つきで、黙りこくる。
何か機嫌をそこねるようなことでも言ってしまったのだろうか。
様子をみていると、ようやくアズキさんが口を開く。
「ところで、さきほど言いそびれたことがあります。
聞いてくださいますか」
「もちろん、なんでも聞くよ。なんでも聞きたいさ」
「実は、わたしも、そうだったんです」
「そうって? 何がそうだったの?」
アズキさんは問いかけに答えず、ただ単にむくれてみせた。
そして迷っていたようだが、しばらくして俺と手を重ねた。
【わたしも、あなたに、……ひとめぼれをしていたのです】
……それは嬉しいね。
とても光栄なことだ。
俺たちはしばらく見つめ合う。
十秒、二十秒、二十五秒、
【一説によると、男女が十秒間無言で見詰め合ってしまうと、その二人は恋に落ちるのだそうですよ】
そうだな。どうやらもう二人とも、もう手遅れみたいだ。
【手遅れかどうかは、まだ、分かりませんよ】
アズキさんが目を閉じた。
あの時中断されたやりとりの続きをするのだと、俺は理解した。
ここは馬車の中。
誰かに聞かれているかもしれないけれど、見られているわけではない。
だったらいいか。
アズキさんのうなじに腕をまわし、抱き寄せる。
目をつぶる。
唇に集中する。
そして二人は、手遅れになる。
だが、アズキさんの唇の感触を得られるその直前で、俺は意識を失ってしまった。
第02章完! です!
第03章、王都マグロンタターク編に続きます。
第01~02章で出てきたフラグのいくつかが解消される予定です。