第12話 殲滅
多少ですがグロありです。
あっさりとした表現にとどめましたが、苦手な方は気をつけてください。
さて俺にとっての『頼みの綱』は、神兵とやらではなく封印解放だ。
だが俺に許された時間は、たった二秒間しかない。
しかも、第一段階のみである。
その二秒間で、果たしてどれだけのことができるのか。
あの黒い古代竜を倒すのに、第二段階までの解放を必要とした。
この敵の軍勢が、総合的に黒竜よりも劣っているとは思えない。
……少なくとも数が多い。その点でとてもやっかいだ。
単純に考えるなら、解放時間不足だ。戦力不足だ。
とても戦おうなんて気にはならない。
しかしあの時とは状況が違う。
今の俺には、折れているとはいえども武器がある。
スキルという不思議な能力もある。
武装した俺百人分の力があれば、少しは敵に損害を与えられるはずだ。
うまくすれば、あの敵のリーダーに傷を負わせられるかもしれない。
とはいえ、やっぱり二秒間ぽっちっていうのはつらいかな?
……まあやれるだけ、やってみるか。
封印解放。
俺はその言葉を、強く念じた。
【危機的状況と判断、封印解放ロックを解除します。
解放時間は最長でニ秒間までです。絶対に厳守してください。
それ以上の解放は、自我の喪失が懸念されます。
なお、時間内に敵脅威全てを殲滅することが推奨されます。
封印解放します。カウントダウン中……三、……ニ】
二秒間で敵を殲滅しろって?
まったく、無茶をいいやがるぜ。
しかし俺たちが生き残る道は、確かにそれしかないんだろうな。
……一、……ゼロ。
カウントダウンが完了し、俺の封印は解放された。
さて二回目の解放だからだろうか、なんというか、やけに調子がいい。
時間の流れが止まったように感じられた。
ぼんやりと感じていた敵兵の位置全てが、鮮明に把握できた。
俺が柱の神だったときに体験した状態、思考が加速したかのような感覚と似ていなくもない。
腹が満たされていることと、関係はあるのかな?
それとも、二回目の解放で体の方が順応したとか?
まあ、そのことに対する検証はあとまわしだ。
今はともかく時間がない。
俺は予定通り、刀にオーラをまとわせる。
封印解放を行うと身体から勝手にオーラがあふれ出てくるのだが、それを全部刀にぶちこんだ。
まばゆい光が刀を包む。
とてつもないエネルギーをこめてしまったようだ。
超高濃度だ。
同時にある考えがひらめく。
俺はその考えを実行に移そうと、刀を真横に振りぬく。
振りぬきながら、刀にまとわせたオーラを小刻みに分散して放つ。
剣閃である。
いや、剣閃の応用技である。
オーラの切断方法を工夫すれば、上下方向にも狙いを分けることができるのだ。
小さな刃はすべて敵兵に着弾するはずだ。
この速度ならば防ぐことは難しいだろう。
リーダーらしきあの男には、特別に数発分の威力のオーラを撃ちこんでやった。
半周分剣閃を放ったところで、オーラが切れた。
着弾を確認する時間がもったいないな。多分殲滅できるはずだ。
俺は思考を切り替える、次にすべきことは何か。
もう半周分の場所でも、依然として戦闘が続いている。
つまり、まだ敵がいるということだ。
まだ殲滅には至っていないということだ。
ではどうすればいいか。
簡単だ。
同じことをやればいい。
もう一度刀にオーラをまとわせる。
そしてもう半周分、振り返りながら剣閃を放つ。
剣閃は馬車の隙間を通り抜け、敵にむかってつきすすむ。
おっと、あのコースでは馬車の一部を破損してしまいそうだ。
しかもよりによって、姫様が乗っていそうな豪華な馬車だ。
……これは後で怒られそうだな。
でもしょうがない。
そうしなければ敵を倒せなかったのだから。
ともかく、これで観測兵も含めて全ての敵を倒せるはずだ。
これで充分だな。
まだ封印解放時間は残っているが、これ以上の攻撃はオーバーキルだ。
【封印解除時間、計ゼロコンマ二五秒。
脅威の殲滅を確認、再封印中……】
減速していたかのような時間の流れの感覚が、急速に戻っていく。
そして現実を再確認……。
俺が振りぬいた刀が、アズキさんの首筋すぐそばで止まっていた。
「……えっ!?」
アズキさんはその刀を認識すると、よろめいて力なく座り込む。
剣をつきつけられて動揺したのだろうか。
あるいは高速で刀を振ったたために巻き起こった風が、アズキさんのバランスを崩したのかもしれない。
「なっ……、わたしでも見えなかった……」
アズキさんは動転しているらしく、目の焦点が定まっていない。
だがそのフォローは後回し。
まずは戦果の確認だ。
敵を殲滅できたって話だけど、どうなってる?
俺は敵のリーダーがいたあたりに視線を移す。
首と胴体が離れ離れになっているようだ。
他の敵兵さんたちも、だいたい同様の状態。
うーむ。
生存者はいないようだ。
防御系スキルとやらで誰か生き残ってるんじゃないかと期待したが、たぶん全滅っぽい。
これじゃ情報を吐かせることができないな。
やりすぎてしまった。
もっと手加減すべきだった。
いや、あの状況でそれは難しいか。
せめてもう少し時間的余裕があればな……。
などとのん気に考えていると、馬車に幽閉されているとき俺を見張っていた女騎士Bさんが駆け寄ってきた。
「クロルッ! とうとう尻尾を出したな!
貴様ーっ、やはりスキルを隠しもっていたかーっ!」
「あ……。いや、そうではなくてですね……」
俺は否定したが、そんな言い訳を聞き入れてくれるような心の余裕はないようだ。
「わたしは見たぞ! 姫様の馬車に向けて、この男が剣閃を放ったのを」
「なんだと!?」
「姫様は無事か!?」
「まさか! クロルさん……、信じていたのに!」
「クロルを取り押さえろ!」
「相手は『無敵』持ちだぞ! チャージしている可能性もある! 注意をおこたるな!」
「おいアズキ、お前の出番だ! 早くクロルを無力化しろ!!
……って、おい! 何をフヌケている!」
「もういい! わたしに任せろ! バインドウォーター!」
女騎士Bさんが俺に向かって何かを放つ。
水だ!
そう認識したとき、既に俺の身体は球体の水の固まりによって捕縛されていた。
息ができない! このままではまずい!
泳いで脱出しようとするが、水流がそれを阻む。
視界は水によって揺らいでいるが、声だけは届いてくる。
「捕獲成功ですね!」
「油断するな。窒息するまであのままにしておくから近づくな!」
「ああ、他にもスキルを隠し持っているかもしれんからな。
下手に手出しをしない方がいい」
これはムダに動くよりも、酸素の消費をおさえるためにおとなしくしているべきだ。
そして誤解をとくしかない。
ゴボゴボ……。
ためしに二言三言しゃべってみるが、声にならない。
「抵抗をやめたぞ」
「それより敵を! 剣帝がきていると聞いたぞ! どこだ!?」
「本当なら、剣帝ダングースにこの技を使いたかったのですが」
バインドウォーターとやらを俺に向けて放ったBさんが、そう言いながらにらみつけてくる。
『ですから、聞いてください。
その剣帝ダンボールさんとやらは、もういませんから。
俺が倒しましたから』
そう釈明しようと口を開いてみるが、やはりゴボゴボと泡がもれるだけだった。
やばい、苦しくなってきた。
誰か助けて! ……そうだ、アズキさんはどうなっている?
アズキさんはずっとひざまずいている。放心状態のようだ。
まあ、ああなってしまうのも仕方ないか。
結婚まで誓い合った男から、あんな風に刀をむけられちゃあね……。
自力脱出は不可能。助けも来ない。
どうすればいいんだ。
あっ! いいことを思いついた!
アイテムボックスの中に、この水を収納してしまえばいいんだ!
……って、あああああ!
ついさっきアイテムボックス使ったばかりだから、再発動できないや!
うわ、そろそろやばいぞ、これ。
このままいくと、確実に気を失う……。
あきらめかけたその時、遠方の馬車の扉が開き、中から少女が現れた。
水越しのために顔は良く見えないが、あれは……。
「姫様! ご無事でしたか」
「賊はとらえましたが、危険です! まだ敵兵が!」
「馬車へお戻りください!」
やはり、『姫様』のご登場だ。
騎士たちが駆け寄る。
「全て終わったのです。負傷者の手当てを優先してください。
それと、そこにいる殿方を解放してあげてください」
「え? ですが……」
「解放してください! 早く! 今すぐ!」
「はっ!」
姫様の言葉に気圧され、バインドウォーターとやらの能力が解除されたようだ。
水の球体は重力にしたがい、その形を失う。
ドジャーンという音が響き、水溜りの中に俺は放り出される。
「ゲッ、ゲホッ、ゲホッ」俺は水を吐き出しながら、久しぶりの酸素を味わう。
「姫様はあのようにおっしゃっているが、動くなよ! クロル!」
「よいのです。自由にしてください。
みなさん、聞いてください!
今回わたしたちをピンチから救ってくださったのは、そこにいるクロル殿なのです」
「ゲホッ、ゲホッ……、お、お前は……」
俺は絶句した。
あの顔を見間違ったりすることは、絶対にない。
髪型やら服装やらは異なっているが、身体の大きさ、声、そういった特徴はピタリと一致する。
「この御方、クロル殿は、わたしの友人であります」
「なんと……」
「そうでありましたか」
俺のことを知っているならば、これでもう確定だ。
そこに居たのは、俺の人生における最大の目標だ。
絶対に復讐せねばならない、あのくすぐり少女なのだ。
どうする? さっそく復讐を果たすべきか!?
しかし今この子に襲いかかっても、また騎士団の連中に取り押さえられてしまうだろう。
俺は、計算する。脳内シミュレートする。
……今、騎士団の不意をついて、あの少女のところへ駆け寄ることは可能だろう。
そしてくすぐることもできるはずだ。
だが、それもおそらく数秒間しかもたないだろう。
最善の状況を得られたとしても、ここではせいぜい数十秒間。
たかが数十秒間笑わせたくらいで、俺の気が晴れることはない。
十時間、いや、丸一日という時間をかけて、少女を屈服させねばならない。
そうすることで、ようやく俺の復讐は果たされるのだ。
だったら、虎視眈々とチャンスを待つべきだ。
今は、辛抱すべき時だ。
「あなたがクロル殿であると、もっと早く気づくべきでした。
少し見た目が変わっていらしたので、確信がもてなかったのです。
ごめんなさい。許してくださいますか?
いえ、それよりもまず、わたしのことを覚えていらっしゃいますか?」
「イ……、イエス、マム! おっしゃる通りでございます!」
「懐かしいお言葉です。覚えていてくださったんですね。
ではあらためてお礼を申し上げます。
あなたのご活躍のおかげで、わたしたちは窮地を脱することができました。
本当にありがとうございました」
姫様と呼ばれる少女は、俺に向かって頭を下げる。
「姫様!?」
「姫様、なんということを」
「そんな、もったいない」
騎士たちが動揺しているが、それを押さえ込むように少女が語る。
「賊は、捕虜の身であるクロル殿の命を狙っておりました。
また、軍服をまとわず、明らかに戦時条約に違反しておりました。
ゆえに賊は敵軍として扱われるべきではなく、同時にクロル殿の行為は正当なものであったと証言します」
よく分からんが、俺の立場を正当化してくれているようだ。
これで面倒事を回避できるのなら、ありがたい話だ。
「わたし見ました! クロルさんが剣閃らしきものを放って、敵を倒すのを!」
「やっぱりそうだったの? 実は、わたしにもそう見えていたのよ!」
「あれだけの数の敵を……、たった一人で……、一瞬で倒したというのか?!」
「しかも、折れた刀一本でか!?」
「そうです! クロルさんのおかげでわたしたち助かったのよ!」
「すごい! クロルさん! すごーい!」
「神業だ。神業の使い手だ。剣帝すらをも一撃で倒してしまうなんて!」
騎士団の女の子達が、俺の功績をたたえている。
手のひら返しがすごいけれど、まあいいよ。許すよ。
「すごい! すごい! クロルさん! すんごーい!!!」
「クロルさん! かっこいいー! あこがれちゃいます!」
「さすがクロルさんです! わたしずっと信じてましたー!」
「クロルさん、ファンになります!」
「クロルさん大好きでーす!」
だって俺も男の子だからだ。
これだけの数の女の子から俺をたたえる大合唱をされてしまったら、悪い気はしないのだ。
そんな中、姫様と呼ばれる少女が近づいてきて、俺の手を握ってくる。
「これよりクロル殿の処遇は、王族と同等の扱いとさせていただきます。
もう一度、お礼を言わせてください。
クロル殿、本当にありがとうございました」
少女はもう一度、まるで祈りを捧げるかのように深々と頭を下げた。
それと同時に、俺の心の中で彼女の声が響いた。
【わたしの声が聞こえる? でも返事や反応はしないで、そのままでいてください】
あー……、これはもしかして、接触通信てやつか?
まあ王族なんて立場の者なら、密談のためにみんな持っていそうな能力だよな。
【……そうよ。話が早くて助かるわ。
騎士団メンバーの中に聴覚を強化している子がいてね、いくら声をひそめても内緒話ができないの。
だから余計なことは言わないでね】
分かってるさ。
そんなことより聞かせてくれ。
お前はいったい誰なんだ? 何者なんだ?
少女が姿勢を戻し、微笑む。
そして握った手に力を込める。
【わたしは現在、シュガーと呼ばれています。
あなたが知りたいと願うことは、後で時間をとって説明しましょう。
ですから、その約束だけでお許しください。
今は他に、なすべきことが山積みですから】
シュガーと名乗った少女は、そこで手を離した。
待ってくれ! もっと話をきかせてくれ!
だが、返事はない。
接触通信はその名前どおり、接触中にのみ会話が可能なのだ。
「負傷者の治療と、指揮系統の再編を急いでください。
血の匂いに誘われて、じきに野獣が集まってくることでしょう。
その前にこの地を発たねばなりません。準備を!」