第10話 捕虜という立場
金属音が鳴り響く中、左右両側から俺を監視していたAさんBさんが立ち上がった。
物音から判断するに、AさんもBさんも装備を整えはじめたようだ。
馬車の外からも、あわただしい物音が聞こえてくる。
金属音はいっこうに鳴り止まない。
……やっぱりこれって、騎士団全員に何かを知らせるための警告音だよな。
そしておそらく、それは異常事態の発生を通知するためのものだ。
俺は意を決して二人にたずねる。
「あのー、すいません。この音は一体なんでしょうか」
「敵襲です。敵軍が現れたことを警告する鐘の音です。
恐れていたことが起きたのです。
一つ確認します。
クロルさん、あなたはスパイや工作員、あるいは先遣隊などのたぐいではないのですね?」
「はい、違います。
今起きているこの敵襲やらと、俺は何の関係もありません」
「……そうですか。
あなたの言うことを信じたいのですが、状況が変わりました。
襲撃を受けた以上、あなたのことを黒に限りなく近いグレーとして扱わねばなりません。
この理屈、わかっていただけますね」
「……はい、しかたないですね」
「これからあなたは、指一本の動きに至るまで、繊細に注意深く行動せねばなりません。
ほんの少しでも怪しげな動きをみせたなら、警告なしにあなたを斬ります。
今の話を理解できたなら、一度だけゆっくりとうなずいてください」
今までだって、指一本すら自由に動かせてもらえなかったじゃないですか!
そんな突っ込みを入れたくなったが、そういう余計なやりとりはひかえるべき状況だ。
少なくとも冗談が受け入れられるような雰囲気ではない。
指示にしたがって、俺は無言でうなずく。
しばらくして二人の準備が整ったらしい。
立ち上がるようにとうながされ、俺は久しぶりにAさんの顔を見る。
……目の前の女性は、ためらいなく俺を斬れる。
彼女はそんな凛とした表情をしていた。
「わたしたちも外に出て、防衛に参加しなければなりません。
あなたの監視は、別の者にゆだねます。
場所を移動するので、ついてきてください」
馬車を降りたところで、不審に思われない程度に周囲の状況を確認する。
一台の豪華な馬車を中心に、全方位をぐるりと騎士団の女の子が守っているようだ。
おそらくあの馬車に、『姫さま』がいらっしゃるのだろう。
騎士団の配置から、敵が向かってくるおおよその方角が察せられる。
一度振り返って、そっちがどうなっているのか確かめたい。
だが、あまりキョロキョロするわけにもいかない。
非常にモヤモヤする。これが捕虜という立場か。
不意に空の色が変わった。
何かの膜で覆われたかのようだ。
敵がしかけた計略か何かだろうか。
遠方で一人の女の子が何かをつぶやき、空に祈りをささげているのが見えた。
すると空の色は、ふたたびめまぐるしく染め替えられていく。
何が起きているのか分からない。
だが、それを探ることすら誤解を招きそうだ。
そして、俺が連れて行かれた場所は『後方』だった。
少なくとも、最前線ではない。
人が少ない。
「では、彼を任せる」
「うん。任された。
じゃあ、よろしくね、えーと、クロルくん、だっけ?
だいぶ絞られたみたいね。
わたしの前なら、好きにしてくれてかまわないよ。
もちろん常識の範囲内でだけどね」
後方には数人の女性がいたが、そのうちのやたらフレンドリーな女性が応対してくれるようだ。
「ありがとうございます。えーと、なんとお呼びすればいいでしょうか」
「んー……。じゃあねえ、クヌギとでも呼んでもらえるかな」
「ではよろしくです、クヌギさん」
「うん。よろしくねー」
クヌギさんは、のんきに笑ってみせる。
陽気な人柄がしのばれるような、楽天的な笑顔である。
「では早速ですいません、お願いがあります。
話せる範囲でかまいませんので、状況をおしえてもらえませんか?」
うなずきながら話を聞いてくれていたクヌギさんだったが、突如あらぬ方向に顔を向ける。
そして、手のひらを俺に向けて話をさえぎった。
「あ、ちょっと待って、『コトダマ』が入った。
………………はい、クヌギです。……………………はい。
……………………はい、分かりました。では、そのように」
『コトダマ』が何かは知らないが、おそらく遠隔通信の一種なのだろう。
通信が終わると、クヌギさんは何もなかったかのように笑いかけてくる。
「えーと、何の話をしてたっけ。あー、状況を知りたいんだったね。
じゃあ、簡単に説明しておくね。
わたしたちは後方の守備部隊。そしてわたしの任務は、狙撃の無効化だよ。
ここから、ここまで、およそ九十度の範囲を担当してるんだ。
戦闘に巻き込まれる可能性は、うーん……、五分五分というところかな。
大船に乗ったつもりで安心してー、とは言えないけど、よっぽどのことがない限り……」
クヌギさんが話を止めたその時、遠方から幾筋もの光が超高速で急接近してきた。
「言ってるそばから……、イージス!」
クヌギさんが片手をあげると、その指先から巨大な薄い膜が現れて辺りを包み込む。
光の弾は、その膜にあたってはじかれる。
タン、タタタタタン!
乾いた音が響く。
なるほど、イージスの盾か。
光弾すべてをふせぎきると、やがて盾はうっすらと消えていく。
「これがイージス。こんな感じで、狙撃を防ぐんだ。
クロルくんの星五個の無敵スキルよりランクは一つ低いけど、きっちり育ててあるから現時点での性能なら……」
タタタタタタン! タタタタタタタン!
再び射撃が始まったが、それもイージスの盾によってはばまれた。
「んー、予想通り攻撃を続けてきたね。
敵の狙いは、こちらのスタミナ切れかな?
スキル発動限界まで断続的に攻めてくることで、防御壁の消失を狙っているんだろうね。
でも安心してね。これくらいなら余裕で防ぎきれるよ……、ってまたきた!」
タタン! タタタタタタタン! タタタン! タタタタタタタン! タン! タン!
タン! ……タタタタタン! タンタン! タタタン! タン! タタタン!
集中砲火はしばらく続いていたが、その攻撃は前触れなく突然に止んだ。
クヌギさんが、『どうだ』とでも言わんばかりに腰に手をあてて俺を見る。
「すごいですね。そのスキルは何度も発動できるんですか?
無敵スキルなんて、一度使ったら丸一日使えなくなってしまうというのに。
うらやましいです」
「へへーん、驚いた?
実はね、スキル発動時間を分割して細切れで使えるようにしてあるんだ。
たとえば発動時間が最大十秒間なら、一秒を十回っていう具合にね」
「そんなことができるんですか」
「うん、達成条件がすごく難しかったんで、すっごく苦労したんだよー。
もちろん最大発動時間までしか発動できないっていう制限は一緒だよ。
ついでに暴露しちゃうと、このスキルは現在、最大一分間を小出しにして使えるの」
「そんなにですか。それは頼りがいがありますね」
小休止をはさんで、攻撃が再開された。
タン! タタタン! タン!
「あー……。でもねー、発動残り時間はあとちょうどニ十秒しかないのよね……」
「え? それってまずいんじゃないですか?」
「そだねー。敵が『奇跡』を使ってきたら、やばいかもしれないわ」
奇跡? なんですか、それは。
そうたずねようとした瞬間、今までのものと違った赤い光の弾が大量に向かってきた。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
今までのような散発的なものではなく、完全な連続攻撃だ。
息をつくヒマすらないほどだ。
「あちゃー。噂をしてたら……」
俺は心の中で、時間を数えている。
二十秒というタイムリミット、その限界が近づいている。
六、五……。
なあ、これ、どうすればいい、俺、逃げ出すべき?!
でも他の騎士団員たちは、平気そうにかまえている。
まだ奥の手がある、ということだよね? 信じていいよね?
……ニ、一。もう時間がない!
するとクヌギさんが、そっとつぶやく。
「チャージ」
その言葉にあわせて、クヌギさんの体が青く光った。
何かをしたのは間違いない。
……ゼロ。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
イージスの盾は、その輝きを失わない。
「こんな感じで、他のスキルの発動時間をチャージできるスキルがあるんだ。
軍事機密だから説明できなかったけど、驚かせちゃったね、ごめんね。
ちなみにチャージのレア度ランクは、星五個。
このスキルで何回チャージできるのかまでは、さすがに内緒だよ」
「そんなスキルがあるんですか」
「へへーん。すごいでしょ」
「はい。俺も欲しいです」
なるほど、別のスキルの発動時間をチャージできるスキルか。
凄く便利そうだ。
「ただね、敵が奇跡を使ってきたとなると、油断はできないのよ。
『貫通』の奇跡を使ってくるかもしれないの」
「貫通?」
「ええ、イージスの盾をも切り裂く、貫通の奇跡。
そういう奇跡があるって噂をきいたことがあるのよ。
ただ、それを使ってくるとすれば、消耗させたこちら側でなく……」
「こちら側でなく……?」
彼女の予感は的中する。
俺たちと反対側の『後方』で、突如まばゆい爆発が起こったようだ。
振り向くと、一人の少女が宙へと放り出されていた。
おそらく彼女も、イージスの盾使い。
したがって今ので、鉄壁を誇る防御陣に穴が開いてしまったはずだ。
彼女は無事なのだろうか。
そして交代要員はいるのだろうか。
「後退して陣形を組みなおさないと……」
クヌギさんがそう言い掛けたところで、何度目かの集中射撃が開始された。
タン! タタン! タタン! ……タタン! タン! タタン!
「くぅっ、今度は足止めを狙ってるみたいね……」
……タタン! タタン! タン! ……タタン! タタタタン! タン!
タン! タタタタタタン! ……タタタタタタタタタタタタタン! タタン!
……断続的にしかけられてきた射撃が、ようやく止まった。
やっと終わったかと胸をなでおろしたその時、大剣をかついだ男が丘の上に現れた。
赤く染めた革の装備が目立つ派手な男だ。
「よう、イージス使いのねえちゃん。
おまえ、嘘を見抜ける能力を持っているらしいな。
だったら、俺は今から本当のことだけを話そう。
まず『貫通』はもう一発ある。
そして、俺は強い。ここにいる誰よりも強い。最強だ。
だから投降しろ。
お前を傷つけたくないんだ。
できることならお前だけでなく、女は誰一人傷つけたくない」
その話の真偽を問うかのように、近くの女の子たちがクヌギさんを見つめる。
「言っていることは全て、本当のようです……」と注目を受けたクヌギさんがつぶやく。
女性を傷つけたくない。
その真偽が本当だとしても、その意味するところは俺のものと全く違うようだ。
何故ならその男は、最高に下卑た顔でこう付け加えたからだ。
「だってなあ……。
女の身体に傷をつけちゃあ、売り物にできなくなっちまうからなあ!」