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「参謀、参謀よ!」
「はっ、お呼びですか魔王様」
「見ておったのだろう?」
「……」
「見ておったのだろう!?」
「……はい」
「説明してもらおうか」
「わたくしはあくまで、魔王様の要望通りにしただけですので」
「おぬし、あの気まずい空気になることもわかっておったのではないか!?」
「濡れ衣ですよ、まさか今の魔王様の姿が勇者の好みど真ん中で、まるで思春期真っ只中の二人が甘酸っぱい時間を過ごすようなことになるなんてこれっぽっちも……」
「わかっておるではないかッ!?」
「魔王様、お言葉ですが」
「なんじゃ」
「勇者は魔王様の美貌に恐れをなして帰っていったのですから結果オーライじゃありません?」
「あるわけなかろうっ!? 路線が! わしが想定しておった恐れと路線が違うのじゃ! だいたい何だこの体は、女になるにしてもうちょっとやりようがあるだろう!」
「何が不満なのですか? どこからどう見てもギザ歯生意気系超絶巨乳美少女じゃないですか。ちょっと身長は大きいですが」
「いげーん! わしの威厳どこ!?」
「とか言いながら、魔王様も最初は満足げだったではないですか」
「ぐっ……そ、それはそうだが……」
「だいたいその体、魔王様の骨格から肉体を再現しただけですので、ある意味では魔王様自身の体とも言えるのですよ?」
「え、わし女だったの……?」
「そのようです」
「いつもの嘘じゃろ?」
「わたくしどれだけ信用無いんですか」
「日頃の行いじゃ」
「……それはそうかもしれませんが、こればっかりは事実です」
「えぇ……3000年以上生きてきたけど衝撃の事実ー」
「そもそも魔王様、どうやって生まれてきたんですか?」
「わし? わしはそこらにあった謎の死体に、魔物たちの怨念が集まって生まれた存在じゃな。それから魔物たちが平和に暮らせる世を作るべく、こうして魔王として君臨しておる」
「意外とまっとうですね……」
「意外とはなんじゃ、意外とは。わしからしてみればおぬしの方が謎だがな」
「わたくしがですか?」
「いきなりぽこっと落ちて来たかと思えば、謎の光る板で調べ物をしてみたり、わしらとは違う力を使ってみたり。人間なのになぜわしらの味方をしておるのかも謎じゃ」
「そこはあれですよ……なんか面白そうじゃないですか、魔王様をおちょくってる方が!」
「おい参謀」
「動機などそんなものでございます」
「まあそれはよいだろう。問題は勇者じゃ。あんな微妙な関係はわしが望んだものではない! やはり元の姿がベストのようだな。さあ参謀よ、今すぐあの素晴らしい魔物の姿に戻すのだ!」
「本当によろしいのですか、魔王様」
「うむ、未練など一切無い! 無駄に肉がついていて重い上に、なんというかだな……部下の視線が……こう、上司を見る目というかな……」
「エロい目で見られてるんですか」
「もうちょっとぼかして言わんか馬鹿者っ!」
「3000年も生きてるんならそこで赤くならなくてもいいでしょうに……」
「何年生きていようがそこは関係ないわっ! ありえんだろう、部下にそういう目で見られる魔王など! しかも、その、視線がだな、明らかに一部に集中しているというか……!」
「おっぱいですね」
「胸ぇーっ! あるいは胸部ぅー! もっと上品さを持つのだ参謀よ!」
「しかしみなが見ているのは、本当に胸だけなのでしょうか」
「なん……じゃと?」
「わたくしは存じ上げております、顔はもちろん、太ももや尻にもみなが注目していることを」
「余計にダメではないか!」
「ちなみに勇者はマニアックにも腋が気になっていたようです」
「勇者の歪んだ性癖など知りとうなかった……!」
「以前の骸骨姿のときより、皆の士気も向上しております。魔王軍全体のことを考えると、今の姿のままの方がいいのではないでしょうか」
「魔王としてそれはそれはどうかと……」
「しかし異世界の魔王たちも、同じ方法で力を得たのですから」
「そういえばそんな話であったな。その異世界の魔王は、こんなことをせねばならぬほど追い詰められておるのか?」
「最近の魔王は、ちょろいかいい奴かのどっちかですからね。あと魔王を倒したあとにさらなる黒幕が出てくるパターンもよくあります」
「嘆かわしいぞッ! 時代の移り変わりとは言え、偉大なる魔王を名乗る者たちが、そのような存在に成り下がってしまうとは……!」
「ですが魔王様お一人の力では、時代の潮流を変えることはできますまい」
「うむ……」
「ここはやはり、女体化キープのまま、勇者との甘酸っぱい日々を楽しむ方向がいいと思います。わたくしも楽しめますので」
「おい本音が漏れておるぞ」
「それに気まずいとはおっしゃられましたが、魔王様も勇者もまんざらではない様子だったではないですか」
「だ、だからそれが一番の問題なのだっ! たぶん勇者、あいつ次は花束とか持ってくるぞ!?」
「間違いなく口説きにくるでしょうね。めっちゃ面白そう」
「だから本音ぇー! わし、人間なんかに興味ないからな!?」
「でしたら口説かれてもスルーしたらいいだけでは?」
「それは……そうなのだが……」
「スルーできない気がしてるんですね?」
「いや、そういうわけでは……」
「勇者に言い寄られると嬉しいんですね?」
「そ、それはさすがに、魔王として……」
「魔王と勇者の結婚なんて、今どき珍しくありませんよぉ。異世界ではよくあることです」
「だから異世界はどうなっておるのだー! そもそも、勇者は女だぞっ!?」
「キマシタワー!」
「なんじゃそれは!?」
「“女の子同士はむしろ大好物なので塔を建築させていただきます”の意でございます」
「もはや誤魔化すことすらせんのだなおぬし! というか何のために塔を立てるのじゃ!?」
「魔王も女で勇者も女、そんな二人が織りなす甘酸っぱい恋愛ストーリー……大いに有りでは無いですかっ!」
「おおう、急に熱量が増したな……」
「以前はただの友達だと思っていた相手が綺麗になった瞬間、意識せずにはいられなくなってしまう……王道です、これを王道と呼ばずしてなんと呼びますかっ!」
「まず友達と思われてるのが問題なんじゃがな?」
「告白してしまえば、今の心地よい友達という関係を失ってしまうかもしれない。それでもこの想いはやめられない止まらない。『もう友達じゃ嫌なんだ! 我慢出来ないんだ!』、『そんな、わしは……』、『魔王、もう戦いなんてやめて私と一緒になろう!』、『勇者……』。そして手を取り合う二人は誰にも邪魔されぬ新天地を目指して旅に出る……!」
「わしを勝手に旅立たせないでもらえる?」
「しかし人間や魔物たちの魔の手が二人に迫る! いくら強い力を持つ魔王と勇者とは言え、全戦力を注ぎ込まれてしまえばなすすべもない!」
「まだ続くのこれ!?」
「しかも皮肉なことに、魔王と勇者がいなくなったことで人間と魔物は手を取り合い、協力することに……!」
「それはありそうで怖いのう……」
「そう言えば勇者も、魔王様が死ねば次は自分の番だと言っていましたね」
「力関係で言えば、わしと勇者と魔王軍と人間たちで拮抗しておるからのう。わしが死ねば、人間たちは勇者とともに魔物を滅ぼすじゃろう。そのあとで、最大勢力となった勇者を、数の暴力で消し去る……そうなれば、人間にとって平和な世界のできあがりというわけだ」
「逆に言えば、魔王様が勇者を倒すと、魔王様が殺される可能性が……」
「あるのう。幹部どもはどいつもこいつも野心が強い、おぬしですらマシな方という有様じゃ」
「なかなか酷い言われようですね」
「日頃の行いじゃな」
「改善はしませんが心に留めておきましょう」
「そういうところだぞ!」
「しかし魔王様、わたくし思うのですが――今の姿ならば、幹部たちも手を出しにくいのでは?」
「……なるほど、それは確かに一理あるかもしれんな。あやつらもデレデレしておったからな」
「四天王に今の魔王様を見てどう思ったのか詳しく聞いてみたのですが」
「おお、仕事が早いな。聞かせてもらおうか」
「シルフィードは『魔王様の顔がクソ好み、どうにかして曇らせたい』と言っておりました」
「あいつドSじゃからな……」
「フェンリルは『魔王様の太ももが俺を虜にして離さない、顔を埋めたまま窒息死させてほしい』と言っておりました」
「なかなかハイレベルじゃな」
「ニーズヘッグは『魔王様の尻だな! あのドチャシコな尻だけを額縁から出して毎朝眺めたい!』と」
「うちの軍まともなやつ少なすぎない?」
「最後にイグニスは『魔王様の胸に母性を感じる、土下座して頼み込めばママプレイに付き合ってくれないだろうか』と」
「イグニィィィィィィス!」
「呼んでまいりましょうか? ママプレイをやると言えばすぐに来るかと」
「やめぇいっ! わしはどんな気持ちであいつと顔を合わせればいいのだ!」
「母のように慈愛に満ちた顔はどうでしょう」
「なぜそこまでしてプレイに持っていこうとする!? ええい、もう部下の話はよい!」
「まだまだネタはあるんですが」
「そんなもんボツじゃ!」
「魔王様の困る顔がもっと見たくて頑張ったのに……」
「おぬしもおぬしで大概こじらせておるな。まあ、周囲の目は気になるが、ひとまず離反は防げそうではある。しばらくこの姿で様子を見てみるか……」
「それがよろしいかと。ところでわたくし、一つ思いついたことがあるのですが」
「嫌な予感しかせんが、聞こうか」
「その前に魔王様にお聞きしたいのですが、魔王様に人間を滅ぼすつもりはおありですか?」
「無いな。わしらは自分の領土さえ守れれば十分じゃ、あやつらが『浄化』などと称して土地を奪おうとしなければ、戦いにはならん」
「でしたら、魔王様と勇者が恋仲になればすべて解決すると思うのですが」
「……な……な、んな――なぁにを言っておるか痴れ者ぉっ! わし魔王、あやつ勇者、戦う、定め!」
「なぜ片言に」
「それだけバカげたことだということじゃ! 第一、なぜそれで解決するのだっ!」
「戦力が下手に拮抗しているのが、戦いが起きる原因なのですよね」
「まあ、そうだな」
「でしたら魔王様と勇者が手を組めば、そこが最大勢力です。人間どもも手を出しにくいでしょうし、魔王様から仕掛けない限り戦いは起きない。さらに魔王様と勇者の命が狙われることもなく……割と真面目に考えて、ハッピーエンドだと思うのですが」
「……」
「……」
「……うむ、そうかもしれん」
「ですよね」
「わしが、勇者と……勇者と……こ、ここ、恋仲……に。考えれば考えるほど最善の案……確かに丸く収まる、が……いや、それは……えぇ……?」
「今すぐにとは言いませんが、次に勇者が来るときまでに考えておいた方がいいかと。勇者、たぶん迫ってくると思うので」
「うぅ……そ、そうじゃ……な」