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当たりくじの日々



聖女様視点に戻ります。




気を失っていた私は……ほんの少し、懐かしい夢を見ていた。







「……おーい。」

「……むにゃむにゃ。」

「……おーきーてー。」

「……むにゃ、…あと……いちじかん。」

「いや長いわっ!」

「……ふがっ。……あ、おはよう〜お母ちゃん。……もう朝?」

「はいはい。寝ぼけんと目ぇ覚まし。……あと、周りよう見んかい。」

「……んん……何や、まだ夢ん中か。」

「……夢じゃ、ないかなぁ?」



真っ暗闇の中、私の目の前に、患者さんが着る服を纏った……困った顔して笑ってる、薄ぼんやりと光る母が居た。


勿論妖精じゃない、人の姿。



病気のせいで髪が抜けていくの。見たくないから、と自分でバリカン片手に刈り上げた姿は。



……お別れした時と同じ、……悲しくて、懐かしい姿やった。



「…………そっかぁ。夢、ちゃうんかぁ。」

「うん。ちゃうなぁ。」


「………………ひ、酷いなぁ。二回も、……お母ちゃん、死ぬこと無いのになぁ。」

「……うん。それは私もちょっと思った。」


「やんな!上げて落とされるこっちの身にもなって欲しいわ!」

「そんでも、……得の方が多かったから、もうええねん。」


「っ………………ぐす。まだ、……まだ私の赤ちゃん、見てないやん!産まれたらほっぺスリスリするって……色々するって言うてたやん!もうちょっとくらい良いやん!」

「……それは無理やなぁ。」


「……ぅうゔ……ケチや……っ。……正月、一時退院した時のおみくじも、大吉やったって喜んでたのに……当たりやーって、お母ちゃん喜んでたのに……ぜ、全然、……ラッキーちゃう…………ラッキーとちがうぅぅ!ぁあああああんっ!ぅああああぁあんっ!!!」



淡く光り続ける目の前の母に、私は抱きついて泣き喚いた。


三十路の、いい歳した大人って言われても。

やっぱり家族との……親とのお別れは、凄く、凄く凄く……淋しい。



私は……久し振りに、女性にしては少し厚く、大きめの手の平で頭を撫でられた。


病気で身体が痩せていっても、母の、この手の感触は何故か昔と変わらない。



涙の量が、必然の様に増えた。



「……だいじょぶやって。美津のおかげで、やりたい事、いっぱい出来た。美津と一緒に好きなお菓子食べて、昼寝して、ゆっくりのんびり、……昔みたいに、一緒に過ごせて……ちょっと変態っぽいけど、浮気しないカッコいい旦那も見せてもらって。……楽しかったなぁ、ほんまに。死んだ後に楽しい思いするなんて、私、めっちゃラッキーやん。大吉様々やって!」

「ゔうう、ひっく……ぅう……おがあちゃ……。」


「……ほら。今度は、あんたが()()()()()になる番。……いざとなったら、男も頼りない所あんねんから。クルちゃん見てたら分かるやろ?……あんたもしっかりせな!二人で頑張って子育てするんやで!」


「……ぐす……………………う、ゔん。頑張る。」

「うん!流石私の娘!……ほんま、私女の子産んどいて良かったわぁ。話も合うし、やっぱ、男ばっかは全然!楽しくなかったから!……あんたも、女の子出来るまで頑張るんやで!」


「……でも、私……もう子供は……。」

「出来る。」


「え……。」

「だから、安心してさよなら出来る。……ほら、もう起きたって。あんたの旦那様、……鼻水垂らして待ってるわ。顔は綺麗でカッコええのに、ほんま残念。ぷふ。」


「……それは私も思ってたけど。」

「あはは!……じゃーね、美津。頑張り過ぎるとしんどいから、適度に休憩しながら子育てしーや!」


「…………うん。皆に、手伝ってもらう。……お母ちゃん。」

「なに?」




「………………今まで、ありがとう。……ずーっと、大好き。」

「…………うん!私も、美津がずーっと大好きやで!……クルちゃんと二人、幸せにな!」




真っ暗闇の中。

唯一光っていたお母ちゃんは、笑顔のまま私の前から消えた。




そして私の意識も、目覚めの方へ向かった。



とても泣き虫で、愛しい、私の旦那様の元へと帰る為に。




――――――――――――――――――――――






「うぇぇん…………ひっく、……ぁ、美津!美津起きた!」

「美津様!?身体で痛むところはありませんか!?」

「………………ひっく。えっく、……ごめ、なさ……みつ、おかあさま……おかあしゃま……っ。」

「………………うん。」



目を開けると、私は鼻水垂らして泣いてるクルーレさんに膝上抱っこをされていた。

号泣してる大っきな女神様スタイルのティアラちゃんに、目元を真っ赤にしたお姉様。




小さな妖精姿は、何処にもない。




……ああ、やっぱり夢じゃなかった。

お母ちゃんは、また逝ってしまったのだ。




「…………あーあー。きったない顔!美人さんが台無しやなぁ。……ちょっと血付いてるけど、マシな所でほら、こっち向いて。顔拭くから。」


私はお腹に被せられてたボロボロのカーディガンで、汚れの少なそうな所を選んでクルーレさんの顔の拭いていった。


……うん。美人の鼻水垂らす姿は、美しくも滑稽です。

……笑いそうになるから、おやめなさい。



「ほんま、しゃーない旦那様やなぁ。……私の泣く暇、暫く無いなぁ。」

「…………ぐす。ひっく…………ご、ごめんなしゃい。」

「……ううん、ええの。いっぱい泣いたって。……先に、頑張ってるから……だから、私が休憩してる時は、お願いね?」

「…………っうん。ぐすっ……くすん。」


涙は止まったみたいやけど、泣いてる時出る独特のしゃっくりは、まだ終わらない。



……クルーレさん。


私の夢、一緒に見てくれてありがとう。

私と一緒に、お母ちゃんにお別れしてくれてありがとう。

お母ちゃんを凄く好きでいてくれて、ありがとう。


お母ちゃんも、色々言うとったけど。

最後にはちゃんと、クルーレさんの事褒めてたし。

ふふ。クルーレさん、お母ちゃんとも両思いやね?



……私の大事な家族を、こんなにも愛してくれて、……嬉しいなぁ。


私は、ほんまに良い旦那様と結婚したんやなぁ。






「……あっ!美津起きたんだね良かったーっ!」


旦那様の腕の中から首を伸ばせば、火口へと続く坂道から、お兄様が笑顔でこちらに向かって来ていた。


重そうな、ボロ布の塊を引きずりながら。


「あ、お兄様も心配かけてごめ……え大丈夫ですか怪我したんですか服に血がめっちゃ飛んでますが!?」

「あ、これ?大丈夫。私の血じゃ無いよ!」

「え……はっ!ごめんなさい、なら私の腕からの血でそんなに!?」

「ううん!返り血!」

「爽やかな笑顔でめっちゃ怖い事言ってる!?」

「治療中、王子がこちらにちょっかい出せない様に出来るだけ手酷く痛め付けてくれて……兄上、良い仕事をしましたね。」

「ぇ…………なら、その、……引きずって来た、ボロ布の塊は……。」




まさかの、王子様?




「ぐるる…………く、屈辱、だ……強化魔法しか、出来ない奴に……っ!」

「あ、まだ喋れたの?……噂通り、本当にタフだなぁ。……でも、それにしては体力無い……あ、もしかして常時自分に治癒魔法でもかけてるの?」

「っ…………ふん!おい聖女!お前、自分の母親殺しておいてよくヘラヘラ出来」

「もがれたいの?」

「あーあー!お兄様いいから!そのボロ布ポイして!ね!?」

「えー?……まぁ、美津がそう言うなら。」



文字通りポイされた王子様はダメージがしっかり残っている様で身体は動かないらしく、口だけ頑張ってピーチクパーチク動かしてる。


うーん。早口過ぎて、あんま聞き取れない。

多分私の事罵ってるんやろうけど。まあ、気にしない。



てかクルーレさん、お兄様とはあんま似てないと思っててんけど、……実は一番似てるんじゃね?

やっぱ男兄弟やからかな?



「おい!無視するな!」

「えー?……いやー無視やなくて、そんなマシンガントーク付いていけないだけで……それより、王子様。その背中の、何?」

「あ!?」

「いやだから、その背中の黒いモヤモヤっとした……霧?それ何?なーんかそれ、気持ち悪いねんけど。なんかの魔法なん?」



私の言葉に、皆が不思議そうに王子様を見る。

……あれ。クルーレさん達に首を横に振られる。見えないって?あんなにはっきりくっきりモヤモヤしてんのに?


唯一首を振らなかったティアラちゃんに私は視線を向ける。



「美津……貴女、瘴気が見える様になったの?」

「「「「「え!?」」」」」


王子様まで混ぜた驚きの声に、女神様は何度も頷いた。


「……そっか。美智子は瘴気を浄化していた訳じゃ無いから、……私の魔力そんなに使ってなかったんだったわ。雷落としても、使った分以上に食事も取って随時補給もしていたし…………私が渡した時より、魔力量も質も良くなってたのね。」

「…………ふふ。お母ちゃん、食い意地張ってたから。」



……ほんまに、しゃーないお母ちゃんやなぁ。

けったいなプレゼントくれて、何してくれてんのや。



私の聖女様感、めっちゃ増してもうたやん。



「……見えてるから、何だよ。それがどうした!……能力が上がったって言うなら、好都合だ。お前のやるべき事をしろ!ティアラを、俺の番いを犠牲にするな!」

「レオ!!!」

「……そうやな。ただ食っちゃ寝すんのにも、飽きてきた所やし。少しくらい働いても良いかなー。」

「美津様!?」

「何言ってるの!?」



私の言葉にお姉様とお兄様は驚くけど。

私の旦那様の様子を見て、すぐに落ち着いた。


クルーレさんは何も変わらず、私を膝の上に乗せてスリスリしてるから。


私は立ち上がって、背中に旦那様をくっ付けたまま(剥がれなかった)王子様に近付いた。



「…………では早速、お仕事始めましょうか?」




今なら知識としてだけやなくて、本能的な部分でも分かる。




瘴気っていうのは、負の感情の塊。

身体と心に、ものごっつ悪いモノで……ガン細胞と一緒なんや。



お母ちゃんの病気を調べてる時に、転移して脳に腫瘍が出来たりしたら、味覚変わったり性格変わったりする事例が結構あった。


王子様、それと一緒なんやろ?



ティアラちゃんの惚れた相手が、初めっから趣味の悪い屑男なんて……流石におかしいと思っててん!



黒いモヤモヤ……瘴気を見てる、私の感じる不快感が半端ない。あんなモノ背負ってる時点で……王子様は正気とちゃうんや。



そんなら、屑男でも……病人相手やからな。

私も鬼やない。どつき回してしばき倒す程子供ちゃうよ。




……言いたい文句は、正気になったあんたに言うから。




だから手始めに。

王子様の背負ってるその瘴気、浄化しよか!

その後ガッツリ、しっっっかりクルーレさんと一緒に、良い子になる様にお仕置きしてあげるから!!!




『うん!流石、私の娘!』




人の姿と妖精の姿。

どっちの笑顔も、まぶたの裏に焼き付いてる。



私は、岡田美智子の娘として産まれて……凄く幸せやったから。

だからこれからも、私は幸せ感じながら生きていくの!



罪悪感から笑えない事して……お母ちゃんに顔向け出来ひん様な、下向いて生きなあかん様な事、私は絶対せえへん!



私が笑えなくなったら……恩を仇で返すみたいやもん!



私は子供と、旦那様と、家族が大好きな世話焼きお母ちゃんになるの!


お母ちゃん(美智子さん)みたいなお母ちゃんに、なってみせるから!




見ててな、お母ちゃん!!!





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