お母ちゃんと義理の息子
黒騎士様視点で進みます。
モラル的にどうかな、な部分があります。
それでも、こういう決断をする人、勧めてくる人が現実に居るのだと思って読んでいただいたら、ありがたいです。
宜しくお願いします。
「待って待ってそのマグマは駄目死んじゃうからあああああああっ!!!」
女神が起き上がりながらそう叫び、魔法で結界ごと持ち上げる様にされ、私達はマグマに落ちる事なく無事だった。
「もう!このマグマは瘴気を浄化する為に、特殊な魔力が込められてるの!例えクルーレの結界でも防げないの!看板だってちゃんと立ててるでしょ!?」
「そんな事はどうでも良い!!!」
「みっちゃん助けてぇやティアラー!!!」
「……ああっ!美津なんて事!?」
女神にも美津の異常が分かったのか、そのまま上昇しマグマから出て、私達が目覚めた開けた広場まで戻って来た。
「その魔力は……ティアラ!元に戻れたんだな!?」
女神は途中の坂道に居たレオナルドを無視して広場に降り立ち、美津の腕に包帯がわりに巻いていた私のシャツを消し去って……傷口から、血に染まった小さな水晶玉を取り出した。
「…………これ、レオの魔力……本当に、レオが……?」
「ぅっうぅ。……あいつが、みっちゃんの傷口に、それ入れて……なあ、美津大丈夫?取り出したから、もう大丈夫やんなぁ!?」
「…………シャリティア、シャリティアは!?一緒に連れて来た筈よ!」
「え!?姉上は来てな」
「めーがーみーさーまー!」
「ぃやああああっっ!!!」
驚き浮かぶ女神を仰ぎ見た時、空から降って来た兄上と姉上が居た。
二人はマグマへと、一直線に落ちていく。
…………何でそうなる!!?
「ちゃんと場所指定しろこのうっかり馬鹿女神!!!」
「ごめんなさい!!!」
兄上と姉上を何とか無事に、安全に広場に降ろし、姉上には美津の診察を始めてもらう。……姉上の涙の跡が痛々しいけれど、今は美津の方が大事だから、無視させて下さい。
そしてこの間、レオナルドはこちらに近寄って来ない。
女神が結界で、坂道から降りられなくしただけでなく、岩山にレオナルドの下半身を沈めているからだ。
「ティアラ!ティアラ!何故だティアラ!?」
同じ言葉を繰り返すだけになった男を無視して、姉上は美津の服を脱がして診察を進めていく。
兄上は遠慮して背を向けてくれたが、……ああ、酷い。
「う、嘘……なんなんこれ……?」
美津の身体は、ズタズタにされていた。
身体中に、入れられた水晶が通った様な痕が、線状になって残っている。……揺すぶったら、この赤い線に沿ってバラけるのでは無いかと思う程、クッキリと見える。
表面として見えるのがこれでは……内臓も、骨も、筋肉も、神経も……子供も、全てが傷付いてる筈だ。
……時間を掛ければ、治るかもしれない。
姉上は、私と違って魔力のコントロールが上手い、腕の良い治癒者だから。
でも。
今の美津に、子供に……そんな時間……。
「…………クルーレ。子供を、諦めなさい。」
「!」
「シャリちゃん!?」
「……今、優先的に美津様の命に関わりそうな臓器を治癒してるけど、……子供も酷く傷付けられてる!子供を、優先して癒したら美津様は間に合わない!それに子供がこれ以上弱ったら……母親から、魔力を奪おうとしてしまう!その時点で美津様は死んでしまうわ!……私が、無能だからこうなったの!|美津様にもそう言いなさい!!!」
「そ、そんな!?……ティアラ!何とかしてぇや!」
「っ…………無理、なの。」
「……な、何で?今のティアラ、本体やろ?なら、今っ美津に魔力分けてくれたらええやんか!?」
「…………それが、無理なの。……クルーレ、手を。」
「……え?」
『私の魔力は、もう底をつきかけてる。……私の声、聞こえるんじゃない?』
頭に小さく響くのは、女神の声。
……今まで、まったく聞こえなかったのに。
「……瘴気を浄化し続けていたのもあるけど、……封印を無理に解除した代償で、今の私は、殆ど魔力が無いの。分身体の魔力も、……治癒と、シャリティア達を連れて来るのに転移魔法を無理矢理発動してしまったから、消えてしまった。……レオを縛り付けてるのは、レオが隠し持ってた、結界用に刻印を施されてる鉱石に無理に働きかけてて……あの石の殆ど、この山で手に入れた物だから……。」
「そん、な…………あかちゃ……。」
お母様は、泣きながら美津のお腹を撫でる。
……気のせいかもしれないけれど。前日よりも、ほんの少しだけ膨らんだ様に思える、美津のお腹。
これからも大きくなる筈だった、私の……子供。
「……構いません。美津を助けて下さい。」
「っ!クルちゃん!?そんなんっ………………クルちゃん。」
「………………構いま、せん。美津が…………生きて……っ、なら……ぐす。」
……悲しい。淋しい。辛い。
私の様な、淋しい幼少期を迎える事なく、暖かく、楽しく……美津とお母様と姉上達と、一緒に見守る筈だった。
「うっ……うぇっ……ひっく。」
涙が勝手に出てくる。
……姉上は、美津だけなら確実に助かるから、私に子供を諦めろと言ったんだ。
……私が美津に嫌われて、心中しようとしない様に。
恨むなら、助けられなかった姉上を恨めと。美津に、そう説明しろと。
……以前の私なら、美津と共に生きていけるならそれで良いと……素直に言えた筈だ。
なのに……今の私は。
一度も、その体温を感じてもいないのに。
私は、こんなにもまだ見ぬ我が子に会いたかった。
自分でも驚いた。
……美津以外に、自分の命を捧げても良いと思うなんて。
美津に嫌われたくないから。捨てられたくないから。
始まりは……美津を私に、ずっと縛り付けていたいから、望んだ存在だったのに……。
いつも、私は気付くのが遅過ぎる。
こんなにも。
私は美津と同等に、我が子が愛しいと思っていた。
……レオナルドの、言う通りだ。
私は、魔力があるだけの、何の役にも立たない愚か者。
……自分の手で、愛する妻と子を癒す事も出来ないなんて!!!
「……クルちゃん。ほんとはな、美津って六人兄弟のはずやってん。」
「ぐす…………っ?」
美津のお腹から移動したお母様が、私の目の前にふよふよと浮いている。
「私、三人兄弟の真ん中でな?弟がおんねんけど、生まれつき、目が見えへんでなー。……まあ、色々大変やってん。」
どうしてそんな話をするんだろう。
お母様が、優しく微笑みながら……私を見る。
「私も結婚して、子供産んで……三人目身ごもった時にな、私の親に産むの反対されてん。三番目は不吉や……目が、見えん子供が産まれたらどないすんのやーって。……堕ろせって、親に言われたわ。」
「……え。」
「晃さんはそんなん気にすなって言ってくれてんけど……私も、親にそんなん言われて……ビビって、気が動転したんやろな。その日の内に病院に連れてかれて、……堕胎手術してもうてん。」
「「「「!」」」」
「……手術してから、私なんて事しちゃったんやろーって思ったわ。晃さんにもすっごい怒られて、……それからは、実家に何言われても無視する様にして……だからな?ほんとは六人兄弟のはずやってん。私が、諦めへんかったら。……美津にもクルちゃんにも、あんな思い、私……してほしくないわぁ。」
お母様はごそごそと自身のスカートをめくり……ころり、と小さな水晶玉が転がり落ちた。
慌てて差し出した、私の手のひらに落ちて来たその水晶は、…………レオナルドが、お母様に渡していた……?
「……泣かんでええの。ええ歳した男やろ?」
「……おかあ、さま?」
「うん。私は美津のお母ちゃんで……クルーレのお母ちゃんでもあるからな!……今度から、出来るだけ美津に隠し事せんと、正直に話さなあかんで?クルーレだけ何でも知ってるーなんて、ずるいやろ?……分かった?」
「……だ、だめ……お、おかあさまっ。」
「クルーレ!時間無いから!さっさと返事せぇ!」
「っ!うっ……うぅ………………ぁい。……やくそく、……しましゅ、ぐすっ。か、かくしごと……しない、です。」
「……うん。クルちゃんええ子ねー。泣き虫やけど、浮気とは無縁な一途な旦那!……美津はほんま、ええ旦那みっけたなぁ。」
私の手のひらを優しく撫でた後、水晶玉を拾ったお母様は美津の額の上に座り込んだ。
「シャリちゃん。二人が喧嘩してたら何とかしたってな。もう頼れるのシャリちゃんだけやから!」
「……は、い。必ず。」
「シリウスくん。ふつつかな娘ですが、弟さんのお嫁として末永く宜しくお願いします!クライスさんにも、宜しく言っといて!」
「ぐすっ……勿論!大事にします!」
「あ……なあ、ティアラ。魔力無くなったら私、幽霊やん?……向こうの世界に戻るんかな?」
「ひっく……ごめんなさい、私も美智子の事、初めてだから、……ぐすっ、どうなるか、分からなぃの。」
「……………………そっかぁ。」
美津のおでこを撫でながら、それでも微笑んだままのお母様。
「……あ、あとオリヴィエに、私の分まで赤ちゃん可愛がってって、言うといてな!ただし、触る場合は本で勉強してからって言うといて!変な抱っこして赤ちゃん具合悪くなったら大変やし!」
「……必ず、伝えますわ。」
「お、お母様!!!」
お母様は、笑ってる。
怖いはずなのに。
怯えてるはずなのに。
私達の、……美津の為に、笑ってる。
「ぐすっずず…………わ、私……美津と、子供と、一緒に、生きていきます!……もう、簡単に死ぬとか……殺すとか、言わないっ、様にします。……悲しくて、辛い事があっても、……それ以上に、賑やかで楽しい、家族に、なりたいから。」
美津とお母様が向こうで共に暮らしていた、あの狭く小さな部屋みたいな、優しい居場所になるように。
辛く悲しい事があっても、寝て起きたら笑って日々を過ごせる、そんな力強い家族に憧れたから。
「……うん。そんなん知ってる。……だってもう、なってるやん。」
クルちゃんは、ちゃーんとなりたい家族、両手に持ってるよ!
そう笑ったお母様は、水晶玉が砕けたと同時に、消えた。
同時に、美津の身体が優しい蛍の光に輝く。
「……っクルーレ!美津達に全力で治癒魔法!」
「……はいっ!!!」
私は美津を膝の上に横抱きにして、女神の号令と共に自身の魔力を解放した。
美津の身体は私の魔力を拒絶する事なく、あっという間に線状の跡も無くなり、青白かった顔色も良くなった。
女神の的確な指示の下、姉上も加わり数十分の治癒は無事終わった。
心配していた赤子の怪我も……女神が言うには、問題無いらしい。綺麗に治って、後遺症にもならない、と。
美津の傷の方も切れ目が鋭く綺麗だった為、骨や内臓もすぐに塞がったらしい。
……良かった。子供は私に似て、頑丈に育ってくれているんだ……本当に、良かった。
美津を抱きしめる腕に、自然と力が入ってしまう。涙も、また勝手に溢れてくる。
美津の身体から、お母様の魔力の気配がする……いつも、私達どちらかの頭にくっ付いていたから。
まるで、今も居るみたいだ。
そう思って美津の頭を撫でても……もう、あの柔く小さな身体に触れることは無い。
「…………聖女に、魔力が戻ったんだな!?」
自力で地面から抜け出し、オマケに潰した筈の目玉まで復活している、砂埃だらけになったレオナルドが結界ギリギリの所まで近寄って来ていた。
砕けた水晶や鉱石が転がっている事から、目の回復にかなりの魔力を消費した様だ。
……女神が勝手に使った鉱石もあるから、魔力の貯金は、手持ちも残り少ないだろう。
「ティアラ!聖女をマグマに放り込めっ!そいつに浄化させるんだ!」
「……貴方は、まだその様な事を口になさるのですか!?」
「煩い!俺はその為に、……俺だけのティアラにする為に今まで生きてきたんだ!邪魔をするな!」
「……邪魔なのは王子様ですね…………ぅあらっ!!!」
「ふぎゃっ!?」
結界から出た兄上が、にこにこと笑いながら一瞬で距離を詰め、レオナルドの顔に回し蹴りを叩き込み火口に続く坂道の方へと吹っ飛ばした。……あれは痛い。
父上と兄上は細かいコントロールが必要な属性魔法と、細かい知識が必要な治癒魔法が苦手なだけで、魔力を注ぐだけの身体強化の魔法は得意だ。
……母上の事もあって、魔力が多くても少なくても撃退出来る様に幼い頃から父上にしっかりと鍛えられている兄上達は、魔法主体ではない騎士数人なら体術だけで一瞬で叩きのめせる実力があった。
レオン様が姉上に怯え頭が上がらないのは、それを知っているからだ。
「殺すのは、私の主義に反しますのでご安心を。……でも、私の弟と妹達に、それ以上近寄るなら……その腕と足、へし折るかもぎ取るかしちゃいますよ?」
「……ぐぅっ……クライス、二号、めぇ……っ。」
……ありがとう、兄上。
私が感謝の気持ちで胸がいっぱいになった時に、真っ暗だった美津の心に、意識が戻った。
美津は今、夢を見ている。
……別れの為の、悲しい夢だった。




