二人と独りの攻防戦
黒騎士様視点で進みます。
直接的ではない残酷な描写が少しあります。
それでも宜しかったらどうぞ。
「美津っ、美津!?」
血を吐いた美津はそのまま意識を失った。
呼んでも、ピクリとも動かない。……辛うじて、浅く呼吸してるだけだ。
「クルちゃんっ、どうして、美津どうしてぇ!!?」
「なんで、…………っレオナルド、お前美津に何をした!?」
「ははっ!……念の為に、腕を折った時に俺の魔力が込められた水晶のカケラを埋め込んどいたんだ。……怒鳴るな。意識を奪ってやったのは優しさだぞ?……聖女が苦しみもがく姿、見たかったか?」
「っぐるるる!」
ギリギリと鳴る歯ぎしりが止まらない。
爪も伸びてしまい、危うく美津の肩を裂いてしまう所だ。
「……っ!」
ああ、どうして!
……どんどん、美津の呼吸が弱まってるのが分かる。
……心臓、美津の心臓の音が、いつもと違う。
埋め込まれた水晶が魔力を流して、身体の中を痛めつけてるせいで!
…………このまま、美津は目覚めない?
「…………い、嫌、……止めろ、止めろ!このままだと、本当に美津が……っ!?」
「お前は黙ってろっ!……さあ、おかあさま?あんたに残された道は、ふたつある。」
「「!」」
「一つは、このまま娘が生き絶えるのを黙って見てる。もう一つは、……娘と同化して、クルーレの治癒魔法を受けられるようにする。……どうすべきか、分かるよな?」
「あっ……。」
そうだ。
魔力が戻れば、私が美津を、何の制限もなく治癒出来る!……美津は、死なない!!!
お母様もそう思ったのだろう。
結界から解放されお母様が、急いで私達の目の前に飛んで来た。
お母様は号泣していて……馬鹿王子に持たされた、小さな水晶玉を持っていた。
おそらく、美津との同化をしやすくする為の、補助の役割があるのだろう。魔力の込められた、複雑な紋様が書き込まれているのが分かる。
私は、お母様を見つめる。
涙に濡れた、彼女のつぶらな瞳には覚悟があった。
それでも小さな身体を震わせながら、私の抱えた美津の額に触れようとしている。
……これで、お母様が犠牲になれば。美津は助かる。
『……お陰様で、あんたと違って私には死出の旅路にお付き合い下さる、素敵で無敵な旦那様が居ますから?私は死ぬの、ぜんっぜん!怖くないし!淋しくもないわ!……ひとりぼっち確定のっ、あんたと違ってなぁ!!!』
…………ああ、そうだ。
私が怖くて、恐れてるのは……美津に嫌われてしまう事であって。
死んでしまうのは、……別に構わないんだ。
だって、私が美津と子供、二人を追いかければ良いだけだから。
そこまで考えて、私の頭の中が冷えた。
私はお母様を掬う様に手のひらに乗せて、レオナルドには聞こえない様小声で、素早く話しかけた。
「…………駄目です、お母様。」
「…………クルちゃん?」
「レオナルドを信じては駄目です。……女神の代わりに部品にしようとしてる美津を、簡単に解放する訳が無い。きっと、女神があの時施した様な暗示を……今度は、お母様を死なせた、殺したと思わせて、その罪の意識を煽るつもりです!そんな事になったら、……命があっても、美津は救われないっ!前みたいに、記憶を取り出すなんて出来ないんですよ!?」
「ぐすっ…………クルちゃ、でも美津、……もうこれしかっ。」
「……それに、ここでお母様を見捨てたら、私は美津に嫌われるでしょうね?……私が、子供諸共美津を喰い殺す姿、……お母様あの世から見たいんですか?」
「………………っっっ!!?」
高速で首を横に振るお母様に一つ頷いて、様子がおかしいとこちらに近寄ろうとするレオナルドを見た。
……距離、約七メートル。
私はもう一度お母様に目を合わせ、山の頂上を指差しながらレオナルドにも聞こえる様に、大声で言ってやった。
「お母様!…………私は、美津がレオナルドの、あんな外道に道具として使われるのを見るくらいなら……お母様と子供と、一緒に死んでくれた方がマシです!!!」
「……は、はあ!?正気かクルーレ!?お前、まだ生きてる自分の番い殺す気か!?……それでもお前雌狂いか!!?」
レオナルドは私の発言に驚いて、一度足を止め動揺している。……うん、まだ目は完全に回復していない。まだ気付いてない!
だってお母様は、気付いてくれた。
私の指差す先…………美津を迎えに、共に走り抜けた坂道を見ている!
「…………うん、そうやな。……こうなったら、家族一緒に死んだらええな!?」
「はい!痛みはありません!一瞬です!」
「ちょ、お前まで何言って!ちょっと待て、っ!!!」
まさかそんな考えになるとは思っていなかったのか、目が潰れているせいなのか。
レオナルドは足元をもたつかせて、こちらに近寄るのが遅れている。
その隙に私と美津、私の頭上にいるお母様を包む様に全力で結界を張った。
……失敗したら、本当に死ぬ事になるけれど。
それでも、私達にまだ死ぬ気はない。
美津を、子供を、まだ死なせるつもりは無い!
「……離れないで下さいね、お母様!」
「へい!」
「……おいっ、待てお前ら何する気だ!!?」
生憎上半身裸の為、申し訳ないがお母様には埃っぽくなってる私の髪の毛にしっかりしがみついてもらい。
私は美津に当たらない様に、魔力を混ぜた風でレオナルドの足元を吹き飛ばしてから、背後にあった坂道を全速力で駆け上がった。
レオナルドは魔法に精通しているだろうから、ほんの少しの時間稼ぎにしかならないだろう。
でも、それで充分。
美津も、言ってくれてました。
あのもやし男と違って、……私は、魔法要らずの、物理特化な最強騎士様だって!!!
普通なら十分程の道を一分も掛けずに火口へと駆け上がり、……その惨状に。お母様が怯える様に一度震えたのが分かった。
本来なら騎士が警護している筈だが……惨たらしい血の跡だけが、岩肌に残っている。
……これは、想定内。
そして、もう一つの賭けに、……私は勝った!
うっかり女神に居場所を知られない様に結界を張っているが、レオナルドが施したとは思えない程弱い!
妖精姿の女神は能力が低下しているが、やはりレオナルドは、その事を正しく理解していなかった。
だから魔力に敏感な女神にバレない様に、最小の魔力で、音や衝撃を遮断する結界のみ施してる!
こんなものなら、私は突き破れる!!!
振り向かなくても、レオナルドが迫っているのが分かる。
「……やめろ!!?」
私達が何をしようとしているか、流石に分かったらしい。
「「嫌っ!!!」」
そうして、私達は。
もう既に懐かしい、あのマグマ煮えたぎる火口に飛び込んだ。
「聞こえるか女神ーーーっ!!!」
「助けてティアラぁーーー!!!」
眠る様に横たわっていた女神が、飛び起きる姿を私達は確かに見た。
――――――――――――――――――――――
ふと気付けば、私の胸の上に、半泣きの女神様が座り込んでいた。
「あっ……!」
「オックス様っ!意識をしっかり!」
「……わ、私は、平気ですっ、……先に、シャリティアさんを、」
「シャリティア様は、ティアラが治癒してますわ!う、腕が千切れかけてたんですからっ、貴方はじっとして下さい!」
「包帯!これでいいかな!?」
「はい!そのまま巻いて下さい!」
周囲を見渡せば、食堂の壁が粉々になっていて、私達は廊下に投げ出されていた。
私は胸に女神様をくっ付けたままオックス様ににじり寄り、怪我の確認をした。
……右肩の関節は、外れてるだけみたい。千切れかけたという左腕も、……うん、指の動作も問題なさそう。ちゃんと傷と神経を繋いでる。
……これなら、任せて大丈夫だわ。
父上は武道に精通しているから、関節を入れるのも慣れてる。オックス様も魔力量が多い騎士の一人。数日で動ける様になるわ。
「……お、オリヴィエ!シャリティア起きた!もう大丈夫よ!」
「……シャ、シャリティア様!ぁあ良かった!肺や心臓が傷付いてるってティアラが言った時は私……もう怖くてっ!」
「……オリヴィエ様。よく、よく勉強なさいましたね。……右腕の関節は父上に任せて大丈夫。それ以外の、オックス様の諸々の怪我、このまま貴女にお任せしますわ。……私の魔力は、美津様の為に温存します。」
「……!は、はい!!!」
「シャリティアも、まだ激しく動いちゃ駄目なのよ?」
「分かっています……私は、どれくらい気を失ってましたか?」
「えっと、えっと……二十分くらいよ。」
「そんなに……クルーレと美津様は、……攫われたんでしょう?……お母様は?」
周囲を見渡しても、三人の姿は無い。
……勿論、王子の姿も。
「……クルーレの後頭部にくっ付いていたから、おそらく一緒だ。」
「ごめんね、一瞬の事で止める暇も無かった……。」
父上と兄上は擦り傷が目立つくらいで、動く事には問題無さそう。……良かった。
「……皆、無事なのが一番大事なのです。でないと美津様が、気に病んでしまいますわ。……女神様、クルーレ達のいる場所、分かりますか?」
「……分からない……この身体だと、……。」
「不味いな……美津はまだ、満足に怪我の治療をしていない。また人質に取られたら厄介だ。」
父上の言葉に、全員が嫌な想像をしてしまう。
そしてこの時、魔法でミスティー城に救援の手紙を送る横で、追い討ちの様な女神様の言葉があった。
「……レオは、美津とクルーレを痛め付けても、殺さないと思う。浄化の部品にするには、二人が必要だから。……レオは頭が良いから、もしかしたら気付いたのかも……殺されるとしたら、多分、美智子よ。」
「な、何故ですの!?」
オリヴィエ様の言葉に、女神様は悲しげに表情を歪めた。
「……[おひめさまと雪妖精]の話、覚えてる?」
「……それって、絵本になってる?」
兄上の言葉に、そういえば少し前にその話題が登ったな、と私は思い出した。
確か、部屋の片隅を占拠していた絵本を整理していた時に、美津様が読んでいた絵本の一つ。
最後、いなくなった妖精がどうなったか女神様に聞いて……え?
「……まさか、あの話と同じ事を……美津様とお母様の魔力を、同化させるつもりで!?そんな簡単に出来る訳が……!?」
「……元々美津は、私の魔力を受け入れてた聖女。まして二人は、血を分けた親子だもの。魂の繋がりが強いから、成功する確率は高いわ。」
「そんな……魔力が無くなったら、美智子は……。」
ぶるぶる震え始めたオリヴィエ様を、無理に起き上がったオックス様が何とか繋がった左腕で支える。
兄上と父上は詳しく分かっていないでしょうが、不穏さだけは伝わったみたい。
女神様は、私の胸に頬を寄せながら泣いている様だった。
「魂だけの存在……人が言う、[死]と同義よ。」
「……そんな。」
本当にレオナルド様が同化を狙ってるなら、……まずいわ。
私ならまず、美津様を瀕死の状態にしてから二人を脅すでしょう。……クルーレもお母様も、進んで行動してしまう可能性が高い。
「…………王子よ、そこまで堕ちるか。」
「どうしよう!早く見つけないと!……何か、何か目印でもないのかなぁ!?」
「目印……はっ!私、少しだけ本体に戻るわ!」
「え、ティアラ?」
「その前に……すぅ……はぁ…………えいやぁっ!」
ぷちっ、と軽い音で、女神様は自分の足を千切った。
それも、両足。
「ティアラーーっ!?何してますの!?」
「ぅううう……シリウスも、まだ元気でしょ!ほら手を出して!」
「え?え!?」
「…………う、動いてる。」
ぬ、ぬいぐるみみたいなむくむくな足が、私の掌の上でぷるぷる動いてる。……怖い。
「……そんな事して、大丈夫なのか?」
「また今度生えてくるわ!」
「「「生える!!?」」」
オリヴィエ様、オックス様、それに兄上。
私と美津様も、同じ事言いましたわ。
……父上も珍しく、動揺してますわ。だって、瞬きが異常に多いですもの。
「っ私の事はいいから!……シャリティア、シリウス。今から私、本体に戻るわ。レオナルドに渡した指輪を辿れば、居場所が分かる!……ちょっと無理矢理だから、ここと山で瘴気が噴き出しちゃうけど、緊急事態だから許してね!……ほら、私の足をしっかり持って!美津がどんな状態か分からないから、クルーレ達を見付けたら、シャリティア達を向こうに転移させる!待ってて……えっ!?居た!!!」
「えっ何処に」
「待って待ってそのマグマは駄目死んじゃうからあああああああっ!!!」
女神様の不吉な叫びの後。
私と兄上は、空に居た。
「わー。女神の山って上から見ても綺麗だねっ!」
「こんな時までふざけないで下さい兄上のばかあああああっ!!!」
久しぶりに、年甲斐もなく泣き叫ぶ私が居ました。




