新婚さんと王子様の問答3
少し痛く、残酷な描写が混じります。
それでも宜しかったらどうぞ。
「おーい、そこのレオナルドって名前の馬鹿王子ー!」
「…………へえ?本当に死にたがりなのか、お前。」
クルーレさんの返事に驚いていた馬鹿王子に殺意込められて睨まれるけど、今はそんな怖くない。
だって、私の旦那様の顔と視線の方がむっちゃ怖いもん。私を見てたうっとり笑顔を般若に変えて、馬鹿王子見てるもん。そっちの方が万倍怖いわ!
「ふん!私を殺してバラバラにしたら、その時点で部品無くなるやん。そんでもいーならやってみろやボケが!」
「……ははっ!この状況で俺を怒らせても意味は無いぞ?……確かに死なれちゃ困るが、部品には腕も足も必要無いからな。……最悪、頭だけでいい。」
「……へー。そうかい。」
「なんて事言うのレオ!!?……っ美津の身体に、魔力は毒なのっ!早く下ろして!!!」
「ティアラちゃんは黙っとき!邪魔や!!!」
「っ!でっ、でも……ぅっ、ぐす。」
泣きながら私を見つめてくるティアラちゃんを、クルーレさんに視線でお願いして隣で待機してもらう。
お母ちゃんはお姉様に捕まえられたまま、私に怒った顔向けてくるけど文句を言う様子は無い。……心配してるよなー、ごめんな。
魔法で磔の姿に固定されたまま馬鹿王子の真上に移動させられる私を、家族皆で心配して見てくれてる。
……大丈夫。こんなん、全然怖ないし!
私はこの世界に来る時に、いっちゃん怖い思いしてるもの。
悲しくて、苦しくて、凄く凄く、淋しくて。
もう、最後は考えるのも疲れて。
今、思い出しても……あの時、ティアラちゃんの声が無かったら。…………そっちの方が、怖い。
「……ふん、腕取られようが足取られようが、気にせんわ。そんなん脅しにもならん!……やっぱ、王子様馬鹿やな。流石レオン様の息子!深く物事考えない所、マジでそっくり!」
「ぁあ!?」
ぎち、と左腕が嫌な音で軋んだけど、……無視。
……痛い、けど。痛くない。
クルーレさんに噛み付かれる方が、ずっと痛いって思えば……平気!
「……っいやーだってさぁ?私やなくて、あんたこそ今この状況見てや!特にティアラちゃんの顔!」
馬鹿王子が私からティアラちゃんに視線を向ける。
……同時に腕の軋みが無くなったから、流石の王子様も対象に視線向けないと、細かいコントロール無理みたいやな。
「うっく……ひっく……みつ……みちゅに……ひどい…………レオひどいぃ……きらぃい……レオぎらいぃ……。」
ティアラちゃんは、涙で足元の床に小さな水溜りが出来そうな勢いで泣いてる。馬鹿王子への嫌い宣言混ぜながら。ガチ泣き中です。
「ティアラ……。」
「あーあーすっごい泣いてるわー。ティアラちゃん、かーわいそうやなー!……ほんま、誰やろな泣かした奴。」
「っ!」
「……おい、なんでショック受けんねん。こうなる事分かってたやろ。ティアラちゃんの理解者なあんたなら、何を好むのか、何を嫌がるのか知ってる筈やろ。なんで傷付いた顔向けとんねん。お前の自業自得やろが!」
「!……お、お前が、クルーレやお前がティアラに変な事教えたからだろ!?」
「止めろっ!」
クルーレさんの声の後にベキ、とかバキ、とか凄い音が聞こえた。……多分、私の左腕……折れた。
歯を食いしばっても、やっぱ痛い。
口の中、ちょっと血の味するし。力入れ過ぎた。
今の私、顔も動かせないくらいがっちり磔状態で空中に浮いてるから、私は確認出来ないけど……皆には、遠目でも折れたってすぐ分かる様な私の腕が見えてるんやな。
ぽた、ぽた、と水の滴る音も聞こえるから、……出血も、少ししてるかな。痛み以外の感覚ないから、こっちも多分やけど。
……でも不思議。痛いのに私、涙出てない。
……人間って、あんまりにも怒ってるとそれ以外の感情飲み込んじゃう生き物みたい。
「ぁ、ああ……なんて事……も、もうお止め下さいレオナルド様!母に罪があったなら、その罰は娘の私が受けます!どうか美津を許して!解放して下さい!……彼女のお腹には、子供がっ……貴方の孫が居るんですよ!?」
「オリヴィエ様!」
「だって、だってあのままじゃ……!」
オックスさんは私に近付こうとするオリヴィエちゃん抱きかかえて止めてる。
……ああ、ティアラちゃんの落涙量明らかに増えたな。お母ちゃんも声無く泣きそうなってるし。
お姉様とお兄様は顔真っ青、クライスさんなんて、マフィアからジャパニーズ青鬼になってる。
……クルーレさん。そんな顔せんといて。私、痛いの平気。こんなん、全然、ダメージでもなんでもないから。
そんな怖いだけの無表情、せんといて。
安心させようと出来るだけ優しく微笑んでみても、クルーレさんの表情は変わらなかった。
代わりに、お母ちゃんがお姉様の手の中で静かに泣き出した。……うん、失敗した。
「っはは!調子に乗るから痛い目に合うんだ!次は指を一本ずつへし折ってやろうか!?」
王子様は勝ち誇ったような、自信に満ちた顔で私を見上げて来る。……この王子様、やっぱ馬鹿かもしれん。
私が……クルーレさんの、妻である私が。
こんな痛み程度で大人しくなるような、そーんな乙女に見えるんやったら。
目が腐ってるとしか思えんなあっ!!!
「……っ、はっ、しょーもない男。」
「……っ、何?」
「っ美津止め!ほんまに殺されるで!?」
……ごめんなぁ。お母ちゃん。
分かってんねん。今、火に油注いだらあかんって、分かってんねん。
でも私な、痛いのも苦しいのも、我慢出来るけど。
言いたい事我慢すんのは、お母ちゃんに似て無理やから!
「……しょーもない男やないか!惚れた女の笑顔引き出す事も出来ん、ただ悲しませて、傷付けて、泣かしてるだけの男が、なーに偉そうな口叩いとんのや!」
「!……だ、だまれ」
「見ろや!お前の惚れた女!そこでびーびー泣いてるやないか!お前が人として、おかしくて酷い事ばっかするから泣いてるんや!なぁに私のせいにしとんねんっ、みーんな馬鹿王子の、お前のせいや!!!」
「……だまれ」
「はっ!……私がここで死んでも、ティアラちゃんはあんたと一緒に生活なんかせえへんわ!むしろあんたは余計に嫌われて、憎まれて、視界にも写したくないって拒絶されるのがオチや!……マジで笑えるわその未来!残念やったなぁ王子様!!!」
「……そんなに、死にたいのか、お前。」
「……お陰様で、あんたと違って私には死出の旅路にお付き合い下さる、素敵で無敵な旦那様が居ますから?私は死ぬの、ぜんっぜん!怖くないし!淋しくもないわ!……ひとりぼっち確定のっ、あんたと違ってなぁ!!!」
「……………………なら、……」
言いたかったであろう死ね、の単語を。
王子様は言えなかった。
「……ぁああぁぁあああがぁぁあああっ!!!」
最後、完全に意識を私に向けた瞬間。
王子様は顔……正確には両目から大量出血させて床に勢い良く蹴り転がされました。
同時に王子様のコントロールを失った私は、落下。
……怖くない。だって下には、私の旦那様が腕広げて待ってる。
持っていた剣を投げ捨て私をお姫様キャッチしたクルーレさんは、耳を生やしたまま、震える腕で私を抱き締めて、折れた左腕を見て泣きそうになっていた。
「……大丈夫。見た目より痛くない。」
「……うん。分かってる。」
「……い、いやー流石に死ぬかと思ったわ。まだ半分しか言えてない罵詈雑言どうしようかと……え、えへ!」
「……うん。もう大丈夫だから……頑張ったね、美津。」
「……………………クルーレしゃ、……ぐすっ。」
旦那様の胸板に、顔埋めてスリスリは嫁だけの特権にしてもらおう。
……勿論抱っこは良いけど。スリスリ付きは我が子にも譲れん。独り占めする。
腕の痛みが無かったら、安心し過ぎて数分で熟睡出来る自信あるよ。
暫く私の好きにさせてくれたクルーレさんは、泣き笑いの顔で困りながら私のおでこにキスしてくれた。
「……姉上に、手当してもらったら、またスリスリして良いから。……姉上!美津の応急処置だけして、後は医者を、」
「どけぇぇぇ!!!」
「「!?」」
クルーレさんと二人振り向けば、顔を血で染めた王子様が、お姉様達を壁に吹き飛ばして私達に走り寄って来ていた。
――――――――――――――――――――――
「うぐぅううっ、てぃ、ティアラっ、ティアラあ!」
レオナルド様は痛みに悶えながらも、恋しい女神を探し腕を伸ばそうとする。
……傷の修復に多量の魔力を消費してる。念の為、俺は予備で持っていた制御具をその腕に取り付け、そのまま床に押さえつけた。
クルーレには劣るだろうが、これでも元騎士団長だったんだ。……取り込み中のあいつに代わって、出来る後始末は俺がしよう。
……本当は、首を刎ねて殺したかっただろうに。
番いが望むから、とこの程度で済ませたクルーレに、俺は尊敬する気持ちが湧き上がった。
……俺だったら、その場で八つ裂きにしてるな。
本当に、女みたいな顔して、ムカつくくらい……嫁さん第一の、カッコいい男だ。
「ぐ、ぅう……なん、で?どうして?……俺は、ただ、ティアラが不自由、しない様に、って!」
「……お城の中で、女神は楽しそうでしたよ。」
「……っう、うう、嘘だぁ……っ!」
「事実です。……女神の、あの涙に、叫びに嘘は無いんです。どうか、今の女神を受け入れてやって下さい。そうしなけりゃ、貴方様の命も、惚れた女の気持ちも、……ここで消えるしかない。」
「…………っ!」
「オックス様、私は美津様の治癒を。兄上は薬と包帯、あと添え木に使えそうな物をすぐに持って来て!父上は、私の治癒魔法が難しい場合の手当を手伝って下さい!」
「……シリウス、私の書斎の薬箱を持って来い。添え木に使えるかもしれんから、杖も全部だ。」
「分かった!」
「了解です。……オリヴィエ様は、女神の側に。美智子様はクルーレにくっ付いてるんで、問題ありません。」
「は、はい!」
それぞれが行動を起こし、俺と共に屈んで制御具を取り付けていたシャリティアさんがクルーレ達の側に近寄ろうと、立ち上がった時。
「どけぇぇぇ!!!」
制御具の砕ける音と、俺とシャリティアさんが壁に叩きつけられたのは同時だったと思う。
…………っ愛子ってだけで、こんなにも差があるのか!?
どう考えてもクルーレより……魔力が多すぎるっ!?
痛みで霞む視界で、俺は見た。
レオナルド様は吐き出した小さな鉱石と水晶を、クルーレ達に走り寄りながら投げていた。
美津様を庇って、背中を向けたクルーレにその石が当たった瞬間。
ぱちん、と。
部屋の明かりを消す時の小さな音が響いて、クルーレ達が、消えた。
レオナルド様と、共に。




