新婚さんと王子様の問答2
クライスさんは、瓶の詰まった重そうなリュックをクルーレさんに渡した。
赤、ピンク、黒、オレンジなど色鮮やかな瓶が食欲をそそるのか、クルーレさんとティアラちゃんの目の色が変わる。
ああ……あれは、獲物を狙うハンターの目や。
「…………持っていけ。」
「「ジャム!!!」」
「…………皆と分けながら、仲良く食べろ。城に戻ってからも欲しければ送ろう。」
「あ、ありがとうございます、父上!」
「ありがとうクライス!……うふふ。これで美津にジャムサンド作ってもらおっ。クリームチーズとブルーベリーがすっごく合うのよ!シャルがよく作って森に持って来てくれてたの!」
「………………そうか。ジャムサンドなら、桃のジャムとヨーグルトを混ぜた物も合うぞ。」
「ほんとっ!?」
……うん、御三方。ほんわか仲良し癒される空間ですね。
私もずっと、見ていたいな。……今が、平和なら。
「……お、お前らは一回食い物から離れろっ!!!」
うん。今回は涙目の王子様が、正解。
どうやらクライスさんは、自分の作った商品褒められたのが、ものごっつ嬉しかったみたいで。
テンションマッハで上がってるらしい(お兄様談)
普段から眉間に濃いシワある、険しい顔してんねんけど。
……うん、まじで私のお父ちゃんに似てるわ。顔の職種が、ヤクザからマフィアに変わってる以外、多分一緒ちゃうかな?
あっ、ジャム入りリュックは空気の読めるお姉様が、しっかり片付けてくれました。感謝です。
「…………ああ、すまん。話は、レオン国王の事だ。」
「……っ!あんな奴の話はいらねぇ!クソ野郎!……母様捨てて、他の女も嫁にしやがった、……裏切り者だ!!!」
「………………そうだな、国王は馬鹿だ。……レオナルド様を自由にする為に、王妃を娶ったのだから。」
「…………え?」
この言葉に一番反応したのは、オリヴィエちゃんだった。
「……あの馬鹿王も、レオナルド様にとって城の中が苦痛で窮屈なのだと、知っていたからな。……だが、王の子が貴方一人だけだと、王太子として育てられてしまう。……ナタリア様の身体では、二人目は望めなかった。」
「は、はあっ!?…………何だよ、それっ……だから、他の……あの女を、娶ったって言うのか?」
おれの、ため?
王子様は声にも出さなかったけど……口の動きがそう言っているのが、私でも分かった。
「……そうだ。現に王妃が子を産んだ直後、貴方は外に逃げられた。今まで、……ナタリア様が亡くなってから、何度も脱走しようとしていた城から、簡単に逃げられただろう?……追っ手が放たれる事もなく。今この時まで、貴方は確かに、自由だった筈だ。」
王子様は、瞬き少なく、身じろぐ事もしなくなった。
オリヴィエちゃんも、何も言わず固まってしまった。
……震える事なく。泣く事なく。
ただ、静かな表情で話を聞いていて……それが余計に、淋しそうに見えてしまう。
「…………っ!」
そんな彼女を見兼ねたオックスさんは、自分の胸にオリヴィエちゃんを抱き寄せていた。
「…………オリヴィエ様。貴女が悲しむ必要も、嘆く必要も無い。」
「「!」」
「レオン国王は、貴女様も知っての通り、馬鹿で単純だ。……難しい事など、あの男は考えられない。……共に過ごした我が子を、ただ当たり前に愛している。……悲しむ必要など、何処にある?」
「……っはぃ。」
……オックスさんにしがみ付いて、オリヴィエちゃん、泣いてるみたい。
……うん。良かったね、赤毛!
「…………そんなの、嘘だ。」
ぼそりと呟く王子様に、クライスさんは首を振る。
「……本当だ。ナタリア様も、納得して」
「嘘だ!!!」
ばき、という音と王子様の頭の魔力制御具が砕けたのは同時だった。
「……お、俺は信じない!なら、ならどうして母様は裏切られたと言うんだ?捨てられたと言うんだ!?」
「……そんな事、いつ言われたのですか?」
ソファから起き上がりながら、砕けた腕輪やネックレスががしゃがしゃ音を立てて床に落ちていく。
……全部、壊れてる?
嘘……魔力量が多過ぎて、制御しきれなかったって事!?
クルーレさんでも十個付けたら、殆ど魔法発動しなかったから……そう言ってたのに!?
私を背中に庇いながら剣を構えるクルーレさんの質問に、…………王子様は、笑って答えた。
「いつって………………ははっ、今も言ってるよ!」
「それってどう……っえうわっ!!?」
「……っ美津!!?」
私の疑問は、勝手に浮かび上がった身体のせいで遮られた…………って、何これ!
振り返ったクルーレさんの腕も間に合わなくて、私、床から浮かんで天井近くにおんねんけど!?
目の前にシャンデリアあんねんけど!?めっちゃ眩しい!!!
「みっちゃんっ!!?」
「全員動くな!……特にクルーレ、お前だ。間違っても俺を攻撃するなよ?……ははっ!治癒とか直接魔力送り込むのは駄目でも、風に魔力混ぜたモノで間接的に触れる程度なら問題無かったな。……でも今、俺がコントロールを間違えたら……お前の番い、バラバラになるだろうなぁ?直接ぶつけられたらそれで終わりだよなぁ!?」
「……………………。」
「っはは!怖いな、ティアラと同じ顔なのに、そこまで変わるのか。……背も、俺よりずっとでかいし…………へぇ?爪も牙もけっこう伸びるんだな。暴力的で、野蛮なお前らしい!……力任せが多いし、お前、魔力あるだけで魔法の扱いも下手なんじゃないか?……それでも、俺の息子かよ!」
「…………私の父は、こちらに居るクライス・スティーアただ一人。貴方は、血が繋がっているだけの赤の他人です。…………私を、息子などと呼ぶな。」
「…………ああ、そうだな。俺も同意見だ。……お前を見てるだけで、虫唾が走る。」
「レオ!美津を離して!……やっぱり嘘なのね!約束守るつもり、初めから無かったのね!……嘘吐きな貴方は嫌いよ!!!」
耳だけでなく、爪と牙も生え揃ったらしいクルーレさんの隣に浮かぶティアラちゃんが、今にも泣きそうな声を出してる。
お母ちゃんが私に近寄ろうとするけど、お姉様が必死に止めてくれてる。
……うん。今こっちに来ると、何されるか分からん。お姉様、ナイスです。
「ティアラ…………嫌いだなんて、言わないでくれよ。俺は、お前を愛してるのに。」
「だったら、……私の話を、少しは聞いてくれてもいいんじゃないの?夫婦って、対等なのよ?……色んな事話し合って、支えあうモノなのよ!?」
「……だから、聞いただろ?俺は要らなかったけど、お前が欲しいって言うからガキ産ませたんだ。…………ティアラの理解者気取った、あのうざい女に。早めに死んで、せいせいしたなぁ!」
まだら頭を掻きむしって制御具のかけらを落としながら、クルーレさん達を挑発する様に笑う王子様。
今の言葉で、自分の番いがどんなに傷付いたのかも、気付いてない。
あぁ………………間違いない。うざいのは、お前や。
「だってティアラの事を知ってるのは、理解者は、俺だけで良い!ティアラも、俺の事だけ考えて、愛して、側にいたら良いんだ!……他の奴なんて、要らない。邪魔なだけだ!さっさとこっちに来い、ティアラ!俺と帰ろう!!!」
「…………、……貴方は私じゃなくて、女神を愛してるのね。レオ。」
「…………ははっ!何言ってんだ?お前は初めから女神だろ?」
そういう意味じゃ無いわ、と首を振るティアラちゃんは、誰が見てもしょんぼりとしていて。
さっきまでの怒りが嘘みたいに……風が吹いたら消えてしまいそうな程、弱々しい姿になってる。
「ティアラ?」
「…………貴方の、どんな願いでも……我儘でも……笑って聞いてくれる優しい女神様が、貴方は好きなんでしょう?……なら、今の私は違うわ。」
「!」
「……今の私は貴方と出逢った時とは違うのよ、レオ。……食い意地張ってて、泣き虫で、甘えたで、オヤツくれないとすぐに拗ねて、遊んでくれなくてもすぐ拗ねて。……でも、美智子に我慢も大事だって教えてもらって……まだうっかりもするけど、……何とか、自分なりに頑張ってる新しいティアラになったの。今のティアラで、これからもこの世界に……貴方の側に居たかったけど……。」
余計な知恵を与えられて、努力してる私を……貴方は要らないって言うんでしょう?
今の私は、天井近くまで浮かんでしまってるので、声だけ届いても小さなティアラちゃんの顔は分からない。
でも声で、今、どんな顔してるか。分かる。
どんなに傷付いてるか、分かる。
王子様はそんなティアラちゃんを始めて見たんか、おどろいてて何も言えなくなってる。
……いやいやいや、何オロオロしてんの!?否定しろや!
えっ、それとも何マジでそう思ってんの!?
なんなんマジでこいつふざけてんの!!?
「〜〜っっ………………すぅ、はぁー。」
……落ち着こう。深呼吸大事。うん。
でもまあ、落ち着いてもこの状況変わらんけどな。
王子様が言ってる通り、コントロール狂ったら私の腕とか足もげそうやし。
最悪、首飛んだら死ぬし。
足なら、まだええねんけど。クルーレさんに運んでもらうから。私の旦那様、喜んで肉体労働してくれるわ。
……でも、もし腕無くなったら、クルーレさんにしがみつかれへん。……それは、ちょっと淋しい。
それに…………。
「…………ごめんなぁ、赤ちゃん。」
最悪私、死ぬかもやけど。
赤ちゃんだけは、ティアラちゃんにお願いして助けてもらうから。きっと出来る。なんせ、女神様やし。
女神的奇跡、起こせるはず。
…………本当は、クルーレさんに赤ちゃんの面倒見てもらうのが、理想やけど。
聞いて、赤ちゃん。
あんたのお父ちゃんな、私が死んだら、殺戮マシーンになっちまう予定やねん。
……予定って言っても、皆の話聞く限り、高確率で殺戮マシーンなりそうで……私、あんたのお父ちゃんが、襲って来た人だけやなくて、友達とか家族とか、私達の大事な人まで見境なく襲うの……どうしても嫌やねん。
だから……お父ちゃんまで連れて行っちゃうかもしれんの、許してくれへんかな?
優しい叔父ちゃん叔母ちゃん、あとおもろい妖精婆ちゃんらと、見た目怖いだけの優しい爺ちゃんらも居るから。
絶対、淋しくない筈やから。私が保証する。
だからそん時は、私とクルーレさんの事……嫌っても良いから、それでも生きていてね!
私は赤ちゃんが生きていてくれるなら、それだけで嬉しくて、……得したって思えるから!
「…………ティアラちゃん!!!」
私の大声に、全員がこっちを向いてくれた。
「……私が死んだらっ赤ちゃんお願い!!!」
「……え、縁起でもない事言わないで!!?」
「そんでっ、クルーレさん!!!」
「ちょっと無視しないで美津!!!」
「みっちゃん!!?」
「………………………はい!」
私の友人と家族は、皆顔色真っ白ですね。
クルーレさんも、耳が生えたままで、やっぱり顔色悪い。
……怒るかな?うーん……いや、喜ぶかも。
私の旦那様、キチガイ気味やもんなー。
私の事好き過ぎて、離れるくらいなら喰い殺すとか言っちまう人やからなー。
「……私、一人で死ぬのっ、心配やからっ!……私が死んだらクルーレさんも死んで!!!」
皆のぎょっとした顔が視界の端に映るけど、今は無視させてもらおう。
だって今、私は旦那様見るのに忙しい。
……見納めかも、しれんし。
クルーレさんは、私をぼんやり見つめたかと思うと。
顔色悪く白かったほっぺを、離れてても分かる位の桃色に染めて。
「……うん、美津。……一緒に、死なせて?」
もう何度も見た、幸せ感じてるくしゃり顔で、クルーレさんは笑ってくれた。
……うん。周囲のドン引きにも気にせず喜んでる。流石、私の旦那様です。それなら、安心して……。
……安心して、あの馬鹿王子に言いたい事言えるなぁっ!!?(激怒)
みっちゃんが、おこになりました。
黒騎士様が、ヤンデルさんでした。
あれ、いつもの二人とそこまで変わりませんね!
こんな感じの主役二人の物語も、何とかラストスパートに入りました。
このままお付き合い下さると嬉しいです。




