王子様の秘密
シャルーラさんの想像とは違い、魔力を普段と違う使い方をした為に余儀なく数年の眠りについていたらしいティアラちゃん。
……王子様には伝えてたみたいやけど、この文面やと、勿論シャルーラさんは教えてもらってない。
子供が産まれた事や、順調に育っている事や城で生活を始めた事も知っていたけれど、やっと目覚めて最初にシャルーラさんにお礼を言う為、会いに来てみれば、……その日はなんと、シャルーラさんのお葬式の日。
あまりの悲しさに泣きわめき。
ティアラちゃんは妖精姿で、こっそりシャルーラさんの部屋に入って、見付けた手帳を少し開いて……ちゃんと読まずに鍵をかけてしまった。
流し見て王子様の悪口っぽい言葉を見た瞬間に、信じられない、で頭がいっぱいになったんやろなぁ。
そのせいで、中途半端に強い魔法になっちゃったみたい。
今はしっかり理解して、感動しながら泣きわめいてる。
……ちょっと、うるさい。
あと、眠っている間にどうしてクルーレさんの事を知ったのかと言うと、……王子様がちょいちょい報告してくれたからやって。
私の貰った腕輪と似た、会話だけ出来る指輪をお互いで持っていたから出来たらしい。
王子様はおそらく、嫌がらせなお土産を届けるついでに、クルーレさんの様子を見てたんやろうなぁ。
現在連絡が取れないのは、本体から指輪を回収するのを……うっかり忘れた、せいらしいよ。ティアラちゃんもブレへんなぁ。
……まあ、うん。そうか。
この手帳とティアラちゃんのおかげで、何となく分かった。
取り敢えず。
王子様を見っけたら、クルーレさんに殴ってもらおう。
「こんなにあほで可愛い私の友達、大事にせんクソ野郎は私がしばいたるから!ティアラちゃんは安心しとき!」
「ぐすっ……み、みぢゅぅ〜っ!ふえっく、えっく!」
手帳から離れて、私の胸にへばり付く妖精の頭を撫でる。
泣きじゃくる姿が可哀想で、可愛くて。
シャルーラさんの、ティアラちゃんを大事にしたいって気持ち、凄い分かる!
「あはは。仲良しだね!」
「…………女神の哀れな姿に、目が眩んでないかお前の嫁。」
「…………ええ、腹立たしい事に。私の妻は、小さかったり、可哀想だったり、おまけに可愛いかったらすぐに心奪われるんです。……私、可愛くはなれても小さくなれないのに。」
「うん。ティアラはみっちゃんの好みドストライクやからな。……クルちゃんもほら、悔し泣きせんと。あんたもみっちゃんのドストライクやから。安心し。」
「姿だけならお母様もなんですが……まあ、駄目と言っても何度も女神におやつを与えようとなさるのには、本当に困ったものです。」
「か、可愛いのは別に良いでしょう?」
「オリヴィエ様……そういう問題では……。」
外野が何か言ってるけど、気にしない!
犯人も確定したし、する事はまだあるんやから!
全員が座る椅子が足りない為、クライスさんの部屋から食堂に移動して、今分かっている事の確認と、これからどうするかの作戦会議をする事に。
長テーブルに全員着席し、卓上ではお母ちゃんとティアラちゃんがタオルで座布団作って座ってる。
席順は上座からクライスさん、お兄様、お姉様。
下座、クライスさんの正面からクルーレさん、私、オリヴィエちゃん、オックスさん。
私の目の前で妖精二人は仲良く寛いでます。……可愛い。
「……あれ。なら、父上が見たという逃げていった人影は、一体誰だったのかな?」
まず最初に疑問を口にしたのは、シリウスさん。
シャルーラさんを襲っていた、王子と違う髪色の人物。……うん。確かに気になる。
護衛の騎士達の目撃証言もあるのに。どうやって?
「……見たのが、黒と白のまだら頭なら、レオで合ってるわ。彼は子供の頃から、魔法で髪の色を変化させてるの。」
「で、でも王子様は湖に居たって……。」
「……レオが本気になれば、幻覚なりなんなりで相手を誤魔化すなんて簡単だと思うわ。」
ティアラちゃんが言うには、王子様は産まれた時から母親であるナタリア様に魔法を掛けられ、レオン様に似た背格好、同じ瞳と髪の色にされていたらしい。
彼の本当の姿は、獣人にしては色白な細身で、黒と白のまだら頭。……そして、黒に血を落とした様な紅の瞳。魔力量も、クルーレさんに劣らず桁違いに多く、コントロールもとても上手かった。
そう。レオナルド様は当時、両国が探していた聖女召喚に必要な人材そのものだった。
……実はナタリア様、役目を終えた歴代の聖人達が暮らしていた、リアーズの小さな集落の出身。
ティアラちゃんが王子様から聞いた話では、招かれた聖人達を忌み嫌っていた彼女は、自身の息子が巻き込まれる事を恐れ、誰にも、レオン様にも知られない様に魔法で誤魔化し続けた。
産後で弱っていく身体を無視して魔力を使い続けた事で、……亡くなってしまった。
ナタリア様が亡くなった時、王子は三歳。
きっと彼女は必死に魔法を教えたはずや。
そして教えられた魔法で、王子自身が姿を誤魔化し続けたんや。
……お姉様が言ってた。姿を変えたり空を飛んだらする事は、私の想像よりも難しいって。
幻覚だけなら大丈夫でも、触られてもバレない為には肉体から変化させないと駄目で……姿をイジる行為は本当に難しいらしく、少しでもコントロールを間違うと元の自分の色や姿に戻らなくなったり、身体の一部……顔だと、目玉や舌が無くなったりする人が居る。
空を飛ぶのも結界魔法とはまた違い、風に自分の魔力を混ぜ込む量を少しでも間違うと空から真っ逆さまに落ちたりする。一瞬でも気を抜くのも駄目。
どちらも長時間……それこそ、何年も使い続けるのが、どんなに大変か。
クルーレさんみたいにいつでも全力投球なんかしてたら、命がいくつあっても足りないと。しみじみ言ってた。
……長年、難しいコントロールが必要な魔法を使い続けた結果、ドラゴン無しに空を飛べる様になったなら。
……世界中にビラを撒き散らすのも、単独で空飛べんなら、簡単やろうな。
「…………山で接触された時、何を言われた?」
クルーレさんの言葉に、ティアラちゃんは私を見て、泣きそうな顔になった後、小さな両手でほっぺを叩いた。
結構、いい音した。
「…………どうして、お前が山で寝てるんだって、言われたわ。聖女を、……美津を、マグマに放り込む予定だっただろうって。」
クルーレさんが立ち上がろうとするのを、服を持って引き止めた。今は、話を聞く時。
質問は、その後。
クルーレさんは、私の顔を見て泣きそうになりながらも座り直して、私の手を縋るように握って、ティアラちゃんを促した。
「…………レオは、私を責めた。一緒に暮らす約束はどうした。ずっと待っていたのに、どうしてここに居る。聖女はどうした。……俺を、やっぱり捨てるのかって……そんなつもりじゃ無かった!こ、この姿だと、ある程度の距離まで近づかないと、レオの居場所分からなくて、指輪も本体に付けたままで連絡の取りようがなくって……お城の中でレオの話はしちゃ駄目だと思ったから、誰にも相談出来ないし……だから私、こっそりレオが本体に会いに来てくれるの、待ってたのって……そう言ったの。」
話してみたら、美津はとっても優しくて。シャルーラみたいに仲良くしてくれた。
美智子とのおやつの取り合いも、賑やかで楽しくて。
クルーレも、妖精姿なら一緒に居ても怒らないから。
……皆一緒なら、淋しくないから。
だからレオも、お城で私と一緒に、皆で暮らそうって。
……でも。レオは。
「……ははっ!俺と同じ、狂った雄と話が通じるものか。番い以外は興味無いんだぞ?……意味分かるか?」
「……レオ?」
「……俺も、お前以外要らない。ティアラが側に居ないなら……こんな世界、滅びたらいいんだ。」
「!?」
「お前に触れない。抱き締められない。……封印されているお前を、眺める事しか出来ない今この時が、俺にとって、どれ程の苦痛だと思う?」
「ご、ごめんなさいっレオ!でも私、もう瘴気で傷付く世界を見たくないの!……それに美津は、クルーレの奥さんになったのよ!?妊娠もしてる!……私達の、子供と孫の為にも、これが最善だと思って……私は……っ!」
「…………ははっ、ティアラはやっぱり、……世界が大事で、愛子を愛していて……俺だけを、選んではくれないんだな。」
それなら俺も、勝手にする。
迎えに行くまで、誰にも言うな。黙ってろ。
……俺を、ちゃんと、愛しているというのならな。
そう言って本体から離れていったレオの声が、淋しそうで悲しそうで。私は、彼に何てことしちゃったんだろうって思ったの。
「わ、我儘だった?私だけ楽しくて、嬉しくて。……でもレオはその間、ひとりで私を待ってて。でも私、皆と……美津とお別れ、嫌で……どっちも、好きで、大事は駄目だった?……ど、どうしたら良いのか、もう分かんないの。」
ティアラちゃんは、泣くのを必死に我慢して、私に聞いた。
「……取り敢えず、確認すんねんけど。ティアラちゃん、私をマグマにポイする予定は有り?」
「「「「「無し!!!」」」」」
クルーレさん、お母ちゃん、シャリティアさん、オリヴィエちゃん、そしてティアラちゃん。
元気なお返事ありがとう。
「……つまり、女神様の本体はそのまま。……王子様に妥協してもらったら解決やな?」
「いや、そう簡単にはいかないと思うぞ?相手は雌狂いなんだろ?……それも、クルーレ並みの魔力持ち。」
オックスさんの言葉に、皆がクルーレさんを見てから、頷く。お父様もお兄様も、この数時間の間に色々と察して下さったみたいで。いやー助かります。
「……ふん!私は、美津の望みならどんな事でも叶えて、……嫌われるかもしれない事なんか、絶対にしませんよ?……私に、美津諸共死ねと?」
「クルちゃんもぶれへ……あっ、成る程な!」
お母ちゃんの一声に、皆が注目した。
「えぇー皆分からんの?……あんな、王子様はティアラに絶対嫌われへんと思ってんねん!……例えばやけど。美津は優しい良い子で、許容範囲広いけど……普通の感性、常識ある人間や。もし、クルちゃんがその王子様みたくゴミ屑みたいな変な事したら、……流石の美津も、クルちゃんを見限るかもしれん。でもティアラは、女神様や。今まで、永い間この世界の存在みーんな大好きで、大事やった筈や。……そういうの、私らの産まれた世界では不変って言うねん。何があっても変わらないって意味や。……ティアラがそういう存在やと、王子様、勘違いしてんのとちゃうか?……今のティアラ見たら、そんな事思わんのに。」
お母ちゃんの言葉に、お姉様とオリヴィエちゃんが頷いてる。
……クルーレさんは、私と繋いだ手をぶるぶる震わせながら縋るような目で見つめてくる。
……お母ちゃんのせいで、弊害が起きてる。
もう!そう簡単に見限れるほど薄っぺらい気持ちちゃうから。少しは信用して下さい!
そう思いながら頭を撫でてあげたら、私の旦那様はやっと、笑顔を見せてくれました。良かった。
「……女神様の認識としては、お母様の意見を聞いてどう思いました?」
「…………そ、そうね。確かにクルーレが産まれてからは、良くないって分かってても贔屓しちゃう気持ちが出てきて……オリヴィエに色々したくなるの、我慢してたわ。」
「ひぃん!?」
「おいおいおい!」
「……はっ、も、もう思ってない!クルーレが許すって言ってからは、全然思ってないわ!怯えないでオリヴィエ!」
即座に立ち上がって剣を取るオックス様に、愛を感じてうんうん頷く私とクルーレさんとお母ちゃん。
そういうのの積み重ねが大事と思うよ。頑張れ!
だから話戻すけど、興味無いとかじゃないから!拗ねないでねオリヴィエちゃん!
「…………本来なら、この世界に存在する全てに平等な愛情を注いていた女神は、……王子を愛し、そしてクルーレが産まれた事で認識や感情に変化が起きた。……王子は、これを知らない?」
「……多分。…………何か、変な話やなぁ。ティアラちゃんを変えた張本人やのに、気付いてないとか。」
身体は大人でも、当時まだ十歳だったレオナルド様。
今はもう、四十過ぎてるおっちゃん。
愛しい番いは、世界を創り世界に愛情を注ぐ女神様。
そんな女神様の心を射止めたのは、……人と同じ恋心を抱かせたのは、不遇の果てに国から逃げた王子様。
ゲームや漫画、昔話に出てくる様なヒロインとヒーロー、そのものやなぁ。
「なぁなぁティアラちゃん。」
「…………何、美津?」
「もし、もしな?私が王子様に虐められてたら、ティアラちゃん、どうする?」
「「黒いビリビリの刑。」」
「お母ちゃんまで混ざらない!ややこい!!!」
「えーだってなー。」
「そうよ!美津は虐めたら駄目なの!ちょっとの事で大怪我しちゃうんだから、問答無用でレオはビリビリなの!……魔法攻撃には頑丈だから、ちょっとくらいキツくても平気なの!!!」
「…………そ、そっかー。なら、そん時は助けてな。」
「うん!……シャルーラみたいな悲しい事、絶対させないわ!」
「私もみっちゃん虐める奴は許さへん!ヤっちまうぞ、ティアラ!」
おー!と拳を天井向けて言いあう妖精二人。マジで可愛い。頭撫でとこ。ぐりぐりぐりっと。
「まあ、王子様は近いうちに、私とティアラちゃんに会いに来るんやろうなぁ。」
ティアラちゃんの本体を、解放する為に。
もう聖女ではない、私を使って。
「…………ほんまに、どうする気なんやろ?今の私じゃ、魔力無いから瘴気の取り込み出来ひんのに。」
皆があーでもないこーでもない、と対策を口論する中。
小さく呟いた私の言葉に反応する人は、居なかった。




