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女神様のお友達2



私が拾い上げた手帳を見せても、ティアラちゃんはもう攻撃してこなかった。



「……その手帳、シャルーラのでしょ?」

「そう。クルーレさんのお母さんの物。ティアラちゃんは……シャルーラさんと、知り合い?友達やったんかな?」

「!う、うん!昔ね、ここの近くにある森で日向ぼっこしてたら、歌を口ずさんでるシャルーラが居たの!」


赤ちゃん二人も居て、あれって一人はシャリティアだったんでしょと両手をぶんぶん振りながら続く言葉に、私は頷いて先を促した。



うんうん。ティアラちゃん、……やっぱちょろい。



そしてなんと、シャルーラさんはクルーレさんと同じ女神の愛子(いとしご)と呼ばれる存在らしい。


でも、シャルーラさんはお姉様と同じプラチナブロンドの髪にアーモンド色の瞳、顔も美人系じゃなくて小動物系の愛らしい感じらしい。……ほんまに?



私の疑いの眼差しに、両手を上下に振って精一杯の否定を表現してくる。……ほんま、めっちゃ可愛い。


「……う、嘘じゃないのよ!?だって、頭以外一緒なんだから!」

「え、頭?」

「……う、うん、身体のカタチ。私とシャルーラは、顔や髪や瞳の色……頭のパーツ以外は、全部同じだったの。」


嬉しくて、初めはこっそり覗くだけにしていたのがうっかりバレて、それからは森の中で楽しくおしゃべりしてたの、とティアラちゃんは続けた。



名前も、他人行儀を嫌がったシャルーラさんが名付けてくれたらしい。



「私、妖精姿(このすがた)で双子のおしめ、取り換えた事もあるのよ!」

「えっ、有難うございます!女神様にしてもらってたなんて、少し恥ずかしいなー。」

「……兄上!そういう問題ではありませんわ!」

「ん?ティアどうしたの?……可愛い顔が台無しだよ?」

「シリウス、黙れ。」

「……父上まで、酷いなぁ。」


うん。なんかお兄様、ちみっとズレてる。

見てる分にはオモロイからええねんけど。また今度、ややこしい話の後、ゆっくりした時でええかな!


「えー、ごほん!…………おしめ替えてたなんて、ティアラちゃんは偉いなぁ。シャルーラさんも喜んでたやろ?」

「!うん!いつもありがとうって言ってくれてたの!」



あまり誰かに関わると、力に目が眩んでしまうのが人の常だったティアラちゃんは、なんの興味も見せずにただ優しくしてくれるシャルーラさんが大好きだった。



少しずつ大きくなっていく赤ちゃんも可愛くて大好きで。

産み落とす苦労なんてすぐに忘れてしまうくらい幸せなの、と話すシャルーラさんがキラキラと輝き、とても綺麗だったと話すティアラちゃんの言葉に。

スティーア家の面々が鼻をすすったり目を潤ませたりしてる。



「子供と一緒に居る幸せそうなシャルーラが、私、羨ましくて……私も世界(こどもたち)を愛してるけど、シャルーラとは何だか違う気がして、……だから()()()の子供が欲しいなあって思ってそう言ったら、まずは恋をしないと無理って言われたの。」

「……恋?」

「そう!この人の子供だったら産んでやろうっていう相手じゃないと駄目なのよって。私の旦那みたいな、素敵な男じゃないと親友の私は許さないって!」

「…………。」



おお。クライスさんは口元を隠してるけど、照れてるのが丸わかり。ほっぺ、赤い。



「私がうっかりだから、シャルーラ凄く心配してくれて…………レオの事も、最初は子供だから駄目って、」

「レオ?」

「……………あっ!?」



ぱふっと口を塞いだティアラちゃん。しかしもう遅い。

皆、聞いてましたから。

レオ、…………レオとな?



………子供で駄目な、レオと言えば。


スティーア家に訪れてから、今までの会話の中で登場したのって……一人しか、居なくね?



この言葉を聞いて、クルーレさんとシャリティアさんの顔色が青から白になりました。



「ま、まさか……?」

「嘘だ……嘘だと言え、女神。私の、…………私の父親が、ミスティー国の、レオナルド様では無いと。レオン様の血縁では無いと!そう言え女神!!!」

「あんたらどんだけ嫌やねん!」

「「物凄く嫌です!!!」」



まさかの即答、ダブルで頂きました。

お、お姉様まで……そんなに?そんなに?



「…………あの馬鹿王、私の子供に何をした?」



何を言っても火に油な気がして、弁解も出来ない私が居ました。ああ、許してレオン様。

眉間のシワびっきびきのお父様のお叱り、後日受けてください!



「ち、ちちち違うわ!レレレオは、ち違うの!」


顔色を赤に青にと器用に変えながら、両手をぶんぶん振り回して否定するティアラちゃん。……分かりやすいなぁ。


一応、トドメの駄目押ししておこう。


「…………そうかー。レオナルド様以外でティアラちゃん、旦那様おんねんなー。それ誰?」

「えっ!?私が夫に選んだのはレオだけよ!?」



うんうん。ティアラちゃん、マジでちょろい。

そしてクルーレさんとお姉様、床に這いつくばるのはおやめなさい。

二人のお兄様、オロオロアワアワしてるから。



「はいアウトー!」

「……ああぁああ美津ずるい〜!」



オマケでお母ちゃんに指され、私を見ながら半泣きになったティアラちゃんが居ました。


「いや引っ掛けしてないし。正当な質問しただけやん。……それで?どうしてシャルーラさんがクルーレさん産んでるん?物理的におかしいやん。」

「ぅうう……私の身体だと、赤ちゃん産めないの。」



詳しく聞くと、分身体も本体も触れる実体ではあるけど、妖精と同じで魔力の塊に変わりはない。


血と肉で出来た身体を持つレオナルド様との間では、子供は望めないらしい。



レオナルド様は、子供は居なくても構わないと言っていたらしいけど、……ティアラちゃんはどうしても、二人の愛の証が欲しかった。



……だから、シャルーラさんに泣きついた。

身体を、貸してほしいって。



「か、貸す?」

「……私とシャルーラは、身体のカタチが同じだったから……私がシャルーラに、一時的に魔力を同化させれば……私達は()()()()()()。だから、一度だけ……私の加護があっても、獣人の血が濃かったレオが相手だから産まれない可能性もあって……でもシャルーラがどうしても無理なら、諦めるからって……私、お願いして…………レオと、」

「……私の妻が、それを許したと?」



クライスさんの、怒気の混じった問い掛けにティアラちゃんはぶるぶると震えていた。


親友の為と言えば聞こえは良いかも知れない。


それでも、……好きでもない男相手に、やなんて。



私にとっては、死にたくなる地獄や。



「は、初めは断られて……でも、レオがシャルーラに直接お願いしてくれたら、一度だけならって……。快く引き受けてくれたって、レオが言ってた。」

「え。直接?……レオナルド様が?」



……雌狂(めすぐる)いって自覚してる様な危険人物がお願いしたって…………それ、どんな方法で?



「…………お前は、本当に愚かで馬鹿な女神だな。」

「え、……どう言う、意味?」

「本当に、分からないのか?……相手は私と同じ、雌狂(めすぐる)いだとお前が言ったんだぞ?私なら、……己の番いの願いを叶える為に、相手の夫の命や、子供の命を人質にして関係を強要するだろうな!お前は、……お前は母上の気持ちに、言葉に、何も気付かなかったのか!?どう考えても脅されて、……無理矢理相手させられてるじゃないかっ!!!」


クルーレさんの言葉に、ティアラちゃんは青褪めた顔のまま、首を横に振り続ける。

そんな事、ありえないって。違うって。


……うん。信じたいって気持ち、私も分かるよ。

どんなに怖い事口にしても。脅す様な仕草をしても。


自分の大好きな人は、大事な最後の一線、超えたりしないって。信じたい気持ち。



「ティアラちゃん。」



でも。それでも。



「……この手帳の魔法。ティアラちゃんの仕業やろ?」


びくりと大きく震えたのが、返事やった。


「……何が書いてあったん?」

「っ!……う、嘘が……ぐすっ……書いて、」

「……どんな嘘?」

「ひっく…………レオ、レオは、嘘吐きだって。私の事は、好きだけど……私以外は、嫌いだって!私が大事にしてるの、みんな嫌いだって書いてあった!私が大事にしていいのは、レオだけって……っ。シャルっ、私に、嘘……。」

「……ティアラちゃん。よぅ思い出してみ?…………シャルーラさんは、誰かを傷付ける様な、悲しませる様な嘘、友達に言う人やった?」


私の言葉に、大粒の涙を零すティアラちゃんは、……首を何度も横に振った。


「…………い、いわないぃっ……シャルっは、そんな事しないぃ〜っ!……ぁ、あーん!ごめ、ごめんなさ…シャルぅぅごめんなさああぁあい!ああぁああん!!!」

「うん……うん。好きな人に嘘言われんのは、嫌やなぁ。悲しいなぁ。……大事な友達が、自分のせいで嫌な思いしたなんて、ほんまに苦しいなぁ。」


私はお腹にくっ付いてきた女神様を持ち上げて、子猫を抱っこする様に胸にしがみつかせた。

クルーレさんが凄く落ち着くって言ってくれる、私の心臓の音が聞こえる様に。



「美津!そんな害しか与えないモノ、捨てなさい!」



えうえうと泣くティアラちゃんを見て怒りの沸点をとっくに超えているクルーレさんは、耳を生やしたまま私に詰め寄ってくる。


「……は?嫌やし。」

「っ美津!」

「……何で私が、こっちの世界で出来た友達、殴り飛ばすの確定の旦那様に渡さなあかんの?」

「…………………………と、とも、だち?」



皆、私が何言ってんのって顔して見てくる。

でも、お母ちゃんとオリヴィエちゃんは私の側に……クルーレさんとの間に入って壁になってくれた。



「気持ちは分かるけどクルちゃん、ちょっと落ち着き!」

「そ、そうですわ!ティアラ、本当に知らなかったみたいですし!……手帳の魔法解いてもらって、そちらを確認してから……っ!」

「姫、お母様まで……っ!邪魔、しないで!そいつのせいで、私の母上は……っ!!!」

「だーかーらー落ち着きって!ティアラの話だけじゃ偏る!あんたのお母ちゃんの手帳見て、それから続き話しゃあええやん!」

「でもっ!」

「………………クルーレさんも、私がひとりぼっちやったら満足なん?」



私の言葉に、クルーレさんはびくりと身体を揺らした。


「私、この世界に来たってちゃんと分かった時。皆優しく看病してくれるし、有り難くて、嬉しくて、申し訳なくて。でも……。」


それでもすっごい、怖くて淋しかった。


家には帰れない。家族も無事か分からない。そんな世界で、独りっきり。


クルーレさんを好きになってマシになったけど、それでも時々、私は無性に孤独感を味わっていた。



お母ちゃんが帰って来てくれて、お父ちゃん達と話せて……それがやっと無くなったんや。

……そんで、人間って欲張りやから、何か揃うと他も欲しくなるやろ?



「私の頭ん中覗いてたんや。知ってるやろ?」

「っ!」

「お母ちゃんもクルーレさんもお姉様も、私には家族やった。……ティアラちゃんとオリヴィエちゃんは、この世界で出来た、私の友達。……私の許可なく、友達の言い分聞かんとしゅぱっと切り捨てようとすんの、夫の立場であっても、おかしないか?」

「で、でも……っ!」

「…………クルーレさん。」

「っはい!」


静かに声をかけながら睨みつければ、クルーレさんは怯える様に一度震えてから、元気にお返事して来た。


良い子ですねーそれでも今の私は許さんけど。


「今のクルーレさんは、怒りのぶつける所探してるだけ。殴れるサンドバックが欲しいだけ。…………そんな暴力旦那、こっちから願い下げや!なんかあるたんびに殴られるかもーって怯えなあかんなんて、私嫌や!」

「み、美津を傷付けるなんてっ!私しない!」

「ふーん?……でもその言い方やと、お母ちゃんや私の友達は殴るかもしれんよなぁ?私以外は可能性あるよなぁ?」


蔑む様に睨んでやれば、本格的にがくぶる震えだした旦那様。……嘘が嫌いな私の為に、誤魔化す言葉も出せない素直な旦那様です。


うん、ちょっと可哀想。でも躾、大事!



「……ティアラちゃん。この手帳の魔法、お願いするわ。シャルーラさんがもしかしたら勘違いして、王子様の事悪く書いちゃってる可能性もあるやろ?私と一緒に確認しようや。」

「ぐすっ…………うん。」

「ありがと。…………クルーレさん。」


びくっと反応して、私の近くで床に正座し出したクルーレさん。……頭に乗ってるお母ちゃんから、入れ知恵されたな。まぁ良いけど。


ティアラちゃんが手帳とにらめっこし始めたのを確認して、私は愛しの旦那様に抱きついた。



「!!!」

「……キツイこと言って、ごめんな。」



それでも。


話を聞く限り、世界の為に今まで独りぼっちやったティアラちゃんは……多分、始めて出来た友達がシャルーラさんで、愛した人がレオナルド様やったと思うねん。


どっちも大事で、どっちも信じたくて。

どうしたら良いか、分からんかっただけ。


色々初めてやってんから、そりゃ失敗もする。


それでどこが悪かったんかって、教えもせんとぶっ飛ばすのは、なんかちゃうと思わへん?



「…………でも、母上は……女神に裏切られた様なモノじゃないですかっ。」

「…………うーん。皆から教えられた人物像やと……された本人、被害者と思ってないかもなー?」



クルーレさんの不思議そうな顔を見てから側を離れた私と、ティアラちゃんが手帳を持って来たのは同時だった。




私は、床にしゃがんだ状態のまま背中にクルーレさんを乗っけ(重い)くたびれた赤茶色の手帳を開いて、皆に聞こえる様に音読した。





産まれた赤ちゃんの名前は、クルーレ。


体重は4100グラム。身長62センチ。


泣き声をあげると決まって黒い犬耳が飛び出して、とっても可愛い。

体温も、双子よりあったかく感じる。耳の手触りが最高だわ!


弟が出来て急にしっかりしだしたシリウスとティアが良く面倒を見てくれて、本当に嬉しい。

私の身体は、もうあまり動かないから、本当に助かる。おしめの変え方も、とっても上手!

一度言っただけで出来るだなんて!二人は天才だわ!


ああ!私の子供も、ティアラの子供もどっちも可愛い!

ティアラに似て綺麗な黒髪!綺麗な瞳!好き!



―――――



……ティアラも、赤ちゃん見てくれたかしら?


おっきい姿は瘴気の影響が強いからって、いつもならこっそり妖精の姿で会いに来てくれるのに……あの嫉妬深い馬鹿王子に邪魔されて、まだ見てないのかしら?



ああ!ティアラの全部が好きって言ったくせに、ティアラに隠れて私と子供達にネチネチ嫌味言いまくってくるし!私達と仲良くするのが駄目って、何でよ!

な〜にが俺が居たら良いだろ、よ!

駄目に決まってんじゃない!淋しいじゃない!……私がっ!


それをあの嘘吐き王子!!!ティアラの前でだけいい子ちゃんぶって!調子に乗って!許さないわ!


……あの馬鹿王子の大事な所、引っこ抜いてやりたい。

もう二度と使わないんだから、良いでしょ?ねっ!


愛した人の大事なものもひっくるめて愛し守るのがステキな夫婦なのよ!私とクライスみたいな夫婦!ティアラにもそんな夫婦になって欲しかったのに!

ああ!本当に腹が立つ!あの嘘吐き馬鹿王子!



―――――



今日も、ティアラには会えなかったなぁ。


はっ、まさか……クルーレを産んでから、視力も少しずつ弱ってるみたいで、今なんて少し離れるとクライスの輪郭も分からないくらい霞んじゃう時があるの。


……耳も悪くなって来てるから、話しかけてくれてても気付いてなかったら……どうしよう?ティアラ、淋しがってないかしら?

……可愛いティアラに頭撫でてもらうと、元気になれたのになぁ。淋しい。


……私が死ぬ前に、会いに来てくれないかなぁ。








「……………………ははうえ。」



クルーレさんの声に、鼻声が混じる。


一言も、ティアラちゃんへの負の言葉は無かった。

只々ティアラちゃんの、友達の心配をしていただけ。

会いたいと、望んでいただけ。



……クルーレさんを、心底可愛いと思っていた。



やっぱりシャルーラさんは、とっても賑やかで、楽しくて、……素敵で優しいお母様やった。




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