新婚さんは実家に帰りたい2
馬車でガタゴト揺られ進む事四日目の昼。
オリヴィエちゃんも馬車での旅に少し慣れたらしく、昼休憩時に馬を愛でる様になりました。
初めは獣臭いとか鼻息荒いとか文句言っていたけど。
私とお母ちゃんで、
「よーく見てみ?このつぶらな瞳。風になびく上品な鬣。」
「そして、かなりの重量なってる私らを蹴りつける事なく乗せてくれる優しさ。……これぞ、縁の下の力持ち。良い子の見本!」
と事あるごとに言ってみたら、最近では手ずから林檎をあげて可愛がる様になりました。
……うん。オリヴィエちゃん、やっぱりちょろい。
「…………ひ、姫が……薄汚れた家畜に触れるなど、絶対に考えてもいなかった、あの姫が……?」
「オックス様。どうかオリヴィエ様とお呼び下さい。……お三方が仲良くして下さり、私は有難いのですが……はぁ。」
「…………美津、楽しそう。…………姫狡い。」
「いったい何処をどう見てお前はそうなるんだ!?」
「……設定を忘れて妹に不埒な事をしてはいけませんわよ。クルーレ。」
「……ぅうゔ。分かってます。だから我慢してるじゃないですか。…………でも、美津可愛い。……噛みたい。舐めたい。突っ」
どごん、と重みのある音が響いて周りを見渡せば、あちゃーと両手で頭を抱えるオックスさん。すぐ側でうずくまるクルーレさん。
そして、片足をカッコよく持ち上げてるシャリティアさん。今日の紺色のパンツスーツ、とてもお似合いですお姉様。
「……どうしたん、クルーレさん。またお姉様怒らして蹴られてんの?」
「……あー。みっちゃんは気にせんでええわ。うん。あれ、自業自得や。」
お母ちゃんが訳知り顔なので気にするのは止めて(美津酷い!/byクルーレ)昼食で使った食器を馬車に戻していく。
後はマグカップ類だけという時に、復活したクルーレさんにひょいっと軽く持ち上げられ馬車に乗せられてしまった。
頭の上に居たお母ちゃんもご一緒し、オリヴィエちゃんもオックスさんに抱えられて隣に転がされました。
「ちょっと乱暴ですわよっ!?」
「き、急にどしたん?」
怒るのも無理はないので私も文句を付け足せば、お姉様に「お静かに、巡礼者ですわ」の言葉を受け私達は大人しくなった。
スティーア家は代々、果樹園と酒蔵、そして豊かな森と美しい湖を所有、管理しているらしい。
岩山の位置、森と湖がある土地に少し傾斜があるおかげで、風のない静かな晴れの日、または月明かりのある日には、水面に女神の山が綺麗に映り込むらしいのです。
周囲の森の木々と控えめな色合いの草花で幻想的な風景となって、隠れた人気の巡礼地スポットになってるそうです。
ビラを撒かれた事で信者の人達が、真実がどうなのか一目女神様に祈りを捧げようと山に向かい、そして警備兵に追い払われる。
そんな彼らの一部が、直接女神様に祈れない代わりにスティーア家方面に来ているそうで、既に何組かの信者達とすれ違っています。
「……おお。これはこれは。ご旅行ですか?馬車で移動とは珍しい。何か困り事は御座いませんか?」
少しの携帯食や薬品ならお分け出来ますよ、と声を掛けてくれたのは六十歳くらいの健康的に元気なお爺ちゃん。
テレビで青汁飲んでそうな顔してるわ。めっちゃ笑顔眩しい。おまけで頭も眩しい。
黙々と巡礼地に向かう人では無く、善行をしながら徳を積む信者の方の様です。
……今はその優しさにビクビクしないといけないなんて。申し訳ないなぁ。
「ご心配有難うございます。……妹が、ドラゴンを怖がってしまって。こればっかりは、慣れるまでの辛抱ですね。」
お姉様の返事に馬車の中の私に目を向け、お爺ちゃんは一度頷いてから破顔した。
「そうですかそうですか!それでは道中お気を付けて。皆様に女神のご加護がありますように…………お嬢ちゃんもばいば〜い!」
「………………ば、ばいば〜い。」
私に向けられたばいばい。……うん。返事するよ。怪しまれるからね。
元気な足取りで遠ざかって行く姿をクルーレさん達が見送って、さっさと残りの片付けを終わらせた私達は馬車を出発させた。
ガタゴト揺れる馬車の中。私は聞きたい。
おねがいです。
おしえてください。
みなさんのめに、わたし、いくつにみえてんの?
「…………そ、そんな絶望した様な顔はお止めなさい!良いじゃない。若いって褒め言葉ですわ!」
「……………………なら、オリヴィエちゃん。正直に、答えて。……私、何歳に見える?」
「………………じゅ、」
…………十代か。うーわーきついわー精神的に。
「十歳丁度くらいですわ。」
「腐った目しか持っとらんのかあんたら!!?」
よく見て!このおばちゃんの何処を見てそんな結果に!?
こんな、こんな茶髪のツインテールのカツラでピンクのフリフリロリロリワンピースっていう痛いコスプレしてるおばちゃんやのに!!?
メイクしようがどうしようが、誤魔化しきれないモノがいっぱいあるんや!!!
「……もしかして美津様、ご自分がお痩せした事に気付いていらっしゃらない?」
「多分、そう。妊娠中やのに、太るどころかふた回り以上縮んでる……魔力無くなってから、一気に痩せてんのにありゃ気付いとらんな。……クルちゃんの愛のおかげって言うべき?」
「……美津が健康になるのは、とても良い事なんですが……最近、二の腕のふにふに具合が……むにむにが……。」
「……お前、見た目っていうか……本当に彼女が好みだったんだな。」
「……?そうですけど、言いましたよね?」
「いや言ってたが……。」
ティアラちゃん(女神様)は鳥籠で食後のお昼寝中。
そして、馬を操ってるオックスさんの周りに集まってこそこそと内緒話をしている四人。あらあら、仲良くなって。
……私の叫びに少しは反応して。ツッコミ入らないと、何か変な感じなの。……これ、関西人特有の職業病?(違うと思います)
「……太ってたから老けて見えてただけで、美津は私に似て、元々可愛い顔してんの!身体も、服で隠れて分かりづらかっただけで脱がして触ったらボンキュボンやったの!外人みたいなダイナマイト系やったの!」
「えっなんの話してんのっ!?」
そしてただの雑談やと思ってたのに違う!
お姉様の頭の上でオックスさん指差しながらその話、絶対せんでもいいやんな!
「ん?……美津が可愛いって話。混ざりたい?」
にっこり笑顔のクルーレさん。しかも敬語無し。
……友達出来て、しかも仲良くなれて、良かった良かった。
……でも、お願い。そんな私が恥ずいだけの話で盛り上がるの、やめれ。
そうして教会関係者や信者の聖地巡礼を躱しながらの旅を続けて一週間。昼前。
「美津、見えて来ましたよ!あれがスティーア家の所有する果樹園と、湖のある森です。」
あの森の中を道なりにまっすぐ進むと湖があるんですよ、と続いたクルーレさんの言葉に私は頷く。
何か、上等な絵画でも見てる気分。
街道って呼んでいいのか、ある程度整備されている田舎道を進んで右手側に柵に覆われた果樹園。
左手側に豊かな森が広がり、馬車から見える範囲で見ても、果樹園より大きく森が広がっているみたい。
濃い緑の葉っぱが目を引いてしまう。本当に、綺麗な森。
「お母ちゃん、喜びそうやったのになー。」
普段なら私と一緒に騒ぐお母ちゃんは、鳥籠の中でティアラちゃんと一緒にお昼寝中。クルーレさんのビリビリ結界、お母ちゃんにはマッサージに感じられて気持ちいいらしい。
ティアラちゃんは久し振りに一緒に眠るのがウキウキするほど嬉しかったらしく、お母ちゃんもお願いされて仕方なく、仲良く手を繋いで寝ております。
二人、よだれ垂らして寝てる姿マジで可愛い。
どうしよう。トキメキしかない。
「……私と兄上がまだ幼い頃は、あの森は[妖精の森]とも呼ばれていたんです。」
「……妖精?」
外を眺める私に帽子を被せながら、お姉様が呟いた言葉に反応する。
…………女神様、いや、ティアラちゃんの今の姿は妖精。……何か関係あるのかもしれんな、うん。
「…………私、そんな話知りませんけど。」
おや?お姉様の言葉に、弟様が拗ねておられる。
……お兄様とお姉様に除け者されたみたいに思ってんの?
何それ可愛い。
「ふふふ。わざとではないのよ?……その、目撃者って言うのが、母上だったの。」
秘密にするつもりは無かったから、あまり考えない様にしていただけなのかも、とお姉様が少し淋しそうに微笑む。
なので、クルーレさんを引っ張り一緒にお姉様にくっ付いてぐりぐりとお腹に頭を擦り付けました。
シャリティアさんはびっくりしながら、それでもほっぺを桃色に染めて、笑顔で私達の頭を撫でてくれた。
…………バツの悪そうな顔してるけど、クルーレさんも桃色ほっぺ!私の旦那様、可愛い!
どうしよう。キチガイかと思う瞬間も結構あってんけど。
それでも最近、マジで可愛いしか思ってないねんけど!カッコよくて可愛いって何それクルーレさん最強か!!!
くっ付くのをお姉様から私に変更して耳を生やしたクルーレさんは、お姉様からセクハラ駄目でしょチョップ頂いてました。
まあ集団行動中やから、しゃーないかな?
「じゃあ、今は我慢するから……後で、家でね?」
「………………ちょっとだけね。」
頭にたんこぶ乗っけて首を傾げ聞いてくる旦那様は、己の可愛さを上手に使って私を誘惑してくる。
……確信犯や。
私をこれ以上メロリンにして、どないすんのかな!?
「……ふふ。もっと夢中になれば良いのに。私の事だけ、考えて……狂ったらいい。一生、私が可愛がってあげるよ。」
……お姉様のドン引きなど気にせず笑顔を浮かべる旦那様は、もうこれが通常運転と思わないといけない。
色々気に悩んでネガティブになると、私が夜専用のお仕置き受ける事になるだけなんで。うん。
開き直りって、大事。
「もう、屋敷に着いたんだが……全然気付いてないな、あいつら。」
「…………あ、誰か出てきましたわ。」
オックスさんとオリヴィエちゃんに顔を向ければ、テレビでよく見る別荘風の豪邸からこちらに近寄る人影が見えた。
[そんな訳ない]
スティーア家に向かう道中の、ある日ある時。
「ははは!ドラゴンを怖がるのは幼い証拠!まだまだ可愛いもんじゃないですか!」
「ふふ、目に入れても痛くないって意味が分かります。本当に可愛くて……。」
「そうでしょうなぁ!……ではではお気を付けて。皆様に、女神様の加護があらんことを!」
「はい。ありがとうございます。」
「……。」
またある時。
「うふふ。うちの息子も小さかった時は怖がってたわ。食べられちゃう〜って。……十を過ぎたら落ち着いたけど……女の子だし、しょうがないわよ。」
「ええ。気長に待ちます。」
「それがいいわね!……はい、ご注文の林檎!毎度あり〜!」
「……。」
またまたある時。
「あらあら、うちの孫と同じくらいねぇ。……飴食べる?」
「……お婆ちゃんのお孫さんって、いくつ?」
「え〜っと、……そうそう!今年で十になったわ。貴女の方が一つくらいお姉さんかしら?」
「……………………そう、見えるんやぁ。」
「???」
頑張れみっちゃん。負けるなみっちゃん。
自身のコスプレ姿を受け入れて、生きろ( ̄▽ ̄)




