黒騎士様の秘密2
「雌狂いって…………でも、クルーレさんのお母さんは……。」
クルーレさんのお母さんは、当時結婚していた。……シャリティアさん達も、産まれてる。
そんな相手に、正気を失う程の愛を捧げていた?
……クルーレさんを見てると、私の気持ちを知ってから症状が悪化してるっぽいのに?
だったら両思いになって初めて、雌狂いになる可能性が生まれるんじゃ?
……それに。
クルーレさんの実の父親は……今。
危険を犯してまで、女神様を救おうとしてる。
これをクルーレさんに置き換えると……私以外に、献身的に尽くそうとしてるって図になるよな。
………あり得んなぁ。
なら、彼が狂うほど愛しているのは。
番いと思ってるのは…………もしかして、女神様?
お姉様とお母ちゃんも、私と同じ意見になったらしい。
「……番い相手は、女神様なんですね!?なら、なら何故母上が!?」
「…………ご、ごめんなさい。……言えない、の。」
「あんた!ここまで来てまぁだ言わんのかっ!?」
「だって、言わないでってっ……私、彼との約束、今……破ってるから、…………もぅ、これ以上……傷付けたくない。」
「……それで、美津が傷付いて泣いてもええゆうねんなっ!ふざけんちゃうぞボケ!!!」
私から離れてバリバリと黒い静電気を纏いだしたお母ちゃんを、私は抱きしめて止めた。
私の腕が見えた時点で急いで放電をやめたお母ちゃんは、不満げに見上げてくる。
「…………女神様は、自由になりたい?」
「美津!!!」
「お母ちゃん、ちょっと黙ってて。……その人が方法を見つけて、その為に私が……必要な場合。女神様は、どうしたいん?」
女神様は目をつぶり、少し考えてから教えてくれた。
女神様の、今の正直な気持ち。
「……………………彼の側に、居たい。」
「……お前ーっ!」
腕の中で暴れるお母ちゃんを羽交い締めにしながら、私は女神様を見つめていた。
口も眉も悲しげに歪めて、泣くのを我慢しているみたい。
「……で、でも、そこにクルーレが、美津が居ないのはっ、嫌!み、美智子達と!おやつ取り合い出来ないの、嫌!……お姫様が、ドジしてシャリティアに怒られてるの見れないのもっ、嫌!……皆と、一緒がいい!!!」
女神様はそう言って、大粒の涙を零して泣き出した。
その姿に毒気を抜かれたのか、お母ちゃんも大人しくなった。
…………良し。分かった。
「なぁ女神様。それってさ、根本的に悪いのはクルーレさんの…………いや、あんたの旦那って事でええんかな?」
「「「……え?」」」
お姉様、お母ちゃん、女神様は同時に首を傾げてくれた。
「だって、女神様の旦那雌狂いの癖に女神様の意見、なーんも聞いてくれへんのやろ?むしろ俺の言う事聞けーって、嫌やーって言うんやろ?」
「……う、うん?でも、私が先に……。」
「うん。どんな約束なんかは、私も知らんよ?でもな、破っちまったもんは、もうしゃーないやん。今の様子見てて、女神様がわざと約束破ったんちゃうって分かるしな。…………それを許さへん、男のしょーもない心の狭さが問題や!!!」
「…………へ?」
私の雄叫びに、涙の止まった女神様。
またなんか言ってる、みたいな顔で私を見上げるお母ちゃん。シャリティアさんは、驚いてるのか動かない。
「確かにクルーレさんは嫉妬深いし、独占欲はんぱないし、ちょっと前までネガティブ考えたらお仕置きゆうてあんな事やそんな事やらせる様なちょっとキチガイっぽい変態やけど!!」
「美津様。後半がただの悪口になってますわ。」
「てかクルちゃん、そんな事しとったんか……黒いビリビリの刑やな。」
暗黒背負い始めたお姉様とお母ちゃん。やっべ言わんでもいい事口から出た。クルーレさん、ごめん。
フォローはするけど、後でちみっとだけ二人に怒られて!
「あーあーそれ今関係無いから忘れて!…………それにい、色々されても!最後には私の事甘やかしてくれるし、好き好き大好き愛してるーって、でろ甘過ぎて砂糖吐きそうな位に大事にしてくれるし!私が、泣いて本気で嫌がる事っ、絶対せえへんもん!」
クルーレさんは、当たり前みたいに怖い事口に出す。
八つ裂きとか殺すとか簡単に言って、相手を脅すけど。
……脅すだけやもん。
私が、クルーレさんが人殺しになっちゃうのが嫌やーって、いつも言われるたびに思ってるから。
私に触ってるクルーレさんは、それを知ってるから。
……だから、大丈夫。
私の不安は、ちょっと考えたらどうにでもなる事や!
だって私の望みを叶えてくれるクルーレさんは、私が確実に嫌がって、怖がっちゃう……殺戮マシーンみたいな事、絶対にせえへん!
……嫁さんの私がストッパーにならんで、誰がなる!?
「私の旦那様は、魔力多いのに物理特化の素敵で無敵な騎士様!それ以外は認めへん!!!」
「「「それ今関係無い!!!」」」
はっ!ついつい日頃思ってる自慢が口から出てもうた!
皆様ツッコミどうもありがとう!
「女神様!」
「ひ!……っな、何?」
「今からクルーレさん所に行って、私らに言った事、自分の口で説明せい!」
「……えっ!?そ、そんな事したら、……私バラバラにされちゃう!」
「スプラッタ嫌いな私が居るからそこは大丈夫!……それとも、なんや?さっき言った皆と一緒に居たいって、嘘なん?クルーレさんにも説明せな、私が触られたらどうせ夜にはバレるねんで!」
自分の口で言わな、誠意は伝わらん!と怒鳴りつけてやったら、女神様はうんうん唸りながらぐいぐいと小さな手で目元をぬぐい、最後には大きく頷いた。
そして執務室に突撃しようとした私をお姉様に止められ、魔法で手紙を送るよりは目立ちにくいお母ちゃんが、直接クルーレさんを呼びに行ってくれた。
手のひらサイズ、隠密には最適。
「もぐもぐもぐ……クルーレに足もがれたらどうしよう。」
「え、心配するとこホンマにそこだけなんや。余裕やな。」
籠からは出せないけど、クッキー一枚分の情報量をお姉様に認められ口をもぐもぐしてる女神様。
……癒される。可愛い。
「ぅうう……今は、顔が美智子と似てるから見ててもムカつかないって言われたけど……つまり、顔以外はムカつくんでしょ?怖いじゃない!」
「もがれた姿、私見たくないからせえへんって。多分。」
「多分は困るの〜。生えてくるまでに一ヶ月はかかるのよ〜。」
「「生える!?」」
ええ。お姉様としっかりハモりましたよ!
いきなりのネタぶっこむのは止めようね!
「え……うん。コントロールが難しいけど、食べ物や大気に含まれる僅かな魔力を取り込んで、形を整えて再生させるの。……雷の扱い方を見てると、美智子も器用そうだから……時間を掛けたら出来ると思うわよ?」
「おおう……異世界ってすごい。」
妖精さんは、時間さえあればもげた足や腕が生えてくる仕様らしい。
……怪我しない様に、私がお母ちゃんを見ておこう。
あほな会話を続けていると、コンコン、と小さなノックの音が部屋に響いた。
魔法によるロックが厳重に掛けられている扉ではあるが、許可されている人物はノックの必要なく扉は開かれる筈なので……クルーレさんじゃ、ない。
シャリティアさんが素早く扉に近付き、「どなたでしょうか?」と声をかけた。
聞こえてきた声は、なんと私の診察をしてくれている、優しいお婆ちゃんって感じのお医者様。
赤子の事で急ぎ伝えたい事があるので入れてほしい、他の人には聞かせられない、と慌てた様子。
シャリティアさんが無理と言えば、なら今から診察室に来て欲しいと続けて言われ、私達は困惑してしまう。
……このお医者様。こんな話し方やったっけ?
診察の時は、穏やかに話す上品なお婆ちゃんって感じやったのに。
今はやけにはきはき話すし。元気が有り余ってるみたいな印象受ける…………何やろ、空元気ってやつ?
「……ビラをご存知でしょう?聖女様は問題が収束するまでお部屋を出る事を、王命(という事にしている)により禁じられております。外出の際は、護衛であり、夫でもあるクルーレを伴う様に、と。……赤子の事であるならなおの事。執務から戻り次第私達も伺いますので、今はお引き取りを。」
「そ、そこを何とか!本当に、本当に大事な話なのです!」
……今、このお医者、クルーレさんに怯えてるよな?
おかしいなー?この前の診察の時、お医者様に怯えられてなくて良かったって、クルーレさん自分で言ってたのに。
……今は、怯えるんやー。ふーーーーん?
「……なら、そこで話していいですよ!別に人に聞かれても平気なんでどーぞ!」
「えっ、み「しー」っ!」
「せ、聖女様はそこに?」
「あ、はい!居ますよー。ちゃんと聞いてますから、教えて下さい!」
私は、声だけはいつも通りを目指してお医者様と会話を続ける。
扉越しなら、クルーレさんの結界のおかげで安心やし。
お姉様の口を片手で塞いで、女神様の籠を持った状態で。
扉を睨みつけながら、私は話し続ける。
「それで、赤ちゃんどうしたんです?」
「……こ、この場では、申し上げられません。どうか部屋に、」
「どうしてです?本人が良いって言ってるのに。」
「そ、それは…………兎に角部屋に、扉を開けてくれるだけでも構いません!どうかお顔を……。」
「…………先生、本当にどうしたんです?」
「わ、私は……居ても立っても居られなくて……っ。」
「……なら、正直に話して下さい。問題が本当にあるのなら。」
「!」
「……ああ、時間切れや。良かったですね先生。お部屋に入れますよ?」
「……は?」
お医者様の疑問の声のすぐ後、私はシャリティアさんの後ろに隠れ、同時にがちゃん、と鍵の開く音が響いた。
ゆっくりと開いた扉の向こうには、何やら薬品の瓶を二本持ったまま恐怖に固まるお医者様と、確認の取れていない瓶が割れぬ様に落ち着こうと努力している、鬼の形相な旦那様とお母ちゃんの姿がありました。
「ええ。聞きますとも。私の大事な妻と、子供の話ですものね?」
「私も聞きたいわー。大事な娘と孫の話やもんなー。」
クルーレさんが腕を伸ばした瞬間怯え、逃げる様に室内に入って来たお医者様の手から瓶を抜き取ったお姉様。お見事です。
その場から一瞬離れ、しかしまたすぐに戻ったかと思えば瓶の一つをお医者様に投げつけた。
「ひぃいいいいいい死にたくないいぃぃ!!!」
そう言いながら手を振り瓶を叩き落としたお医者様。
しかし砕けるはずの瓶は甲高い音を立て床に転がっただけ。
お姉様がしっかりと魔法で強化していたので、ひび一つ入っていない。
「……………………そうですか。死ぬかもしれない液体が入っている瓶を、二本も、持って来たんですか。」
私の愛しい、美津の所に、と。そう口にしたクルーレさんの顔から、表情が消えた。
「クルーレさん、駄目!」
どう見ても頭を握り潰そうと伸ばしてる腕を、私は素早く近付き、叩いて止めた。
「…………無理。許せない。……コレは、殺す。」
敬語が消し飛ぶほどの怒りを込めて、腰を抜かして床に這いつくばる発狂寸前のお医者様を見つめるクルーレさんに向かって、私は叫んだ。
「……私の為に殺すのが駄目なの!」
「……美津の、為?」
そんな簡単に、当たり前みたいに。人殺しなんかさせへん。
私の大好きな人に、幸福になって欲しい旦那様に。
んな笑えない事、絶対させへん!
「そう!今の私達、何にも分かんなくて、知らない事ばっかりやねんから!少しでも情報聞かなあかんの!……全部殺しちゃったら、一番ヤバい奴捕まえるの遅くなってまうよ?クルーレさん、私がずーっと怖がってれば良いって……死ぬかもしれないって怯えてたら良いって、そう思うん?」
「…………私が先に触って、調べれば……。」
「あほっ!今のクルーレさん相手に平静を保てる人って限られるわ!今この先生に触ったって怖い怖いって、恐怖の感情しかない。情報なんて、取れへん!」
「………………。」
クルーレさんはやっとお医者様から興味を無くした様で、私にゆっくり近寄ってきた。
なので私は、女神様の入った籠を持ち上げ、クルーレさんの胸に押し付けた。女神様の顔色、緊張の所為か、すっげー悪いね!
「女神様が、話したい事あるみたいやから聞いたって。……お医者様からは、私とお姉様が聞いとく。役割分担、な?」
「…………美津に触れば、女神の話はすぐ終わるよ。ほら、おいで?」
うっとりと笑いながら腕を伸ばしてくる旦那様。
私は触られないように距離を取り、ソファを指差した。
「あん?……甘えても駄目ー。大事な話はお口で聞くんですーズルしちゃ駄目なんですー!……ほらっ、さっさと向こう行け!クルーレさんおったら、怯えて先生話さへんやん!時間の無駄!」
「むぅ……分かりました。……コレに八つ当たりすれば……。」
「ひぃ!?み、美津〜助けて〜もがれちゃう〜っ!」
籠の隙間から指を入れて、女神様のぬいぐるみっぽいむちむちな腕か足を掴もうとする旦那様と……必死に、泣きながら籠の中を逃げ回る女神様。
何のコントや。
「あ、あんたらなぁ…………はあ。お母ちゃん、任せた。」
「はいよー。すぅ〜…………歯ぁ食いしばらんかいっ!!!」
どんがらがっしゃん!
黒と黄が絶妙に混ざった、世にも珍しい虎柄の雷が室内に落ち。
クルーレさん達はやっと、静かにお話しし始めました。
「……さて、んじゃ先生。素直に知ってる事、教えてくださいねー。」
私は腰を抜かして動けなくなったお医者様に、微笑みながら話しかけた。
「話してくれないと……そうですね。」
私の旦那様に八つ裂きにされるのと、私のお母ちゃんに消し炭にされるの。どっちが良いですかね?
「ねえ、せんせい?」
私って、良く周りの人に勘違いされるんですが。
特に善人なわけでも、良い子なわけでも無いと思うんです。
そりゃあ、善人であろうと意識する事はありますけど。
基本的に、ぜーんぶ自分の為に行動してるんです。私のしたい様に、行動してるだけなんです。
楽しい時は笑って。悲しい時はわんわん泣いて。怒る時は頭に血が上って、怒鳴り散らして。
……殺意が芽生えるほどの怒りって、頭が冷えていくって。知ってましたか?
「…………私を、赤ちゃんごと、どうにかしようとした事。一生、忘れないから。」
私が怒るのが、嫌だと思うなら。
素直に話して、私のご機嫌取りましょうね?
私が魔法で攻撃されない様に結界を施していたお姉様が、背後でガクブルと怯えて震えていたなんて。
気付かない私でした。




