黒騎士様の秘密
女神様の本体に接触したのが……クルーレさんの、実の父親。
クルーレさんのお母さんを襲ったっていう……正体不明と思われていた、獣人のハーフ。
私のおとんと連絡が取れた日に接触するなんて。
……皮肉か何かかな?
「…………ぐすっ、……美津、ごめんなしゃ……でも、約束なの。ひっく。だから……駄目なの。」
女神様は大粒の涙と鼻水を垂らしていた。
これ以上傷付けたくない、嫌われちゃうかも、と。そう言って泣く女神様を見て。
…………クルーレさんの、愛子の父親ってだけでこの反応は、何かおかしくないか?と思った。
私の気のせい、かな。
……まるで女神様、相手に恋してるみたいやん。
「…………その人が、言わないでって言ったん?」
「……ぅ、うん。……ぐす。内緒にしてって。……そしたら、迎えに行きやすいって。……でも、わ私っ変な事したら駄目って言ったの!そんな事しなくても、ちゃんと話したら美津は話聞いてくれるって!クルーレも、美津のお願いなら聞いてくれるって、でもそう言っても……狂ってる雄相手は、無理だって言われて……。」
「…………狂うって……まさか、クルーレが雌狂いを起こしているのですかっ!?」
女神様の様子を見て静観してくれていたシャリティアさんの大声に、私とおかんはビビってしまう。
しかも内容。何それ不穏すぎる。
……意味知らんでも、単語の破壊力やばいねんけど。
「……確かに、クルーレは美津様を溺愛と言える程愛情を注いでいます。でもあれは、……あまり、言いたくはありませんが。女神の魔法の名残でしょう?」
私を伺いながらのお姉様の質問に、私は頷いて先を促した。……始まりが魔法による、洗脳じみた恋愛だったのは事実。
やっぱそうやんなーちょっぴり残念やなーと、クルーレさんには理不尽な状況やったのに確かに思ったりしました。
だって、私はふつーにクルーレさん好きやったし。
……でも、事実を知っても。
クルーレさんは、私を選んでくれた。
私はその事実があるだけで、良い。
「私の事は気にせんでええよ。教えてお姉様!」
今だって、傍目から見て砂吐くほど甘やかされてんのに。これで疑ったら、……クルーレさんにガチ泣きされながらお仕置きされる。
それは、いやん。
私の顔を見て、大丈夫と判断したのだろう。
お姉様は頷いてから、続きを話してくれた。
「数十年、数百年に一人現れるらしいのですが……雌狂いとは、純血の……それも能力の高い獣人に見られる特徴らしいですわ。」
「純血だけじゃなくて、先祖返り……大昔に強い獣人が血脈の中にいた場合、見た目は人なのに力や能力が強い獣人みたいになる時もあって……そういう子が雌狂いになった事も、あるの。」
女神様の付け足しに、お姉様の顔色がさらに悪くなった。そ、そんなにクルーレさんやばいかもしれんの!?
「そ、その雌狂いって……その、どういうのなん?」
「……見た目では判断出来ない心の病のようなモノ、と思ってもらうのが一番近いと思いますわ。」
「び、病気!?……そんな、クルちゃんどうなんの!?」
「…………どんな事でも、起こります。」
おかんの叫びに、お姉様は珍妙な答えを返してくれた。
「「へ?」」
「……もし、クルーレが本当に雌狂いだと言うなら……美津様がずっとそばに居てと言えば、片時もそばを離れないでしょう。愛してと言えば、たとえその場が公衆の面前でも死が迫る戦場でも、熱烈な愛情表現をするでしょう。……殺して、と言えば。それが血の繋がった姉である私であっても、美津様のお母様であっても、……喜んで殺すのが、雌狂いと呼ばれる者達ですわ。」
彼らは己の雌の、番いのどんな願いも、望みも叶えようとする。
唯一の番いの側に居る為に。嫌われない為に。
……愛される為に。
それが殺人であっても構わない、狂気を孕んだ精神状態が半永久的に続くと言われているそうです。
…………愛する番いが死ねば発狂し、周囲を破壊し尽くしてからの自害か、魔力が尽きての衰弱死が殆どだと。
年に数人、獣人を理解しない人間とのいざこざで事件が起きるのとは訳が違う。
雌狂いを起こす獣人は、人一倍身体が丈夫で強く、魔力量も多い事が分かっていて……その分、子供がとても産まれにくい。
だからこの世界では、番い一筋な獣人が居るにも関わらず、一夫多妻でも良しとしている。
……愛していなくても、一族の為に血だけは繋いでいかなければならない家系が、やっぱりあるらしい。
歴史的に一番有名なのが、約四百年前にミスティー国で見付かった雌狂い。古くから続く、土の魔法に特化した一族の末裔だった。
彼は、番いを病で失ってから数週間、ミスティー国内をさまよい歩き、進行方向にあった町や村の住人、派遣された国の騎士……のべ数百人を殺してから衰弱死した、らしい。
『我が妻が死んだのに、何故お前達が生きている?』
そう言って、相手を攻撃していた、と。
そういう記録が、残っているのだと。
シャリティアさんは、私達に教えてくれた。
「…………………………。」
私は、絶句するしかなかった。
だって、だって!……そんなの、今のクルーレさんとっ!
おかんは何も言えずに、ただ顔色を白くしているだけ。
女神様は涙を零しながら、小さく一つ、頷いた。
「……彼に言われて、思い出したの。クルーレは……美津の健康診断の時から、変わったんじゃない?」
「………………。」
うん、そうだよ。女神様。
クルーレさんは、変わった。……ううん、ちょっとちゃうな。
そのまま過ぎなんや。
だって女神様の洗脳に近いあの魔法は、もう解けてる。
そりゃ、……元々の、性格もあったかもしれん。
でも、それでも。与えられる愛情が日々重苦しく、私は今も常時溺れている様な状態になってる。
……私が、他の女の人にクルーレさんが取られるって不安になった時の、あの浮かべられた、心底喜んでた笑顔。
今でも覚えてる。ぞっとするほど美しい、熱にとろけたみたいな、あの笑顔。
嫉妬に歪んでいた私の心を、覗き見て笑っていたクルーレさんを……私は正気だったとは、自信を持って言う事が出来ない。
「……もともと、私の使っていた魅了の魔法は雌狂いをヒントに作っていたから、似ているのは当然だったの。」
女神様は籠に触れないギリギリまで私に近寄り、その小さな頭を持ち上げ、見つめて来た。
「……美津が死んでいたかもって聞いた時のクルーレは、昔見た、雌狂いの獣人の男が、番いを失った時の姿と変わらなかった。でもあの後、普段通りの落ち着いた姿を見て私、……大丈夫と思ったの。」
でも今の美津の様子を見て、やっぱり考えが変わった、と。
私は女神様に言われた。
「雌狂いに愛される女は、男の愛情深さに依存するようになる。……狂気にも思える程の、純粋過ぎる愛情に。……女も、男に溺れるのね。」
美津も、そうなんじゃない?
女神様の言葉に、私は顔を上げられなくなった。
…………その通りだった。
だって。……子作り出来なくなる私を、クルーレさんは側に置いてくれるって言ってくれたもの。
いつか現れると思ってた、他の女の人の影に怯える私を、逃がさないって言ってくれた。離さないって、笑顔で抱きしめてくれた。
…………男性としての機能を無くしても、クルーレさんは、私を奥さんとして側に置いてくれるって。
そう言ってくれる一途過ぎるクルーレさんが、私は凄く嬉しくて……余計に、大好きだって気持ちが溢れてきて。
……今も、溺れるって言葉が似合いの状況になってる。
「……ご、ごめんなしゃ……っ。」
私のせい?
私のせいでクルーレさん、おかしくなっちゃった?
私を理由にしたら、大切な家族を殺しても笑って生きていける様な……そんな悲しい人になっちゃうの?
私が、奥さんになったから?
……私が聖女として、ここに来ちゃったから!?
「み、美津のせいちゃうし!クルちゃんが勝手してるだけやし!あんたは泣かんでええの!!!」
私のほっぺにひっつくおかんも涙目。
シャリティアさんが近寄って来て、私の涙を優しくハンカチで拭ってくれた。
「…………クルーレの、実の父親は今何処ですか?何故、証拠もなく雌狂いだと決めつけたのですか?」
「…………彼も、同じだからだと思う。……同属が、なんとなく分かるみたい。」
「え?」
女神様の返事に、私は疑問の声をあげた。
「クルーレの、父親も。……雌狂いらしいの。」




