結婚報告は前途多難2
黒騎士様ことヤンデルさんが、若干怖い事考えてます。
最後の方ちょろっとだけですが。
それでも宜しかったらどうぞ。
変化した途端にお父ちゃんの声が聞こえて、私とお母ちゃん、そしてクルーレさんが鏡にかじりついたのは言うまでもなく。
お食事を中断しての、状況説明と結婚報告という慌ただしい現状となりました。
「……とまあ、色々ありまして。今に至るので御座いますよ、お父ちゃん。」
細かい説明は無しにして、取り敢えず結婚した事と妊娠した事伝えると、……お父ちゃんは十秒くらい固まって動かなくなった。
「…………そうか。…………そうか、嫁に行ったか。……子供も、出来たんか……そうかぁ。」
「晃さん!写真あるよ!ほれほれ、みっちゃん可愛いやろ!!?」
日本と違い魔法でほぼ上手くいくミスティリアにも、少しだけ科学的な物があって、その一つがインスタントカメラ!
撮ったらその場で出てくるヤツ!
聖人達が持ってる道具や機械を分解して、作れる物はミスティリアの色んな職人さんに作ってもらってるらしいです。
あ、流石に電子レンジは無いです。
ちなみにお米は鍋で炊いて、パンは窯で焼いてます。
……和洋折衷って、こんな感じ?
なので、クルーレさんと二人で並んで撮ったのと、シャリティアさんとお母ちゃんも一緒に撮った写真があります。
お母ちゃんが写真立てに飾っていたのを持って来て、一生懸命鏡に見える様に掲げてる。
……レオン様と写真撮る事は、クルーレさんの独自ルールにより却下されてますのでありません。殿下とも撮ってません。
……王族やのに、不憫って思うのなんでやろ?
そしてお父ちゃんの近況を聞けば、日本では二週間程経過していて、お父ちゃんも田舎の病院をとっくに退院し、今は家に戻ってるそうです。
時刻は夜中。
トイレに起きた時に腕輪が輝き出し、鏡に変化したらしく。死ぬ程驚いたそうです。
まあ……女神に騙された、と家族皆で日々怨み積み重ねていたらしいから、驚くのもしゃーないか。
お父ちゃんも、腕輪を叩き割ろうとするブラザーズを止めるのに苦労したらしいです。
お父ちゃんと同居してる次兄は残念ながら介護の仕事で夜勤。
他の兄弟達もこまめに連絡取りながら、家族や恋人、仕事の為に元の生活に戻っているそうです。
怪我の後遺症もなさそうで、今の所、身体にも異常は無い。
……うん。皆元気なら良かった。私も痛がった甲斐があるってもんや。
……ほんま、心配掛けてごめんな。
……その、私の頭の上でしょんぼり反省してる女神様がおりますので。私も素敵な旦那様と出逢えたから。
許したって、お父ちゃん。
「……まぁ、事情は分かった。そちらさんも苦労したんやろう。」
鏡越しに私達を労わるお父ちゃん。
……ああ。しかし悲しいかな。
その顔、睨んでる様にしか見えん。
女神様、頭の上でめっちゃブルブルしてる。振動、すごい。
サングラス掛けたら何処の組のもんや?と言われそうなくらいの強面顔やから、まあしゃーないんやけど。背は小さいねんけどなぁ?
「……申し訳ありません。本来なら、結婚も報告してからが筋だと言うのに。」
今は鏡の正面に椅子に座ったクルーレさんがいて、私は後ろから覗き込んでる。椅子の背もたれを掴んでるから、前屈みになってるクルーレさんに今は触れていない。
「「ぷふ。」」
お母ちゃんと二人、声を殺して笑ってしまう。
クルーレさんも怒ってると勘違いして謝罪から入る辺り、やっぱりおとんの機嫌が分かるのは身内だけなんやなぁと思ってしまう。
だって。お父ちゃん。
結婚報告聞いてから、めっちゃ機嫌ええよ?
「……ああ、いや。結婚に反対とかやない。美智子が許したんや。反対なんぞせん。」
「……でも、」
「……あんたには娘と孫、それに、ワシの嫁さんの面倒もこれから見てもらわにゃならん。んなしょぼくれた顔、すな。……美津も、あんたも。ホンマに、おめでとうなぁ。」
「……っ、はい!有難うございます!」
クルーレさんの満面の笑みに、面食らったお父ちゃんの瞬きが異常に増えて、それからちょこっとだけ、笑ってくれた。
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美津が「お母ちゃん、積もる話あるやろ?ちゃんとお父ちゃんと話しやー」と言いながら、自分は場所を取るから、と頭に女神を乗せたまま姫と一緒に片付けに行ってしまった。
それなら私も、と離れようとするとお父様に呼び止められた。
「ちょお待て。」
「如何なさいました?」
「…………女神には、気ぃ付けとけ。」
「え?」
「……こっちではな、美津は『存在しなかった』事になってる。」
戸籍も、友人関係も、職場も。……完全に消されていた、と。
地元に帰ってからの二週間。
どんなに調べても、話を聞いても、自分達家族以外、誰も美津の事を覚えていないと、お父様は言った。
「今は美津とも仲良いみたいやが……あんなとぼけた顔してても、そんだけの力ある存在なんや。……どうして美津を聖女に選んだか、女神は言うとったか?」
「……何も、言ってなかったと思うけど。なあ?」
「…………ええ。」
確かに。
今まで連れて来られた人々と、美津とでは性格も、境遇も違う。
……あのうっかり女神が、どうして、招く人間の方向性を突然変えたのだろう?
「……ワシらの乗ってた船な、事故原因が不明のままなんや。なんぞ、強い力が船の横っ腹ぶっ叩いたみたいな壊れ方してたんやが、何がぶつかったんか、原因が分からんらしい。」
事故が原因と思われる火事も、破損部分が火元ではなくこちらも原因不明。雨が降っていたのに、人々が救助されるその時まで、炎は赤く燃え続け。
まるで、炎に意思があったかのようだった、と。
救助してくれた船員が言っていたらしい。
「……初めから、美津がそっちに欲しぃて、事故が起こったみたいやろ?」
偶然かもしれない。
でも気を付けろ、とお父様は言外に伝えてくれた。
「ワシらはもう、あんたしか頼れん。……美津を、美智子を守ってくれ。」
「……はい。この命に、魂に誓って。必ず。」
鏡の向こうで頭を下げるお父様に、私は大きく頷いた。お母様も、「私も頑張る!」と鏡に触れながら何度も頷いていた。
片付けが終わって姫が部屋に戻り、美津とお母様が共に鏡に向かって話し始めて一時間ほど経っただろうか。
女神が「そろそろ切れるわ」と声を出した。
そこで皆と別れの挨拶をすると、小さな音と共に鏡は腕輪に戻った。
「良かった!これで心残りが一個へったわー。」
美津は笑顔で私に同意を求める。
私も頷きながら、お父様の言葉をもう一度考えた。
美津が、聖女に選ばれた理由。
……私は、彼女と出逢えた事こそが幸運であったけれど。
一つ間違えば。
彼女の家族も、彼女自身も死んでいたかもしれない。
それ程の怪我を負いながら、彼女はこの世界に招かれた。
…………女神が、美津を連れて来る口実に、船の事故を引き起こしていたとしたら。
絶対に、許さない。
「そう言えば、どうして鏡になったん?おかんと手繋いだだけやのに。」
そんな私の様子に気付くことなく、腕輪を回収している女神に美津は声を掛けていた。
「……ほら、美智子は私の魔力で転生したから、私の分身体にとても近いの。……昔、今みたいに私のあげた道具が使えなくなったーって言われた事があって。その時丁度、分身体がその人の側に居たから、足りない分の魔力を分身体から分けたの!……だから、美智子から少し分けてもらったら、出来るかなって。」
本当にあとちょっとだったから、使った分の魔力は寝て食べたら回復するくらいだから安心して、との言葉が続いて。
美津はあからさまにホッとしていた。
……今のお母様は人だった時の魂を核に、女神の魔力で肉付けされている状態だから……魔力が無くなれば、また魂だけの存在になる。
美津の頭を撫でると、本当に心から安心している。良かった。
今度から少しずつ女神とお母様が魔力を腕輪に充填して、空気中にある微量の魔力なども取り込んでいけば、一ヶ月後にはまた繋がるらしい。
向こうの時間がどれほど進んでいるかは分からないそうだが、今回の事もあるので一週間前後、長くても二週間と予想出来るらしい。
「…………よく、思いだしたな。あんな大口を開けた状態で。」
「……だって急に来るから、びっくりして。」
「ん?私とクルーレさん?そりゃ動かん様になったら誰でもつつくやろ。」
「ううん。こっちじゃなくて本体の方……あ。」
「え、本体?……それ、女神様大丈夫なんか!?」
「だ、だだ大丈夫!何にも、何にもされてないの!」
分身体だと詳しくは分からないけど、誰か近くに居たかな、と。女神が続けたこの言葉に。
私と姉上は頷き、姉上は部屋を静かに後にした。
「………………。」
「く、クルーレ…さん?か、顔が……般若のお姉様に、なってる、よ?」
不安からか私に顔を向けた美津がビクビク怯え出したので、謝りながら抱き締め、背中を撫で、顔を見られないようにした。
……怯えた顔も可愛いなぁ。今夜は少しだけイジメようかな?
「ふふふ、ごめんなさい。でも、そんなに怯えなくても。」
「……いやー。だって今の顔、鍋焦がしたお姫様追いかけてたお姉様、ソックリやったもん。やばいくらい似てたから!」
「……そんなにですか?」
「そんなにです!」
美津の楽しげな声を聞きながら。
……私は、何度でも誓う。
誰であっても。何であっても。
私から美津を奪うものは、許さない。
私の幸福を奪うものは、八つ裂きにして、細切れにした後にそこらの家畜の餌にしてやる。
……万が一美津が怖がって、私から逃げようとしたら駄目なのでバレないように、こっそりしよう。
疑問に思っても、おそらく気付くだろう姉上とお母様が話を合わせてくれるだろうから、問題ない。
「……寝てる方の女神様、大丈夫かな?」
「……護衛が守っています。大事にはなっていないでしょう。」
「うん……。今、シャリティアさんが聞きに行ってるからな。心配し過ぎたら、あかんよ?」
私から離れ、テーブルの上で膝を抱えて座り込む女神の頭を美津は撫でていた。
……彼女越しに見下ろす私の視線に、女神は合わせようとしない。
いつもだったら、目が合うだけで喜んで私の側に寄ってくるのに。とても鬱陶しいが。
……目が泳ぎすぎて、私とまったく視線が合わない。
むしろ、合いそうになったら女神の方から真逆の方向に視線を向ける。
本当に、分かりやすい。
女神の「しまった」と言わんばかりの顔を思い出す。
……本当に、うっかり女神だ。
「…………ふふふ。」
誰かが女神を使って、何か始めようとしているのかもしれない。
そしてどういうわけか、女神はその誰かを庇っている。
……私が、殺しに行かないように。秘密にするつもりか?
「……番いに狂ってる雄に喧嘩を売るなんて。そんなに死にたいのか、そいつは。」
小さく呟いた私の言葉に、返事をする者は居ない。
何のつもりで女神に近寄ったのか。
もし、その存在が私の邪魔を……美津を奪おうとするモノであったなら、必ず、確実に、……殺してやる。
私は美津を何処にもやらないし、手放すつもりも無いのだから。




