番外編[拷問姫の憂鬱2]
ざまぁになり切れない仕上がりになってます。
それでも宜しければどうぞ。
女神様が浄化の為に眠りについた、という噂を聞いて何日経ったのだろう。時間の感覚があやふやで、分からなくなっている。
私は城に戻ってきたあの日から、自室から出る事を禁じられ、また軟禁生活に逆戻り。
クルーレ様に笑顔で罵られ、多くの言葉を投げつけられ。数日間は本当に食事も喉が通らなかった。
まあ、聖女がまた傷だらけになっていたとの噂を知った時は嬉しかったわ!
あんな、ぽっと出てきた家畜にクルーレ様が奪われたなど、信じたくもないもの!女神様が私の為に、きっと罰を与えてくれたのだわ!
朝食の準備に来ていたメイドと下っ端調理師にもそう言えば、一瞬で顔を強張らせたメイドが一言も話さずに出て行った。
……顔は可愛いのに、愛想の無いメイドね、まったく。
調理師も不慣れなりに、食事の段取りを進めていくけれど。
……駄目だわ。食欲が出ない。
……美味しそうに見えないのは、作った人間のせいね。まったく、仕事くらいちゃんとしなさいよ!
「……これ、嫌いだわ。さげて!新しいのを持ってきて!」
「え!?ここにあるのは、以前召し上がってくださっていた姫の好物の筈です。料理長のレシピ帳にも、」
「今は嫌いなのっ!さっさとさげなさい!!!」
私の言葉と頑丈な扉が開くのは同時だった。
「おい、オリヴィエ!……ご苦労だった。こちらは良いから、仕事に戻ってくれ。」
「……かしこまりました。後ほど片付けだけ、参りますので。」
「ああ。よろしく頼む。」
そう言って調理師は出ていった。料理を残して。
ああでも、そんな事より!!!
「お父様!私はいつまでここに居れば良いのですか?!」
「……またその話か。これで何度目だ?」
「私が帰ってきてから、ずっとです!こんなの、嫌がらせにも程がありますわ!」
「……………。」
お父様は眉間にしわを寄せたまま、持っていた紙の束をテーブルに叩きつけるように置いた。
バサバサと数枚が床に落ちる。
「何ですのこの紙?」
「………嘆願書だ。」
「嘆願書?何に対する?」
「『オリヴィエの横暴を何とかしてほしい』と言う嘆願書だ。」
「………は?」
なんですって?
「……王族であることを笠に、随分と好き放題していたようだな、オリヴィエ。」
「そ、それは!」
ばんっ、と朝食と書類の乗ったテーブルに手のひらを叩きつけ、私を見下ろすお父様。
怒りを滲ませた、私には向けられた事の無い、表情で。
「お前の世話をするのが嫌だというメイド多数。護衛するのが生理的に嫌だという騎士と兵士多数。……流石に護衛まで無くす事は無理でな。お前の身の安全は、暫くの間オックスに任せた。」
午後から顔を見せるはずだ、とお父様は言うけれど。
頭が回らない。どういう事なの?
嘆願書なんて、そんな……!
「……じゅ、受理したら、私はどうなるのです?」
王族である私に、従兄弟であるオックス様が、護衛につく。
……なら、それ以外。
メイド達からの訴えを受け入れるなら。
「……お前が自分の世話を、自分ですることになる。湯浴みも、着替えも、掃除も、食事の支度も。嘆願書は、料理長達も提出している。お前の食事の世話は、もうたくさんだと言っていたな。」
「そんな!?わ、私は王女です!お父様の娘なのですよ!?そのような不自由を私に強いるのですか!?」
お父様の太い腕に縋り付いて懇願しても、表情は変わらない。
昔の情けない姿と違い、ずっと厳しい表情のまま。
私の事を、見下ろし続ける。
「………娘だからこそ、だ。」
「え?」
お父様は歯を食いしばり、表情を、とても苦しげなものに変えながら、私を振り払った。
私は、その場に尻もちをついてしまったのに。
お父様は、手を差し伸べてはくれない。
「ワシは、出来の良い王とは呼べぬ。優柔不断なワシの態度に、レオナルドは見限り城にも近寄らぬし、テオドールには仕事での気苦労を与え、……親友であり、恩人の子でもあるクルーレにまで苦痛を与えた。お前もワシも、人を殺めていないだけで、罪人のようなものだ。」
「く、苦痛?それに、罪人だなんて!?」
私は愛でるべき人間を可愛がっていただけ!相手をしてあげただけ!
クルーレ様の事を、愛していただけなのに!!!
「権力を笠に、愛してもいない者に迫られる事程苦痛なことはないと、ワシも思う。……若い頃、無理矢理見合いさせられた事があってな……嫌だった筈なのに、ワシはお前の我儘を聞いて、クルーレと会わせてしまった。」
「……………。」
そんなにも。
初めから私は、クルーレ様に、嫌われていたの?
あの方は、私が醜いと言っていた。
好みとかを、別にしても。
それでも、醜いと。私の性根が、醜いと。
そんな、そんなの。
どうやって直せと言うの?
「……それで、だ。お前は料理も、洗濯も、掃除も出来ぬことは分かっている。だから、一人でも身の回りの事が出来るよう、……教えてもらってこい。シャリティアに。」
「………シャリティア、様?クルーレ様のお姉様の!?」
シャリティア様は今、聖女とクルーレ様の側にいる。
なら、私もクルーレ様に会えるの!?
「メイド達の誰もが、お前に教えるのを嫌がったからな。仕方なく、メイド長自ら鍛えると言ってくれたんだ。………クルーレに会えると思って喜ぶのは良いが、あいつは、聖女以外の女に興味も関心も無いぞ。」
肩が、分かりやすく、大げさに震えてしまった。
「お前が来ることを話しても、どうでも良さそうだったからな。……だが、もし聖女に何か言ったり、しようとしたら殺されても文句は言えんからな、そのつもりでいろ。」
「そんな、クルーレ様はそのような事!」
私を、王女である私を殺すだなんて事!
あるわけがないわ!
「………オリヴィエ。ワシは今でもお前が可愛い。自分の子が可愛くない親など、限りなく少ないだろう。……だが同時に、ワシはこの国の王だ。もし、お前がこの世界の救い主である聖女と、その母親に危害を加えた場合………お前がクルーレに殺されても、ワシは何も言えん。仕方ないとさえ思うだろう。」
「お、……お父様?何を、言って?」
お父様もお兄様も、どうしたの?
聖女は、あの女は、そんなにも重要だと仰るの?
あんな、女として終わっているような、化粧っ気もなく、だらしない体躯の、家畜のような女が?
瘴気を浄化する為だけに来た、女神様のおかげでもう用済みな筈の、あの女が?
………私よりも、そんなにも大事なの、お父様。
お父様は書類を全て回収して、部屋を出て行った。
お父様が出て行く直前、私を振り返らずに言った言葉が、私の耳にまだ残ってる。
「しっかりと学べ、オリヴィエ。ワシの娘だと、王女だとまだ言うのなら。まずはシャリティアから生きる術を。……聖女から『心』を学ぶのだ。」
城の中は、私を中心に回っていた。
今は、聖女を中心に回っている。
お姫様のライフは、もうゼロよ!
結末は、次へ。




