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おはよう。お帰り。それから。




夢の中での数十分は、現実では二日程経過していた。

寝言の発言と、眠り続けていた心配によるお説教が終わり。

美津の寝顔が険しかったのが穏やかになっているのに、記憶の書き換えが上手くいった事を悟った。

包帯は取り払われていて、背中の腫れも水ぶくれもない。

眠る私の代わりに、姉上が様子を見て傷を治してくれたのだ。

姉上なら痛みを感じさせることはないから、本人もきっと気付かない。


久し振りに見た穏やかな表情と無くなった傷に嬉しくなり、頬に引っ付いたり悪戯していると美津は起きた。


何も変わらず、賑やかで、笑ってくれる美津。



「はい、慣れるように、頑張ります。…………お帰りなさい、美津。」

「ん?ただいま?いやいやいや挨拶はおはようですよ。私今まで寝てたのに!」



笑ってくれる貴女が帰ってきた。

私はそれだけで、嬉しいんですよ、美津。



――――――――――――――――――――――





「大事な話があるんです。」


二度寝から目覚めた後、クルーレさんと二人きりにされてから聞かされた話は衝撃しかなかった。



クルーレさんが女神のノロイによって私を好きになった事。

そのノロイは私の命を削ってしまうものである事。

だから、瘴気を浄化する時にノロイもまとめて浄化したい事。


その時、ノロイによってもたらされた気持ちと記憶が無くなる。つまりは、私の事を好きではなくなると。そういう事。




「………い、今のままはあかんの?瘴気取り込んだまま…持ったままではあかんの?」

「……長期間の保持は出来ません。女神が言うには、怒りや悲しみなどで感情が高ぶると身体から溢れて周囲に危害を与える事になります。………女神の魔力で転生したお母様は大丈夫でしょうが、それ以外は命に関わることになるそうです。」

「そんな………。」




ショックで固まる私に、クルーレさんは安心させる様に笑ってくれたけれど。


……いつもなら自分の膝の上に私を乗せるのに。

今はベットに二人並んで座り、人一人分の隙間をあけた状態。無理に、私に触れないようにしている様だった。




そして。

クルーレさんは美しく微笑んだまま、私を見つめながら話してくれた。




「始め、記憶が無くなると知った時。私は貴女を道連れにして死のうと思いました。」

「……………。」

「私一人死んでしまっても、何処ぞの男が貴女を娶る可能性があると気付いて。……ノロイを残したままでも、貴女はすぐに死んでしまう。それなら、すぐに死んでしまうなら、誰かに取られるくらいなら、連れて行こうとすぐに思いました。……私は恐ろしく、自分勝手な男でしょう?」

「……………。」

「でも。貴女が私の子供を身篭ったと分かった時、嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、貴女を殺さなくても、ずっと私だけの愛しい人で居てくれる。子供と一緒に、私を想って生きてくれる。死ぬのは私一人で良いのだと喜びました。……貴女との約束を、無視して。」

「……………。」

「結婚を早めたのも、最後の誓いで貴女に手を出す男を無くすためです。あの誓いを聞いた後、私の妻だった女に手を出す男は居ないでしょうから。」

「……………。」

「……私が、泣くほど怖いですか?」

「……………。」

(こくん。)

「………そうでしょうね。」

「……私も、怖い?」

「……ん?」

「ぐすっ。……そんくらい、私の事好きやって…忘れたくないって思ってくれたの、喜んでる私怖い?変じゃない?」

「!」


殺されるのは、そりゃ怖いよ。

そんなの、こっち来たばっかの怪我で懲りてる。

我慢強いっていっても痛いのも苦しいのも好きちゃうし。

今はお腹に子供だって居るし。



……それでも。もし子供を授かってなかったら。



「………一緒に死んであげても良かったのにって、思う私って、やっぱ変なんかなぁ?」



お母ちゃんは悲しむかな。そんな風に考える私を。


それでも。

大事な人に、好きな人に置いていかれるの、嫌や。


例えお母ちゃん達がずっと側に居てくれても。

……想像しただけで、淋しくて悲しくて、気が変になりそう。





「……………………やっぱり、貴女は私の好みですね。ふふっそこまで私好みだと本当に、………本当に、どうしてくれようこの可愛い生き物。」

「おいそこペットみたいな言い方やめんかい。そんで頭に頬擦りすな。」


距離を詰めてぐりりと頭に頬を擦り付けてくるので、話が進まないと頭突きで剥がしてまた距離を置く。涙目でこっち見てもダメっす。


大事な言葉は、ちゃんと口で言わないとね。


「今そんな話するって事は、もう死のうと思ってないですよね?」

「ぅう、…………はい。瘴気と共にこの(まじな)いも取り出し、浄化します。私は貴女の事も、過ごした時間も、授かった子供の事も忘れます。」

「…………。」

「でも不安はもうありません。………確かに一度忘れてしまうけれど、私はまた、絶対に、貴女を好きになる。だってこんなに可愛い私好みの女性、他に居ないですから。ね?」


そうでしょう、とクルーレさんは笑って私に同意を求める。



とてもキラキラ輝いて、自信満々な表情で、麗しいその顔で笑っていらっしゃる。



………なにそれ。決定事項なんや。

………私みたいなふとい女なんかより美人も、頭いい人も、それこそ優しい人も世の中いっぱい居るよ。それでも?


………それでも。また、私を選んでくれるの?



「…………ゔんっ!」



大丈夫。

私って、痛いとか苦しいとか結構我慢強いから。

ちょっときつい事言われても平気やから。

お母ちゃんも赤ちゃんもシャリティアさんも居てくれるし。

少しの間、ちょっと淋しいくらいやから。




クルーレさんは忘れちゃうけど。

私はずっと、ちゃんと、覚えてるから。




「ま、また。私の事、好きになってね。」

「はい。」

「きっと、最初はクルーレさんに信じてもらえないから、私抱きついたりして記憶見てもらって、ホントなんだよーってゆうから!……触って叩かれたら流石にショックやから、シャリティアさんとかにも協力してもらうから!」

「それは良い考えですね。」

「ね!クルーレさん心見れるから、私が嘘ついてないの分かるし。……嫌がるかもやけど、クルーレさんの能力あって良かったって私思うよ!チートってすごい!!!」

「はい。」

「だから、……だから。」

「はい。」

「ぐすっ……………あほなわたしがあいされてたってわすれへんように、いっぱいかんで」

「…………………はい、いくらでも。私は美津だけが好きで、………美津だけを愛しています。」

「わたしも…………クルーレがいっちゃんすきで、あいしてます。」



あったかい身体に抱きしめられて、私は泣いた。


泣いて、泣いて、泣いて。それから頑張ろう。


これが最後になんてならないよう、頑張ろう。




私の誓いは、クルーレさんの幸せな笑顔。

その努力を怠らない事。




今まで、病的なくらい可愛がってもらったんだから、今度は私が行動しないと!



クルーレさんにまた好きになってもらえる様に。


クルーレさんが幸せ感じて、くしゃり顔で泣きながら笑えるように。


クルーレさん、きっとまた作り物の笑顔しか出来なくなっちゃうから私が頑張ってあげないと!!!




だからクルーレさん、もう一人で怖がんなくていいよ!




私を抱き締めてくれる腕が、縋り付く腕に変わるまでそう時間はかからなかった。




怖いのは私も一緒。だけど今まで……ううん。

今もクルーレさん、私が怖がんない様に、私の心守る為に頑張ってんねんから!


今度は私の番やんな!



私も頑張るから、大丈夫やから、だからクルーレさんは待っててね!


また「貴女を愛してる」って言ってもらえる様に、私努力するから!





黒騎士様、今度はちゃんと相談したようです。

怖がりの旦那様の為にビビリの聖女様もヤル気に。


初めから相談してたら、ちゃんとなったんですよ!

黒騎士様のおバカ!


遠回りしましたが、何とかエンディングへのカウントダウンが始まりました。


あと残り三話、お付き合い下さると嬉しいです。

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