迎えに行くから
黒騎士様視点になります。
あの時。
お母様と二人で女神を脅し美津をマグマから救い出せば、無意識に腹を庇うような体勢だった為か胸と腹の部分は無事だった。
しかし背中の広範囲が結界の中に居たにもかかわらず赤く腫れ上がり、むき出しだった手首や顔は爛れや水ぶくれも出来ていた。
呼吸も荒く、背中の腫れから来る熱にも苦しんでいるようだ。
……私相手にはしっかりと魔法を施したのに、彼女にはこの仕打ち!
本当に部品程度にしか思っていなかったのだな!!!
女神を痛めつけるよりも、急いで姉上達の所に戻り二人掛かりで処置をしていく。
……………おかしい、治りが遅い。
いつもならとっくに、この程度の腫れや水ぶくれは無くなるのに。姉上だけでなく私が魔法を使っているのに、何故!?
「姉上、これは……、」
「まさか………瘴気のせいか?」
疑問に答えたのはピーター様だった。
「言ったでしょう?一定以上の瘴気を取り込んだ人は体力、免疫力が低下すると。………おまけに治癒の魔法もあまり効果が出ない。だから死者が増えているのです。」
「そんな!?」
「急いで城に戻り、薬で治療しましょう。……いやいや、ここからならミスティー城の方が近い。誰か!レオン国王に、薬品と魔法を使わぬ医者の手配を!傷を放置すれば聖女の命に関わる!!!」
「「「はっ!」」」
「…それじゃ、助かるか分からないわ。」
そう口にしたのは人型の女神だった。
分身体である妖精型二匹も、私が見上げる位置に居る女神の足元近くで浮かんでいる。
「…どういう意味だ。」
「今までの彼女に、瘴気での症状は無かったわ。………貴方の付けた歯型も綺麗に治っていたでしょう?」
「あ、確かに!私、何度も治しましたわ!」
………一番最近だと、検査を受けた時。
確かに、あの時も姉上が治していた。
「瘴気は、誰かに対する負の感情そのもの。嫉妬、怒り、憎悪や殺意とかの強いもの。魔法を使うと、疲れると言うよりスッキリとした気分になるでしょう?あれは、体力だけでなく負の感情も対価に魔法を行使してるの。そうすればあなた達から少しでも争いごとが減って、喧嘩しなくなるかと思って……。」
そして対価として支払われた負の感情は、肉体を離れ大気と同化し、ある程度は世界そのものに自浄される。
しかし人口の増加、魔法が便利だからと人々が使い続けた事によって間に合わなくなり、吐き出したものよりも悪質になった負の感情が、食物や空気から人々の肉体に戻っていく。
悪循環としか言いようがない。
「ほら、病は気からって言うでしょう?瘴気を多く持ってしまうと負の感情が増幅されて、気が滅入って塞ぎ込みやすくなるの。心は不安で一杯、疑心暗鬼になってベットから出るのも嫌になって、次第に本当に病気になってしまうの。まあ目に見えるくらいの濃度になった瘴気なんて、猛毒と一緒だから少し取り込んだだけで病気になる前に死んじゃうけど。」
………成る程。
美津の中にある瘴気は、多くの人間の負の感情そのもの。
女神の魔力によって強化されているとしても、美津は今まで平気に暮らしてきた。美津程ではないが、これまでの聖人、聖女達も無事に役目を果たしている。
……彼らはきっと、負の感情と呼べるモノを心に殆ど宿さなかったのだろう。
女神によって叶うはずのない望みを叶えられ、招かれた世界では誰でも言うことを聞いてくれる特別待遇。
おまけに、自分の側には与えられた感情とはいえ、愛する人が存在する。
愛された供給者が我慢していれば、ストレスなど殆ど感じなかった筈だ。
私が保証する。………側にいてくれるだけで、この世の誰よりも幸福だと思えるから。
そして彼女は、美津は優しくとても情深い人だ。
いつも、最後にはしゃーないなぁと笑って許せる程、懐の深い人。
これまで自身の負の感情など、あまり気にした事などなかった筈だ。
でも、今は?
贖罪の為に瘴気浄化の部品になる事を選んだ彼女の心は、負の感情で満たされている。
その心によって、瘴気が反応しているとしたら。
「……なら、なら今すぐ瘴気を取り出せ!お前なら出来るだろう!?」
「い、今!?駄目よ!今取り出したらこの場にいる全員……いいえ、この山周辺の人も動植物も濃度の高い瘴気を直接浴びてそのまま死んでしまうわ!……だから、その、聖女をマグマに戻してくれたら」
「「絶対に許さない」」
お母様と二人、射殺さんばかりに睨みつければ女神達は怯えて震え上がっている。
お母様の周囲の、目に見える静電気が黒い。
美津から誤って攻撃された時、おそらく瘴気を含む魔力の名残で変化したのかもしれない。
「ならリアーズに戻り、儀式用の水晶を使いましょう。正しい手順で行えば問題無いでしょう?」
ピーター様の案にも、女神は首を振る。
「……今の聖女は『自分は許されない罪人』って暗示にかかった状態で……心が瘴気と強く結びついてる。マグマの中で浄化するならまだしも、無理に剥がすと心と身体がバラバラになって廃人になるわ。」
「そんな事までしていたのか!?今すぐ解除しろ!!!」
道理で、私とお母様が目の前にいても反応しないはずだ!結界で美津からは私達の姿が見えていないのだとばかり思っていたのに……っ!!!
私が握り潰さんばかりに分身体を捕まえれば、人型の女神は慌てて、それでも無理だと泣き出した。
「無理よぅ!一生使うつもりだったから絶対抵抗しない様に強いのにしちゃっ……ぁあああこわいぃ〜!」
私の顔を見て泣く女神に、殺意しか芽生えない。
「このクソ女神がっ!!!」
分身体をボールの様に女神に投げつけ八つ当たりしても気が晴れず、私は頭をガリガリと掻き毟る。
どうすればいい?
考えろ、考えろ!
私は美津の怪我を癒す為に瘴気を取り出したい。
その為には美津の心に芽生えた負の感情が邪魔だ。
……私が秘密にしてしまったから、おかしくなったんだ。
ちゃんと二人で、考えながらこれからの事を相談していたら。美津は負の感情に飲み込まれたりなんかしなかった。
あの時。
お母様からではなく、私が自分から相談していたら。
「…………おい女神。お前は私の記憶も、美津との思い出も取り出せる。つまり部分的に、特定の記憶を取り出せるんだな?」
「ぐすっぅう………、に、二十年三十年前とかなら別だけど、つい最近のなら、出来る…。」
「なら、……お母様!私の話をしたのは、今日のおやつを二人で食べていた時ですね!?」
「え!?そ、そうやけど!?」
「……ならお母様、お願いです。美津の為に、一生内緒にして下さい。」
「!………うん。うん。この娘が傷付くのは、もう、嫌や。」
私達は、美津に応急処置だけ施して、出来るだけ負担のないようにドラゴンに乗せ、ミスティー城を目指した。
彼女を、元に戻すために。
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城に戻り、薬での治療やもろもろの処置を施して半日。
美津はまだ眠ったままだ。
「クルちゃん、ホントにええの?」
「……どうしてです?」
私は彼女の天蓋付きベッドに寝転びながら、隣でうつ伏せに眠る美津と、その頭を撫でているお母様を見てから自分の右手を見た。
手のひらには、錠剤程の大きさの水晶が数粒転がっている。
小さいながらとても強い魔力が宿り、色は、真っ黒を通り越して闇色と言える。
美津の吐き出した負の結晶だった。
「……やっぱ、マグマにポイしようや。そんなん、身体悪くするかもやし。」
「嫌です。勿体ない。」
お母様は心配そうに私を見るが、敢えて無視した。
私は彼女の初めてなら、例え憎悪だって殺意だって欲しい。
結晶は彼女が私を、とても強く愛していたから生じたのだから。
私は左腕を伸ばし、美津の包帯に巻かれた腕に手を添える。
「全部私のモノにするって、もう決めたんです。」
私が我儘だって、お母様はもう知ってるでしょう?
「……………ありがとうね。」
お母様の泣き笑いの顔に私は頷いて、数粒の結晶を口に放り込み、飲み込んで。
そのまま意識を手放した。




