お母ちゃん
ぼっちゃんとマグマの中に落ちても、私もお母様も焼け死ぬ事はなかった。確かに空気は熱く感じるが、火傷するほどの熱風でもない。
……やっぱり。
「……クルちゃん、どう?大丈夫?」
お母様は私に何か異常がないか頭の上でそわそわしている。…少しくすぐったい。
私は身体が本当に頑丈で、魔法を使わなくても四階建ての建物から飛び降りても着地しそのまま走れるのでまあ問題はないのだが。
……それに、魔法も発動している。
「思った通り、女神は私が大事みたいです。美津に施してる魔法を咄嗟に使ってますよ……お母様、私から絶対離れないで下さいね。」
「へいっ!!!」
お母様が私の頭を伝って首筋にくっついたのを確認して、周囲を見渡す。
マグマの中と言っても、私の着地した場所は膝下が少し浸かる程度。所々深くなっているのかもしれないが……………居た。
美津はすぐに見つかった。
人一人すっぽりと入り込める深さのある場所に結界が張られていて、そのマグマの中で、美津は膝を抱え丸くなっていた。
目が開いているのに、目の前に居る私達を見る事なく………泣きながら、懺悔していた。
「ごめんなさい」
「私ダメなお母ちゃんや」
「お母ちゃんみたいに上手に出来ひん」
「やっぱ、出来損ないやったんや」
「ごめんなさい」
「身体が汚いから、だから心もきたないんや」
「わ、わたしなんかおるからだめなんや」
「クルーレさんやって、もうわたしのこときたないから、いらないんや」
「ごめんなさい」
「きたなくて、ごめんなさい」
「わたしわるいやつやから、きらいなんや」
「ごめんなさい」
「わるいやつで、ごめんなさい」
「あかちゃんにひどいことしようとしたわたしは、いらないんや」
「ごめんなさい」
「クルーレさん、ごめんなさい」
「おねがいします、めがみさま」
「どうかどうか、クルーレさんと、あかちゃんと、おかあちゃんと、シャリティアさんと、おしろのみんながしあわせなるように」
「わたしここにおるから、ずっとずっとここにおるから」
「だから、だから、おねがいします」
「クルーレさん」
「いつか、わたしをゆるしてください」
「ごめんなさい」
「ごめんなさぃ………」
私は、首筋から離れようとするお母様を片手で押さえつけながら。魔力を加えても、殴っても、蹴りつけても壊れない結界に阻まれて触れられない自分を殺したくなった。
「美津ーっ、みつぅぅぅっ!はなしてぇなー!クルちゃんはなしてぇ!!!」
「……っお母様が燃えて消えてしまったら、美津はもっとおかしくなります!」
「でも、美津、美津がぁ!」
「っ、女神よ、美津を解放しろ!私が大事だと言うなら聞き届けろ!私は彼女以外とは番わない!」
頭上にふよふよと寄ってきていた黒い妖精を私は怒鳴りつけた。はやく、はやく話さないと。
私の今の気持ちを、彼女に伝えないといけないのに!
「それは呪いによって生じた感情。消えてしまえばなんとでもなるわよ?」
「……例え彼女と愛し合った記憶が無くなっても、私はまた彼女を好きになる!私には美津だけだ!」
そうだ。私が愛するのは、美津だけ。
美津は私を愛してくれていた。
私が思うよりもずっと強く、重く、愛してくれていた。
こんな事が無ければ気付かなかった。
私の能力はその時考えている事や思い出している記憶、今見ている夢が見えるだけで、その人物の人格を、全てを知るものでは決して無い。
人とは、誰しも魔がさす生き物だった。
優しく、清く正しいと思っていた美津も怒りや悲しみに飲まれると違う面が現れる。
私が彼女恋しさに道連れにしようかと考えたのと同じ。
彼女もまた、私恋しさに死を選んでいたのだから。
「わ、私は反対よ!貴方の好みは分かったけど、でも彼女は駄目よ、貴方に相応しくない!確かに最初はいいかと思ったけど、記憶を見て嫌になったの!穢らわしい!」
妖精姿の女神が口にする言葉にまた殺意が芽生える。
お母様が私の顔を見て青褪めているのが視界の端に見えるが、今は構っていられない。
だって目の前が、赤く染まっている。
ギシギシと歯ぎしりが止まらない。
爪も伸びている様な気がする。
女神は、私の怒りを揺さぶる天才としか言いようがない。
「……私の妻を、侮辱するのは許さない。」
「どうして?貴方も知ってるじゃない!そんなどこぞの浮浪者にいたずらされた娘な、んぐぅっ!!?」
………余計な言葉を吐き出す頭はこれか。
ミシミシと骨がきしむ音は聞こえるが、切り裂いた時とは勝手が違うのか、こんなにも力を込めて、魔力で強化までしているのに握り潰せない。
「潰れろ。」
「んぶぶっ、どどうして!?わざわざその子を選ぶ必要ないでしょう?貴方は恵まれてる。私によく似て美しく、能力もある可愛い子、私の息子なのよ貴方は!母の言うことを聞いて!」
抵抗の末私の手から逃れた女神(妖精姿)は、顔色を白くしながら私に訴えてくる。
まだ言っている………女神が、私の母親?
ふふふっ、笑わせる。
そんな訳があるか!!!
「私の母は、愛してもいない獣に犯され、私を身篭った。だが堕胎せずに産み落としたのは、命に罪はないと、父を説得してまで私を生かしてくれたのはシャルーラ・スティーアだ!お前じゃないっ!!!」
「っクルーレ!」
「そして私に、最愛の娘を取られるのが複雑だと思いながら、………新しい息子が出来たと、娘と同じ様に愛し接してくれた美智子様が私の義母だ!」
「…クルちゃん、ぐす。」
「お前は母親なんかじゃない!お前は私に自身の欲望を押し付けてきた女どもと何も変わらない!醜くおぞましい、不快なモノだ!!!」
「く、クルーレ、そんな、私は…!」
「ぐすん。……クルちゃんのゆうとおりや。あんたはお母ちゃんを分かっとらん。」
「!た、確かに私はクルーレを産み落とさなかったわ。でもそれは、」
「そんな事と違う!」
お母様は私の頭の上に移動して、黒い妖精を目の前に言い切った。
「お母ちゃんっていうのは、だいぶ損するもんや!」
「そ、損する?」
「そうや!お腹死ぬ思いで痛めて産んだって、自分で産めなくてどっかの施設で引き取ったって、いつかは家から、お母ちゃんから離れてく!何処の馬の骨とも知らん女に、男に、仕事やお金に!子供は取られるんや!自分だけの子供になんかならんのや!!!」
「そ、そんなの!嫌よ!」
「ほら、だからあかんのや!あんたはお母ちゃんになれん!損してでもお母ちゃんにならなあかんって、考えられんあんたは無理や!」
「損してでもって、じゃあ貴女はなんでなのよ!?」
「子供が生きてるのがお母ちゃんの得やから!!!」
「…………え?」
「どっか遠くで仕事してて何年も顔見せんでも、構わへん。借金作って親に金だけたかってさっさと帰ったって、ええよ。新婚やからって実家に近寄らんようになっても、……生きてるなら。どんなに私がしんどうて、辛くて、苦しいて、死にそうなってたって、……子供が、美津が生きてるならそんだけで私は嬉しいんや!そんだけで得なんやっ!!!そんなん思った事、あんた絶対ないやろ!!?」
「………………………………。」
女神は何も言えない。きっと図星だったから。
お母様を捕まえている私の手は涙で濡れている。頭の上で女神に説教しながらもジタバタともがいている様だが、私は手を離す訳にはいかない。
だって言葉の通り、お母様は美津の為ならマグマの中で燃やされたって構わないと思っているから。
それで。代わりに美津が助かるのなら。
お母様は喜んで飛び込もうとするのだから。
「あんたはお母ちゃんなられへん!自分の得しか考えへんあんたに、親名乗る資格ないわ!!!」
お母ちゃんも色々あると思います。
子供が大好きだったり苦手だったり。
旦那から母を求められたり女を求められたり。
自分を優先して子供ほっといたり。
旦那を優先して子供ほっといたり。
ニュースに出てくる家族を見ると悲しくなる時があります。
色々な事情があって起こる出来事だとしても、悲しいものは悲しいです。
こんなお母ちゃんみたいな人が一人居たって良いと、私は思います。




