実は今まで一度も、聖女は本気で怒った事がなかった
黒騎士様視点で進みます。
「こ、殺す?」
美津が、私を?
あの可愛くて優しい美津が、私を雷で跡形もなく消し去ろうとしているとっ!?
「突っ立ってたらあかんって!!!」
その声にその場から走りだせば、後ろでごしゃっと何かが壊れる音がして。
走りながら後ろを振り向けば、新しく焼失した場所を見ている無表情の美津が居た。
ふ、普段はあんなに表情豊かなのに!!?
私は恐ろしさのあまり、そのままスピードを落とさず、その場から走り去った。
取り敢えず、私も色々と考える時間が欲しいです!!!
――――――――――――――――――――――
どれだけ走ったか。
空いている客室を見つけ、そこに身を滑り込ませ息を整える。
……体力的には問題無いのに、この疲労感はなんだろう。
「何とか逃げきれたなー。セーフセーフ。」
「!?」
慌てて上を見上げれば、そこには所々焦げたお母様が居た。
「お母様、怪我をしたのですか!…まさか、美津が!?そんな、美津が貴女に乱暴するなんてどうしたのですか!?」
「あー、うん。その事やけど。バレたから。」
「………ばれた?」
「そう。クルちゃんが女神様のノロイで美津の事好きになったのも、浄化の時にノロイ解かないと美津が早死にする事も、そうしたらクルちゃんが美津好きやった事も思い出も記憶から無くなる事も、それが嫌なクルちゃんが明日自殺しようとしてるのも。全部。」
「………ぜんぶ?」
「そう。全部。私が言ったから。」
「な、な、な、」
なんて事を!!!
「いやーさっきピーター様と執務室で話してたの、私隠れて聞いてん。そんで悩んで色々考えてんけど、どうやって伝えても美津悲しむやろうから、正直に、聞いたことだけそのまま言ってん。そしたら………、」
『……………………………………………そう。』
「………無表情からゆっくり笑顔になって。でも目は笑ってないっていうか、冷めてるっていうか。……あんな美津私も見たことないわこのアホボケカス!めっちゃ怖いやろあんたが変な事考えて死のうとかくだらん事言うてるから美津キレちゃったやないかぁ〜っ!!!」
お母様は泣きながらぺしぺし頭を叩くけれど痛くもなく。
「おまけにその後さっきの黒いビリビリが美津から出てきて、部屋にランダムに落ちて私にも一発当たってもうて。まぁ私はあんま痛くなかってんけど、椅子とか床とかがあんなえぐれて焦げてて。人に当たったら死ぬからやめなさいって言うたら、あの娘!」
『なら、私がクルーレさんお手伝いしてあげなぁあかんな。何せ妻やし?』
「そう言ってキョロキョロしだしたと思たら、壊れた棚から転がった掃除用の箒拾って!わざわざ練習して何回か振ったら箒の先から黒いビリビリ出るようになって!あんた探して部屋出たからずっと引き止めてたんや!ほら私に感謝して、さっさと美津に土下座して許してもらい!!!」
お母様は泣きながら髪の毛を引っ張り、私を部屋の外へ、美津の元へ連れて行こうとする。
………こんな私の事を、最後まで庇おうとしてくれている。
お母様からは、怒りや悲しみよりも心配する心が強い。
「…………いえ、出来ません。」
「なんでや!?」
頭に引っ付くのを止めて私の目の前に浮かぶお母様はまだ泣いたままで、とても心が痛むけれど。
それでも、私は…………。
「聞いていたなら分かるでしょう?私には、彼女との思い出が無くなるなんて耐えられない!彼女を愛した事も、救われた事も、せっかく授かった子供の事も、私は忘れるんですよ!?」
嫌だ。嫌だ。嫌だ!
私の幸福を奪う者は、誰であってもゆるさない!!!
「そんなん、あ!」
「相談したらええやん。」
「…………………美津。」
静かに開かれた扉の向こうに、無表情の美津が居た。
最近は笑顔しか見ていなかったから、違和感しかない。
………でも、ああ。今の彼女を見たことがある。
彼女は、海に浮かんでいた時と同じ顔をしている。
家族が船に、炎に、海に。奪われたと思っていた時と、同じ。
今まで生きていた世界に未練がなくなるほどの、絶望を感じた時と同じ顔をしていた。
「なんでなんも言わんの」
「そんな大事な事、私が知らんなんておかしいやん」
「夫婦やのに」
「ずっと一緒って言うたのに」
「……初めから約束破るつもりやったんや」
「私に言うた言葉、ぐすっ、みんな、うそやったんや」
「わたしのこと、みとってくれるってうそやったんや」
「だからっわたしのことおいてくんや」
「わたしのわらったかお、すきゆうたのもうそやったんや」
「わたしがかわいいっていうのも、めがみさまにゆわされてたんや」
「わたしが、こ、このみやって、うそやったんや」
「しあわせに、なろうねって………っ、」
「うそつき」
「うそつき」
「うそつき」
「うそつき、うそつきうそつきうそつきゔぞづぎぃぃぃいあああああああああああんっ!ぅあああああああぁあああああああん!!!」
美津はその場に座り込んで、幼子の様に泣き叫んだ。
子供が親とはぐれ、この世の終わりだと泣くように。
心臓が締め付けられる、そんな泣き声で。
「美津、私は……貴女が愛しいから、この心が無くなるのが嫌で、だからっ!」
「いっがいわずれだら、もうわだじのごとすきじゃなくなるんや!!!」
「!」
「わ、わたじのごとっ、このみやっていうたのに!めがみっさまにゆわれなきゃ、わたしのこと、すきにならんかったんや!!!」
「ち、違う!」
「ちがわないぃ!だからわたしおいていくんや!そうせなわたしのことすきにならんからっ!このみやったら、わすれたって、……わすれたってわたしのこと、またすきになるやろ!?ならんならあんたはうそつきや!!!」
「違う!嘘じゃない、私が好きなのは、好みは貴女だ!」
「うそや!うそや!しんじひん!もうしんじひん!!!うそつきなクルーレさんなんかきらいやあぁああああっ!!!あああああああああああぁぁあん!!!」
持っていた箒を投げつけられた時はヒヤリとしたが、黒い雷は出ることはなくただ私の足に鈍い痛みを与えただけだった。
「………美津、美津。聞いて、お願い。」
「いややぁっ、もう、もうきけへん!なまえもよんだらへん!あんたなんかのおねがいなんか、もうきいたりしいひんもんっ!ぅうえっ、ゔゔうぅぅぅうぅっ!」
うずくまって、両手で耳を塞いで、美津は泣いている。
「………美津。」
どうしてだろう。
美津がこんなに泣いているのに、嬉しいと思うのは。
………彼女は、私を信じていた。
私が口に出す言葉を。行動を。気持ちを。
私自身より、美津は信じてくれていた。
貴女の声で名前を呼ばれるのが好きだと言った。
抱きしめた時の暖かさと柔らかさが好きだと言った。
照れて大声で騒ぐ貴女が可愛くて好きだと言った。
私の我儘を「しゃーないなぁ」と言いながら許してくれる貴女が好きだと言った。
笑った顔がとてもとても可愛くて。
私好みの女性は貴女だけだと、閨でそう伝えると照れて喜んでくれていた美津。
「美津………………ご、ごめんなさぃ。」
私は、とても愚かだ。
いつも貴女が泣いてくれて、気付かされる。
例え全てを忘れても。
私が次に恋するのも、彼女だ。
だってこんなに私好みの女性、他に居ないです。
壊れた黒騎士様を元通りに修理した聖女様。
しかし聖女様は代わりにぶっ壊れたままです。
なので選手交代。今度は黒騎士様に修理していただきます。
お邪魔虫が飛んだりしますがなんのその。
黒騎士様は、やっと通常運転です。




