妖精も知らなかった
妖精さんは、聖女様と一緒で嘘が苦手です。
というかヘタです。
それだけこそっと覚えててやってください。
(じーーー)
「もぐもぐもぐ」
(じーーー)
「むぐむぐむぐ」
(じーーーーーーーー…)
「おかんどしたん?そんなこっち見て。チョコ付いてる?」
「それはさっき取れた。」
「そうなん?んじゃ何?」
「………………うーん。どないしよう?」
遅れて部屋に来た母はとても、とても珍しい事に何か悩みがあるみたいです。
……クッキーの乗った皿の前でうんうん唸りながら貪ってる妖精の姿は可愛いねんけど。癒される。
それにしても、どうしたんかな?
普段は考えた事そのままぽんぽん口に出すのに。
「お母ちゃん私と一緒で黙ってんの苦手やろ?言っといた方が良いよ?」
「そりゃあんたは私に似たから……いやまあ、そうなんやけど……。」
「え、ホンマにどしたん?もしかして具合悪い?」
こんなに悩んでたの、病気の事遠くに住んでる兄貴達に知らせるかどうか以外なかったはずやけど。
私が不安そうにしてると気付いた様で、違う違うと手を横に大きく振る。……怪しい。
しばらくおかんを睨みつければ、最後のクッキーを咀嚼してからこちらを向いた。
「例えばやけど。クルちゃんがみっちゃんに内緒してる事あったら、どうする?」
「言ってくれるまで待つ。」
「やんなー。」
おかんはまた少し考えてから。
「なら、実はどえらい失敗して人様に迷惑かけまくってたって分かったら?」
「クルーレさん引きずって土下座なり労働なりして謝罪と一緒に償います。」
「そやろなー。」
またまたおかんは首をひねり考えてから。
「実は不治の病で、」
「クルーレさん何処おんねん!」
「ぁああああ違う違う待って待ってぇや!」
「そこまでクルーレさんクルーレさん言ったら私でも分かるわアホ扱いすな!!!」
「あわわわ言うからちゃんと言うからふりまわさんといて〜!!!」
足持ってぐるんぐるんと回してやってら観念したのか、おかんはフラフラしながらクッキーの乗っていたお皿に着地し。
それから、思い出す様に、ゆっくりと話してくれた。
おかんの考えは一つも入れずに、ただ聞いたことだけを、私に話してくれた。
――――――――――――――――――――――
執務室を出て、私はピーター様と別れていつもの習慣になっている鍛錬(今回は素振りのみ)をこなしてから美津の待つ部屋に向かっていた。
今頃、お母様とおやつでも食べているだろう。
嬉しそうに二人笑う姿が想像出来る。
「……………もう、明日か。」
明日の朝。
儀式と言って向かう人数を最小限にし、姉上を城に待機させる。
山に着いたら美津から取り出した瘴気をいくつかの特殊な水晶玉に移し、彼女を気絶させる。
お母様は驚き止めようとするだろうが、あれくらいの雷ではなんの障害にもならない。
私は水晶を受け取って、そのまま火口へ飛び込む。
それでおしまいだ。
「……出掛けるの、楽しかったな。もっと行けば良かった。」
お願いして腕を組んでもらい(身長差の為縋り付いているように見える)城下町へと向かうのを彼女はお散歩デートと言っていた。
……預けられた時から、私は城に置いてもらう為雑用や仕事ばかりで遊んだことなど無かった。
休めと言われても、母の事もあってどうしても自分の娯楽には気が引けて行けなかった。
ミスティーでは浄化の為、彼女と共に馬車で旅に出た。腹立たしい事はあったが、旅行と呼べるものだった。
盗賊や罪人の討伐以外での外出も、実家に顔を出す以外無かったから………彼女のおかげで、私はやっと人らしくなっていたようだ。
彼女との食事も、おしゃべりも、共に過ごす夜も。
嬉しくて。楽しくて。幸せな時間だった。
……彼女は、暫く泣いて日々を過ごすだろうか。
もしそうでも、お母様も姉上も側に居る。
きっと彼女を支えてくれる。
それに、私との子供がお腹の中で育っていくなら。
泣いてばかりいる訳がない。
彼女は私などよりずっと強く、逞しい母になるのだから。
淋しいのは、少しの間だけだ。
「……ふふ。淋しいのは、私の方か。」
今日は抱き潰さずに、くっついて眠るだけにしよう。
彼女の心臓の音を聞きながら眠るのは、とても落ち着くから。
「クルーレさーん!」
声に顔を上げれば、私の愛しい人が走りながら笑顔で、こちらに手を振り向かって来ていた。
その手に何故か、箒を持って。
「ん?」
「クルちゃんはよ逃げーっ!!!」
私はお母様の声にその場を跳びのき、次の瞬間。
私の居た場所に、黒い雷が落ちた。
音はお母様の雷とそれ程変わらない。
………床に使われた頑丈な石や材木を、一瞬で焼失させて炭にし、大人一人入る大穴をあける程の威力以外は。
「あ、避けよった。」
箒の先を大穴に向けたまま、美津が微笑む。
大好きな美津の笑顔なのに、何故だろう。
背筋の怖気が、冷や汗が止まらない。
「み、美津?どうしたんですか?」
「どうしたって?」
「そ、その箒……いえ、さっきの雷は?お母様ではありませんよね?」
「そうやねー。おかんはちゃうやろねー?」
美津は変わらず笑顔のままだけれど。なんだろう。
どうして私は、今。
美津に恐怖しているのだろう?
美津の後ろから追いかけ飛んでいたお母様が、また叫び声をあげた。
「だからはよ逃げ言うてるやろっ!美津はあんたの事、あんたの事っ、殺す気満々やねん!」
「え、」
美津は今も笑顔だ。笑顔のまま、
「そうやねー。」
そんな言葉を、口にした。
さあ、聖女様もぶっ壊れたようです。
これから黒騎士様に責任取ってもらいましょう。




