美人は知らない
ピーター様と共に執務室に入り、鍵と防音の魔法を施す。
これで誰にも聞かれない。
ピーター様は無表情の中、確かに悲しみを帯びた顔を私に向けた。
「黒騎士様は、女神の呪いを解く気がないのですね。」
「はい。」
私の即答に、やはり、と彼は肩を落としてしまった。
「ならこのまま彼女と共に生きれば良い。確かに、彼女の寿命は短くなるかもしれませんが、それでも共に生きたいと彼女は望むでしょう?」
「………そうでしょうね。」
彼女はきっと、私の側に居てくれる。
たとえ自分の寿命が短くなっても。
でも、それは嫌だ。
「気付いたんです。私はもう、母の様に……私が原因で命を失う愛しい人を、見たくはないと。そんな事になったら、私はもう狂って、ただのバケモノになるしかない。」
「貴方は………本当に、死ぬ気なのですか?」
「そうですよ?」
ピーター様は何も言えなくなっていた。
そんなにも、私の今の笑顔は怖いのだろうか。
そんなにも青褪めるほど。
「呪いを解いて、どうなるのです?ノロイで与えられた気持ちだとしても、彼女への愛も、思い出も全て奪われるなんて私は嫌だ!私の子を宿してくれた彼女の事さえ忘れるんですよ!?私の幸福はっ、彼女が与えてくれたのに!!!」
「黒騎士様………。」
「彼女と出会う前の私は、誰も信用していなかった。姉上やレオン様、王太子殿下以外誰も近寄らせず、ただ生きていただけです。」
子供がいると言われても、それこそ何かの、誰かのノロイと疑って私は信じないだろう。
そして怒りに我を忘れて、私は美津を傷付けて……魔力の無い彼女相手に加減を間違えば最悪、殺してしまうかもしれない。
もし、万が一にもそんな事が起こったら。
「……嫌だっ、忘れたくない!私は、美津が思うような最強の騎士なんかじゃない!こんなにも自分勝手で、臆病で、弱い男がそんなの、……ありえないでしょう?」
ピーター様は青褪めた顔のまま、それでも私を哀れんでいた。
愚かな事だと分かっていても、それでも死を選ぼうとする私を。
「私が明日、呪いを持ったまま火口に飛び込めば浄化出来ますね?」
「…………………。」
「出来ますよね?」
「………ええ。可能でしょう。」
「それで美津の、……聖女様の供給者としての役割は無くなり、命を削ることもありませんよね?」
「………はい。」
「嘘じゃないか、腕を掴んで良いですか?」
「………どうぞ。」
私はピーター様の左腕を掴み、目を閉じ、先ほどの話に嘘偽りがないか確かめた。
必要ないと思っていても、念の為。愛しい人の為、チェックは大切ですよね。
「………有難うございます。疑っていた訳ではないのですが、どうしても気になって。」
「………考え直すつもりは?」
「全くありません。」
私が笑ってそう言えば、ピーター様は少しだけ怯えて、それでも私とは目を逸らさなかった。
「女神の愛子よ。貴方がそれを望むなら従いましょう。……きっと女神が良い方向に導いて下さいます。」
ピーター様はそう言って、私の背を撫でてくれた。
暖かく、嘘偽りのない、労りのこもった優しい手だった。
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二人が魔法を解除し、執務室を出て少し。
「………………………ど、どどないしよう。」
天井のシャンデリアに隠れていた妖精さんの泣きそうな声がとても小さく、静かに響いた。
妖精さんは見た、本番です。




