聖女の隣国訪問[聖女について]
ここからしばらく黒騎士様視点です。
黒騎士様の精神が壊れ気味になっていきます。
悲しい思いをさせてしまいます。
しかし、ネタバレになるのでしょうが私はハッピーエンド主義です。
暫くは、少しだけしょっぱい気分にお付き合い下さい。では。
「お話とは何ですか?」
美津様の姿が見えなくなってから、私はピーター様に向き直った。
姫の事があってから私は一層人を疑い、観察しながら生きて来た。
お陰で、相手の表情や会話に裏があるのかどうか何となく分かる時がある。
そして、今回も。
「聖女様と婚約なさっているのですよね?」
「そうです。」
「身体に何か、変化はありませんか?頭痛や筋肉の軋み、吐き気などは?」
何故か医師の様な質問をされ、私も困惑してしまいました。
「い、いえ特には。むしろ最近は調子が良いくらいです。」
彼女のおかげでストレスが激減している為、味のしなかった食事も眠れぬ夜も過ごさなくなったから元気すぎるくらいなのだが。
お母様と一緒に食べたクッキーも美味しく頂いた。
「そうですか。……いやいや、今回の聖女様は規格外と言わざるを得ませんね。能力だけでなく、気性も暗すぎず、明るくお優しい方の様ですし。」
「聖女様は確かに素晴らしい女性に違いありませんが、何か問題があったのですか?」
「いえ。今まで伝えられて来た聖人、聖女とは違いあまりの善人ぶりに少し疑いを持ちましてね。……話して分かりました、彼女は健やかに育てられた優しい娘です。そう睨まないでください。」
ピーター様に苦笑され、私はチラリと視線を外した。まったく失礼にも程がある。美津様を疑うなど。
ピーター様は一つ咳をすると、また話し始めた。
「呼び出される方々がこちらに来る代わりに、女神に願いを叶えてもらうのをご存知ですか?」
「勿論。」
美津様に好意を持つきっかけが、その願いの内容だったのだから。
「一緒に働いた同僚、愛していた人、恋人を奪って逃げた相手、実の親……、」
「何ですか?」
「殺された方達です。」
ピーター様は私の目を見て、言った。
「今まで呼び出された聖人、聖女は…今あげた様な方々を残酷に、痛めつけて殺して欲しいと女神に願い、こちらに来たのだそうです。」
招かれた方達はそれぞれ、不運と呼べる人生を歩んできた。
親に恵まれず施設で育ち、虐待を受けた者。
親に虐待され、学舎も誰も助けてくれず憎しみを募らせた者。
社会に出て働いて、同僚に手柄を奪われ職場を追われ浮浪者の様な生活に落ちた者。
連れ合いに裏切られ、金だけむしり取られ捨てられた者。
愛する人を汚され、死に追いやられ独り残され絶望した者。
それが殺意に繋がると、私にも理解出来るところはあるけれど。
仮にも聖人、聖女として呼ばれる人物としては……余りにも。
「選定基準は詳しくは………しかしおそらく、元の世界に未練の無い方々を優先的に選んだのではないかと思われます。」
……彼女も、家族を喪うと思い一度絶望している。ピーター様の仮説は正しいかもしれない。
そして、今まで選定された者達の願いを女神は叶えた。
結果的に、これまで少なくはない人を生贄にして私達の世界に招いていた事になる。
………方法は分からないが、残酷に与えた死を見届けてからこちらに来た彼らは魔法陣の中でそれはそれは喜んでいたらしい。狂ったように笑い転げ、ざまあみろ!と叫ぶ者も居た、と。
「此方に訪れてからも呼ばれて来てやったと、我儘放題。世話をするメイドや騎士に無体を働く者も居たらしく……しかし、そんな時は必ず女神様が彼等の夢に現れ、簡単な呪いを施していきます。」
「………呪い、ですか。」
なんだろう。聞きたくない。
これは、きっと私の聞きたくない言葉だ。
「膨大な魔力に反応し、その魔力を保持する者に従い、妨げになる事を嫌がる様になる呪いです。丁度、貴方のような黒髪、黒い目を持つ者達に彼らは従順になるのです。………まるで、惚れ薬でも飲まされた様に。」
『一目惚れってホンマにあるんやねぇ』
ああ。やっぱり。
私が聞いてはいけない言葉だった。




