美人の内緒の話
二話目です。
連れて行かれたのは私の使っていた客室では無く、以前からクルーレさんが使っている部屋だった。
王であるレオン様の執務室に近い部屋で、クルーレさんの魔力に反応して鍵を開け閉め出来るそうです。
本人と許可した者しか入れんから、大事な話をするならすごい安心、安全な場所。
クルーレさんは私を一人がけのソファに降ろし、自身はベットに腰掛けてから話しはじめた。
物心つく頃には触れるだけで人の心が読めた事。
そのせいで父と母に疎まれ、優しくしてくれた兄と姉と引き離され、城で独り生活していた事。
誰かと一緒に居たいと近寄っても、触れる人全員欲望に目が眩んだバケモノにしか見えなかった事。
利用されるくらいなら逆に利用してやろうと身体を、魔法を鍛え、二十歳になる頃には誰も文句を付けられない騎士として王に仕えていた事。
そして十年ほど前、嫁ぎ先から戻ってきたシャリティアさんが城で働き始めて、クルーレさんが両親を誤解していた事を教えられた、と。
「私と姉上、似てないでしょう?」
「えそっくりやけど?」
確かに髪と瞳の色合いは全然違うけど。
怒り方とか表情とかもろきょうだいですやん。
「そんな事、初めて言われました。」
「皆見る目ないねぇ?」
クルーレさんは照れ臭そうな顔をした後、真剣な表情に戻して話してくれた。
クルーレさんは兄と姉、二人と父親が違うそうだ。
父親は誰かも分からない獣人。たまたま庭に一人でいた母親を[つがい]と呼びながら襲ったそうだ。
獣人同士では匂いや声で好ましく感じる、相性の良い相手を[つがい]と呼び結婚相手として選ぶ事が多い。
本来なら獣人同士でしかありえないのだが、襲った獣人が人とのハーフだった為にこんな事になったのだろう、と。
子供に罪はない、と母親はクルーレさんを産んだ。
しかし年々襲った男に似ていく我が子を自分がどう想ってしまうか。子供を愛しいと想うのに、同じくらい恐怖してしまう心を、触れてしまえば分かってしまう。
クルーレさんは心が読めてしまうから。
両親は悩み、そして父親と幼馴染みだったレオン様を頼った。
詳しい事情は話さず、ただ預かってほしい、とお願いしたのだ。
人の心を見ては傷付く我が子を思い、遠ざけるしかなかった、と。
愛しているのに恐れてしまう弱い母を許して、と。
病で亡くなる前、そうシャリティアさんに話していたそうだ。
クルーレさんは涙も出なかった、と淋しそうに微笑んだ。
だって母親はもうとっくに亡くなっていて、ありがとうも、ごめんなさいも言えなかったから。
それからもがむしゃらに騎士として手柄を立てながら生活し、家族ともシャリティアさんのおかげか手紙のやり取りをするくらいには関係が回復した。
母の墓参りに年に一度は実家に帰るそうです。
家族のおかげで心に少し余裕も出てきて、仲良くしてくれる騎士仲間やメイド達も出来て、自分の能力と折り合いが付きそうな時。
レオン様の娘、オリヴィエ様が求婚してきた。
元々黒騎士のファンだったと言う姫様の我儘で、レオン様に頼まれ設けられた見合いの場。
事前にレオン様から能力について聞いていた姫様は、自分は気にしませんわ!と積極的だった。
クルーレさんの能力を知っていた周囲のお偉方は、そんな姫様を素晴らしい人柄だ、と褒めて結婚を進めてきた。
しかし、腕を組まされた時にクルーレさんは解った。知ってしまった。
姫様は顔と身体が好みのクルーレさんを好き勝手したいだけなのだ、と。
心が読めるというのも、今まで浮いた話の無かった堅物ゆえの断り文句だと初めから信じていなかった。
……もしやと思い、仲良くしていた騎士仲間とメイド達にこっそり触れてみたそうだ。
見えたのは嫉妬にかられる男達、姫と同じ様な不愉快な事柄を考える女達の心の声。
友人だからと触れなかった相手の、口から出る言葉と頭の中の言葉が真逆であった事実をクルーレさんは知ってしまった。
………自分には信じられる人が家族以外居ないのだと、この時思い知ったのだと。クルーレさんは笑った。
身体に触れられる度に流れ込む姫様の醜い望みを見せられ、結婚を迫られ、頼れる友人も居なくなったクルーレさん。
しかし、シャリティアさんにこれ以上心配をかけたくなかったクルーレさんは我慢に我慢を重ねた。
嫌悪から食事も喉を通らなくなり、追い払おうにも相手は女性、しかもこの国の姫様に手をあげる訳にもいかずにクルーレさんは追い詰められていった。
そして仕事中。
レオン様と王太子殿下の前で血を吐いて、倒れたのだ。
助け起こそうとした今まで仲良くしていた騎士に、クルーレさんは「今私に触れたら誰であっても殺してやる!」と、口元を吐いた血で染めながら叫んだそうだ。
「偽りの情けなど要らない、嘲笑っているくせに友のフリなどするな!」
クルーレさんは犬耳が生え、殺気と暴発しかける膨大な魔力を周囲にばら撒き皆が怯え震え上がって動けなくなったのを見ていたそうだ。
王太子殿下は偶々出入り口近くにいたので、何とか執務室を出てシャリティアさんを呼び、クルーレさんから理由を聞き出してもらえればシャリティアさんと王太子殿下が激怒。
王太子殿下は、以前からレオン様に姫とクルーレさんを会わせるなと言っていたそうだ。
王太子殿下が公務で城に居ない日を狙って、お見合いは行われていたらしい。
シャリティアさんはレオン様に直談判し、王太子殿下の計らいもあってオリヴィエ様を遠ざける為だけに数年間の留学へと送り出した。
この日を境に、クルーレさんは仲良くなりかけていた騎士とも、すれ違うメイドともまともに会話をしなくなった。
一部の人しか知らなかった心が読める、というのが城に居る人全員、周辺の町村に知れ渡ったのもこの頃だったそうだ。
会話するのは上品な皮を被った状態で、誰も本当のクルーレさんを知らない。知る事が出来なくなったのだ。
「おそらく今回呼び戻されたのも王の命ではなく、姫が勝手にした事でしょう。留学先から帰ってくるのが早まったのも、もしかすると私達の婚約の話を聞きつけ勝手に帰ってきたのかもしれません。」
外交問題にならなければ良いが、とクルーレさんは笑う。
………どうしてクルーレさんは笑ってるのだろう。
「美津様、抱きしめても良いですか?」
両腕を広げて、微笑むクルーレさん。
私は慌てて立ち上がって腕の中に飛び込んだ。
クルーレさんは私の抱きつく勢いのままベットに転がり、私はお腹の上に乗った状態でちらりと重いかもと考えたが降りようとは思わなかった。
クルーレさんは服に涙や鼻水がついても気にせず私の頭を、背中を撫でてくれた。




