聖女のトラウマがやってきた
ゴトゴト揺られることおよそ二時間。
日が沈むのか、窓から見える空が暗くなってきた。
抱っこされてる状態なので、頭の中の質問をクルーレさんが答えてくれた。
「違いますよ。」
「え?」
「今は昼です。夜までにはまだ時間があります。」
クルーレさんに膝から(渋々)降ろしてもらい母と共に空を見上げる。
確かに太陽はまだ高い位置にあるのに、空が夕暮れのように暗く、浮かぶ雲は紫色。
その空は確かに、瘴気に侵されていた。
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馬車から下りると、如何にも農村と呼べるのどかな風景が広がっていた。
農作業をこなす人も勿論居るが、心なしか皆さん元気がないように見える。
レオン様の言う通り女性や子供が見当たらないので、家で遊んでいるのかな?
「おかしい、村長の姿がない。」
「聖女様が訪れる知らせは送っている筈ですのに、出迎えがないとはどういうことですか?」
やばい。お姉様と弟様が荒ぶっておられる!
「き、きっと具合が悪いんですよ!やっぱ瘴気って名前聞くだけで身体に悪そうやし!」
とりあえず私と母、クルーレさんとで村長の家に行ってみることにした。
シャリティアさんには泊まる予定の宿で兵士さんと食事の準備をしてくれる事になりました。
村長宅に人は居ました。しかし、なんだか様子がおかしいような?
「そちらが聖女?……へー?」
挨拶すると、村長の息子さんとこれから村を取り仕切っていく上役の息子達だという方達が対応してくれた。
けど、すっごいジロジロ見られる。しかも半笑い。
なんか、昔懐かしい。学生の頃はよく感じていた視線だ。
「背は小さいけど、なぁ?」
「女にしちゃ横にデカすぎ」
「聖女って言うからどんなかと思ったけど」
「俺は無理だな。あんなの夜上に乗せらんねぇし」
「ぶっ、確かにないなーアレ」
……………ああ、成る程。
[聖女に愛されて]初めて発揮される瘴気の浄化。
うっかりやさんのレオン様の事だ、私とクルーレさんの事を知らせの中に入れるの忘れたな。
彼らは滞りなく浄化を進める為に、聖女の相手を誰がするかを決める為にわざわざ集まっているのだ。
まぁ聞こえないよう小声で話しているつもりでも、目も耳も良い私には丸わかりだった。
………気のせいかな。背中から冷気と、パチパチ何か爆ぜる音が聞こえるような。まさか、かな?
それに気付かず村長の息子さんは一応の笑顔を乗っけて私に話しかけてきた。
「まぁ慣れない馬車でお疲れでしょう。奥に部屋を用意しています。とりあえずそちらにどうぞ。」
「結構。食事は宿で準備してある。」
私が口を開く前に、クルーレさんがすっと割り込み私の前を陣取って話した。
村長の息子さんも180ちょい位の身長ありそうだけど、クルーレさんの197センチ(むちゃ大きかった)デカさに一瞬驚いても笑顔は絶やさなかった。
「いえいえ。聖女様はこちらでお休み頂いて、騎士様方に宿を使って頂こうと父から聞いていますので。」
「聞こえなかったのか。私は結構、と言ったのだ。行きましょう聖女様。この場より、瘴気の空の下の方がまだ空気も澄んでいましょう。」
「……おいあんた、さっきからどういうい、っ!?」
息子さんが言い終わる前に空気がビリッ、と痺れるように振動する。
他の人たちも真っ青になって、クルーレさんを凝視してる。
あれこれちょい前も感じた様な!?
「死にたくなければ、これ以上、口を開くな?」
犬耳が生えた状態の、怒りマックスのクルーレさんがそこに居た。
「黒髪で、その犬耳っ!あ、あんたまさか死神かっ!?」
「な、なんで国王の懐刀が聖女の護衛なんだよ!」
「口を開いたな。そんなに死にたかったのか。」
「「「「「ぅうわあああああああっっ!!」」」」」
無表情で剣を抜いて頭上で煌めかせるクルーレさんは神々しくて綺麗、って見惚れてる場合違う!
「いやいやいやいやストップストップクルーレさん死ぬそれは死ぬそんな振りかぶったら真っ二つで死ぬ!!!」
「そのつもりです。」
「いいやん。やっといても。」
「おかんも何言ってんのっ!?」
母の身体から目に見える静電気がパチパチしてる!音の正体これかっ!!!てかあんたもヤル気マンマンかい!!!
クルーレさんの背中にへばり付いて家から出ようと引っ張るけど、ぜんっぜん動かへん!お地蔵さんかっ!?
体力は無いけど力はある方やったのにー!!!
うーうー唸りながら力を込めてもビクともしない。
背中から回した腕でお腹部分をぼふぼふ叩いても無視!!!
ああシャリティアさん、ヘルプです!
貴女の弟様がガチギレで大変です!!!
「……………聖女様。あまりその様に身を寄せられると、その……あ、当たって。」
「そんなんより剣しまって下さい危ないから!」
「いいやん別に。」
「止めようよお母ちゃんっ!?」
「みっちゃんの悪口言う子は嫌いや!」
そう言ってもらえるのは有り難いけど!
やり過ぎや!!!ほら皆ちびりそうな顔してるって!腰抜かしてるって!
美人と可愛い(妖精姿)が激怒ってある種いっちゃん怖いって!!!
「はぁ………………聖女様の慈悲に感謝するがいい。」
かちん、と剣を鞘に戻す音で、必死過ぎてクルーレさんの犬耳が引っ込んでるのに気付くのが遅れた。
リアルグロの恐怖は無くなった。良かった。
床に這いつくばって身を寄せ合う若者達にクルーレさんは言い聞かせる様に言った。
「明日にはこの村を発つ。……本当はこんな不愉快な場所今からでも移動したいところだが、聖女様はこの地で採れる農作物と育てる者たちどちらも救いたいと願い、ここに来た。無碍には出来ない。」
「クルーレさん………。」
ありがとう。
私の為に怒ってくれて。
子供の頃、いつも私の為に怒ってくれたのは家族だけだったから。
だいぶやり過ぎやったけど、嬉しかったよ。
「一晩でどんくらい瘴気が減るか私も解らないんで、様子見ていきましょうね?」
「チャンスは今日だけです。明日の朝には出発ですから聖女様もそのつもりで。」
目が笑ってない笑顔、頂きました。
「……はーい。」
まあ流石の私も長く居るのは気不味いから賛成。
私達三人は腰を抜かした若者達を放置し、村長宅を後にした。
[実は出来るんです]
(ウロウロ)
「、、、。」
(ウロウロ)
「、、、。」
(ウロウロ)
「クルーレさん邪魔」
「!!!」
「はいはい包丁持ってる人の後ろに立ってはいけません」
「クルちゃんは向こうで待っとき〜」
「ぅうう姉上もお母様もずるいです」
「手伝わしてまな板真っ二つにしたあんたが悪いやろ」
「お肉多めに入れたげるからクルーレさんは着席して下さい」
夕食は聖女監修、作業のもと
肉じゃが(牛肉)、だし巻き卵、味噌汁、白ご飯の完全なる和食でした
黒騎士様は全部のおかずを一回、白ご飯を二回おかわりしました




