聖女の旅立ち
あの後、母のお骨を箱ごと向こうに送り(鏡に押し込んだ)家族と一時的にお別れを言うと、光を放った鏡が次の瞬間ポンっと音を立てながら腕輪に変化した。
今度から向こうと繋がる時はこの腕輪が光ってまた鏡に戻るらしい。魔法って便利。
そんな私とクルーレさん、そして私の自称守護霊のおかん(妖精)が色々と報告する為レオン様に謁見を申し込むと、話が別の方向に進んでしまった。
「……………つまり。私がお城を出て、色んな町に訪問したら良いのですね?」
「簡単に言えばそうだ。」
「ならやらせて下さい!今すぐにでも!!!」
私の言葉に熊みたいな王様、レオン様は神妙に頷いた。
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この世界での瘴気が問題視される一番の原因は、海産物、畜産物、農作物といった食料品にある。
瘴気が濃い地域は日が出ていても明け方か夕暮れかというほど暗く、また瘴気の濃さによっては空に浮かぶ雲が紫色に変色する。
その空から届く日の光が瘴気に侵され、私達の口に入る食品に被害が出ているのだ、と。
私が気付かなかったのは、ベットに缶詰状態で歩ける様になるまで時間が必要だったから。
歩ける様になった頃には城周辺の瘴気はほぼ浄化されていたなら気付く訳ない。
………っていうか。そんな大事な事、なんで私知らないの?本とか色々読ませてもらって………はっ!
「クルーレさん。意図的にこの事実を私に隠しましたねっ!」
「………申し訳ありません、聖女様。知られると、怪我も治りきってないのに飛び出されそうで怖かったのです。」
「うむ。短い付き合いだか、我々も聖女の気質を理解しているつもりだ。この事でクルーレを責めんでやってくれ。」
「……まぁ、別に怒ってるわけじゃないんで。それでどんな被害が?」
「「え、えーっと」」
え、何そのびっみょーな顔。間抜けな返事。
クルーレさんは可愛いからともかく、あのズカズカ来そうなレオン様まで言葉に詰まるって……何なの?
「………王よ、説明よりも見てもらった方が良いと思われます。」
「う、うむ。誰か料理長をここに!」
料理長はすぐに来てくれた。
この城の料理長はなかなかの潔癖で、動けるようになって最初にしたかった料理をする為挨拶がてら遊びに行ったら泣き叫びながら謝罪と土下座をされ、調理場には一歩も入れてもらえなかった。
よその人に入られたくないからって、そこまでせんでも。
普通に言ってくれたら私は我慢しますよっ!
常識人ですからね!!!
料理長は「ついにこの日が来てしまった」と言いながら大きな袋を担いでやって来た。すでに半泣き状態。
何なの、一体。
「あー、その。聖女よ。作物の影響についてなのだが。」
「はい。」
「豚や牛、鳥などは育てる過程で凶暴になりよく暴れるようになる。なので瘴気が濃い地域の牧場には兵を派遣して対応している。味自体はそれ程変わらない。まぁ、少々血生臭く感じる程度だ。」
ふむふむ。
「魚も似たようなもんでな。こっちは種類としては小魚だったのが人を丸呑みするほどの大きさになったとかもあるらしい。小骨が針みたいに鋭くて食えたものじゃなかったそうだ。」
成る程。
「野菜や果物も、………初めは一緒だ。大体が巨大化して、味も苦味が増す。加熱すればいくらか抜けるんでこれも何とか食える。」
ほーほー。それで?
「野菜や果物は他の食材に比べて日光に依存するから、どうしても瘴気の影響が強い。だから、ある程度の大きさになるとな?……料理長。」
「はい。」
料理長は私の目の前の床に、持っていたあの大きな袋を置いてくれた。
「???」
話の流れで野菜を持って来たのかと思ったけど、なんかうごうごしてる。生き物?
「ある程度成長したら、こうなる。」
レオン様の言葉と同時に料理長は袋の結び目を解いた。
「…………………ふぎゃあああああああっ!!!」
私は叫び声をあげながらクルーレさんに抱きついた。いや、いや、おかしいおかしいおかしいって!
確かに人参です。巨大化して赤ん坊くらいの大きさになってるけど、人参です。
鶏の足さえ生えてなかったら!
しかもね、その足動いてる!
逃げられないように縛られてるけど、めっちゃジタバタ動いてる!なにこれキモッ!!!
「………ある程度巨大化したら、いつのまにか生えた足や手で逃げるんだ。だからそれぞれの収穫の時期は兵を各地に送り込む。女子供は気持ち悪さに収穫時期は家に引きこもって仕事もしないからな。聖女も気分を害するだろうと話すのは時期を見ていたのだ。ま、まぁ生えてると言ってもくっついてるだけで少しひっぱったら簡単にもげるから安心しろ!」
「どこに安心の要素あったっ!?」
「………今年は鶏の足だったが、ワシの父がまだ幼かった頃の野菜は赤子の手が生えてたそうだからそれよりはマシだろう。」
「鶏で良かったです!!!」
文句言ってすいませんでした!
映画とかのグロとかスプラッタとかホラーは全然大丈夫だけどリアルグロはノータッチしときたいです!
あの足生え作物は収穫するものの中にいくつか混ざっているというだけで、全部がそうではないらしい。
しかしいつ全ての作物に生えてくるか分からない。
瘴気の浄化は私を中心に進むから、私が現地に行って暫く滞在。そして次に移動すれば、沈静化に向かうそうだ。
なら急いで準備を進めて、出発しないと!
「あの、町への訪問はクルーレさんとシャリティアさんと一緒に行けば良いですか?」
「うむ。元々そのつもりであったからな。良いなクルーレ。その身をもって聖女をお守りしろ。」
「ご命令など無くとも、我が命に掛えて。」
こうして私、クルーレさん、シャリティアさん、おかん(妖精)、あと馬車の御者として数人の兵と共にミスティー国を旅する事に決まりました!
聖女としての初のお勤め、頑張らねば!
特に私たちの明日のご飯の為にも!切実に!!!
「ところで、聖女の肩にいる妖精族はどうした?人里に現れるとは珍しいではないか。」
「「「あっ」」」
い、今から説明しますんで!
お母ちゃん本人も忘れててすんません!!!
[妖精さんは見た2]
「ねぇねえ。今日も聖女様、メイド長にわざわざお礼のお手紙預からせてくれてたの!温野菜のサラダのドレッシングがすごく美味しかったって書いてるわ!」
「リハビリの一環で書いてるとしても、嬉しいですね」
「聖女様は何でも食べてくれますしねぇ」
「ご両親が残すのは相手に失礼だと教えていたそうですよ。食べられないものは先に伝えておくのが常識だと。その通りですよ!」
「ああ何処かのお姫様に聞かせてやりたい!」
「本当に!」
「ええ本当に。、、、聖女様、やっぱりこの野菜見たら、ご飯食べてくれなくなったり」
「その為の箝口令ですよ。いっぱい食べてもらって早く怪我を治してもらわないと!」
(、、、ウチの子嫌われてなさそうで良かった。ほっ)
この数日後、聖女様の調理場突撃事件が発生。
スタッフ一同、料理長を尊敬したそうです。




