1話
時間とは案外不思議なもので、早く過ぎてと願ったらいつもより遅く感じるし、明日来ないでとか願っていたらいつの間にか明日のど真ん中に居たりもする。
なんでこんな哲学めいたことを急に語り出すのか。
理由は、俺が今抱えている悩みにある。
「昼休みか…なんで昼休みだ…」
「朝から冴えないところか誰か呪いそうな顔してるけど大丈夫? お昼休みの間はいいけど、対策立てないと全国範囲で指名手配されちゃうよ?」
「ごめん……今はツッコめないから他当たってください」
「本当にどうしちゃったの!? 途中から敬語になってるよ?」
「昨日の名残と現実の残酷さにハンバーガー になってるだけだ……大丈夫」
前の席の片霧にツッコみではない何かを飛ばしつつ、席から立つ。
まあ、このまま憂鬱に耽ってもどうにもならないしなぁ。
とにかく屋上に行くか。
「どこ行くの?」
「屋上、昼飯は……悪いけど今日は一人で済ませてくれ」
「私も!……って言いたいところだけど、とても言えそうな顔じゃないね」
「どんな顔なんだよ一体」
「後で鏡でも見てね♪ ま、どうしてもしんどくなったらいいなよ、私でもよければだけど」
「……いつもありがとうな」
感謝を込めて片霧の頭を撫でては屋上へ向かう。
前の席だからってあそこまで気にしてくれる女の子って普通いないしな。
後で飯でも奢ってやるか。
「ここも久しぶりだな」
立ち入り禁止とかかってる扉を開け、足を踏み入れる。
これといった物は置かれておらず、広い間隔で置かれている何本くらいの椅子と無駄に広いスペース。
後は春特有の少し肌寒い風くらいだ。
「俺しかいないのか」
わざと少しだけ声を上げつつ、周りを見渡してみる。
返事や反応はおろか、気配がまったく感じられない。
かと言って視線も感じられない。
…本当に俺しかいないのか?
なんて思ってたその時、カチッと扉が開く音がした。
「遅れてごめんなさい……待ってました?」
「いや、今来たところだけど……」
「なんとか間に合ってよかった……」
安堵の息を漏らして、一人の女子生徒が俺の傍に近づいてきた。
誰だろう……。俺、ここで女の子と待ち合わせなんてしてたっけ?
「もう、ラブレター送った人をほったらかして教室で他の女とイチャついてるなんて感心しないよ? 我慢するの大変だった」
「えっ……!」
思いもよらない言葉に目を見開く。
昨日ラブレターをくれた張本人が今、俺の目の前にいる。
「まさか……同じクラスなのか?」
「当然よ」
「ずっと……ずうううっと見てたけど、気づかなかったの?」
「……ごめん」
言葉を濁すように謝罪する。
あの手紙には差出人の名前が書かれていなかったし、同じクラスかどうかなんて、
そもそも考える余裕がなかった。
「少し悔しいけど、どうやら覚えてないみたいだし、自己紹介から始めようかな」
そう前置きしてから彼女はさらに一歩俺へと近づき、自己紹介を始めた。
「私の名前は花咲光。同じクラスであなたにラブレターを送った張本人です!」
「大好きなあなたからの返事をいただくため、お手数ながら屋上に呼び出しちゃいました♪」
予想外に明るい自己紹介に、俺は返す言葉もなく黙り込む。
「一日という間を置いたのは、私の気持ちを知ってかつ真剣に考えて欲しかったからと、急すぎる告白にあなたを悩ませたくなかったからだよ? だから…」
「返事、ちゃんと聞かせてね♪」
茶色の長い髪が少し強い春風になびく中も、彼女…花咲はほっぺたを少し桃色に染めながらも透き通った瞳でちゃんと俺を捉えていた。
それだけ本気、ってことなんだろう……。
悩んでよかった。
むしろ今どうすればいいのかがわからなくなってるけど、それだけは断言できる。
マジでどうしよう。
でも、黙ってるままっていうのも真剣に想いをぶつけてきた相手に失礼だろう。
彼女が先に名乗り出てくれたのだから、こちらも名乗るのが礼儀だ。
「俺は桜井春間。君にラブレターをもらった張本人だ」
「今更ってくらい詳しく知ってるよ」
「初めてもらったもんでめちゃくちゃドキドキしたし、正直今も物凄くドキドキしてる」
「私も初めてだったよ! 嬉しい! 大好き!」
「ありがとう、俺もすごく嬉しかった、だからこそ悩んだんだ、だから……」
俺が意を決して、続きを言おうとしたその時。
「お前に春間の愛人の資格を与えなくもないぞ?」
「え?」
「……?]
後ろから突然伸ばされた小さな手に口元を塞がれ、言うはずだった言葉が途切れてしまう。
誰だ?
さっきどころか数秒前までは誰もいなかったぞ?
「少し強引な手段だからすまないが、少しだけ我慢してもらえないか?」
「急に割り込んで来たくせに何言ってるのよ、そもそも誰なの? あんた」
「ツンデレとヤンデレの狭間をさまよってる小娘風情が……」
俺の口を塞いでいる少女が、花咲に敵意どころか殺意を滲ませながら言う。
「自ら告白したその勇気は認めてやるが、調子に乗るでないぞ」
「へぇ…私のことが詳しいみたいだね」
対する光も、少女に負けずと好戦的な視線を向けながら言う。
「でも、私は別にあんたのことなんて知りたくないし、とっととどこかへ
行ってくれない?」
「春間の正妻はわらわじゃ。それは無理だな」
「寝言は寝ながらでいいの。じゃあ、質問してあげる」
敵意のある瞳とは裏腹に爽やかな口調で、光が言った。
「あんた一体誰なの? そこだけ答えて早く消えてよ」
「そうだな…春間にも覚えてもらわなねばならん。姿を見せるのは初めてだし」
後ろから手を解き、そのまま俺たちが見やすい位置まで移動する謎の少女。
和洋折衷なデザインの着物が似合う長く黒い髪と、ルビーのように真っ赤で透き通った瞳。桜色の唇に、どこか気品を感じさせる顔立ちや少し低めの身長。
そんなかわいらしい少女が自ら、信じられないことを発してきた。
「わらわの名はヤミ、春間の家にある『相談部屋』の主であり、桜井家の屋敷神をやっている」