プロローグ
キンーコンーカンーコンー
「んじゃ、帰りますか」
「また明日―」
「帰りにゲーセンでも寄ろうかな」
一日の授業がすべて終わり、楽しそうな声で別れの挨拶を交し合い、帰る支度を整えるクラスメイトたち。
日課とも言える学園生活が終わったのだから、声が弾むのはごく自然なことだ。
だけど俺、桜井春間にそんな余裕はなかった。
かと言って、このまま帰らず悩み続けるわけにもいかないしなぁ……。
そこで俺はある結論にたどりついた。
とりあえず、家に帰るか。
「じゃあな」
「また明日な」
「桜井、また明日」
軽く挨拶を交わし、そのまま校舎を出て帰路に着く。
ラブレターねぇ……。
帰り道を辿る中、何度でも何度でも悩み続ける。
俺の悩みの種は昼休み、机の中に入っていた一通のラブレターだ。
『あなたのことが大好きです』
『いきなり手紙で、こんなことを言ってごめんなさい。でも、もう抑えきれないんです』
『今すぐ返事よこせ!とか無茶なことは言いません。明日の昼休み、屋上で返事を聞かせてください。待っています』
「はぁ…
悩み過ぎのせいか、心の中でついていたため息が表に出てしまった。
気が付いたら家の前だったので、そのまま部屋へ向かう。
「はぁ…」
またため息が漏れる。
そういえば、ため息をつくたび幸せが逃げてしまうという話をどこかで聞いたことがあるようなないような……。
「知るかよ、クソ」
ベッドに飛び込む。
ああ、やっぱり我が家の自室は天国だな。
このままベッドに横たわったまま、なんにも考えずぼーっとしてれば楽になれるよな…?
でも、そういうわけにもいかないよなあ。
前のめりになっていた身体を翻し天井を向け、物思いにふける。
告白されたのは、正直すごく嬉しい。
向こうもイタズラ半分で書いたのではなく、真心を込めて書いた物だってことが伝わってくる文体だった。
だから俺も、本気で答えなければならないわけで…
今に至ってしまうのだ。
告白されたのは素直に嬉しい。
でも、好きじゃないのにOKしちゃうのはなんか失礼だと思う。
かと言って断るのはその人の心をないがしろにするみたいでなんかいやだ。
人生初のラブレターで優柔不断の極みになっちまうのは、たぶん俺しかいないだろう。
「俺はどうすればいいー!!」
声に出せば少しくらいスッキリするかもと思ってやってみたけど、かえってくるのは空しさと俺の声だけ。
声?
そこで俺の脳裏に、ある事柄が浮かんだ。
「そういえばうちには……相談部屋っていう妙な部屋があったっけ」
昔、父さんが言ってたことを思い出す。
『いいか春間、一人で悩み続けた結果、どうにもなりそうになかったら相談部屋に入ってお前の悩みを洗いざらい吐け』
『そうすれば我が家の屋敷神のやみ様が、お前の悩みを解決してくれるはずだ』
これだけは使いたくなかったけどな……。
なんか自分の問題を神様に押しつけるみたいで嫌だけど、今が潮時なのかもしれない。
仕方ないか……。
どれだけ悩んでも堂々巡りのままだし、神様にでも頼るしかないか。
「えっと……確か俺の部屋の隣にあったよな?」
俺は身体を起こしてそのまま隣にある相談部屋へ。
ドアノブを回したら、ギギギっと木材が軋む音と共に扉が開いた。
「やけに暗いな」
相談部屋に来て、真っ先に浮かんだ感想はその空間の暗さだった。
窓ガラスの材質が少し違うのか?
夕焼けが差し込んでいたし、遅くても5時半といったところなのだろう。
しかし、ここは日が完全に沈む直前の如く、辺りが暮れる直前の夜色になってる。
まあ、別にいいか。
軽く深呼吸を数回繰り返し、いかにも相談室っぽい机の前にある椅子に腰をかけて、
やみ様に自分の悩みを語り出した。
「やみ様、聞こえますか?」
まあ居るかどうかわかりませんけど聞いて、できれば力を貸してください」
「今日、知らない女の子に告白されました。文字通りまったく知らない女の子からラブレターもらったんです」
「内容は、“俺のことが大好きだ。もう気持ちに抑えが利かない、明日の昼休み、屋上で待ってるからそこに来て返事を聞かせてください”と書いてありました」
静まり返った空間の中で、俺は自分の感情を吐露する。
「正直、めちゃくちゃ嬉しいんです。そのまま付き合うのは正直ありなんですけど俺がその子のことを何も知らない上に、好きでもないのに付き合うのはなんか違う気がする」
「でも、断るのはその子のことを全部否定するみたいで……その子の気持ちをないがしろにするみたいでいやなんだ」
「この場合、どうすればいいか教えてください! 頼れるのはあなただけなんです!」
最後まで言い切って、俺は黙々と頭を下げた。
しかし、幾分か過ぎたところ……
空から声が響くか、なにか霊的な物が現れるわけでもなく、俺の心拍が聞こえるくらい、辺りは静まり返るだけだった。
「やみ様…?」
その声は誰にも届かず、空しく宙を舞うばかり。
そこで俺は、ようやく自分が置かれてる現状に気がついた。
やられたー!
あんのクソ親父、騙したな。
ものすっごく恥ずかしい。
「穴があったら入りたい」とは、まさにこういう事を言うのだろう。
「一人芝居にもほどがあるだろうが! あ、クソ!」
叫んでは恥ずかしさのあまり、相談部屋から飛び出してしまった。
その後、適当にシャワー浴びて恥ずかしさを何とかするためすぐベッドに向かう。
あんまり眠くなかったはずなのに、いつの間にか夢の世界へと旅立ってしまう俺だった。