二人の攻防
※ファンタジー長編の方が完結したので、こちらも更新していきます。
こちらは15話前後の予定になります。皆様の暇つぶしになれば幸いです。
車輪の音が聞こえてくる。
きっと、彼が帰って来たのだ。
庭の草陰に隠れたジュリアは、そっと様子を伺う。
召使達は屋敷で仕事を続けている。庭に行くジュリアを見ても、片眉をあげただけで、止めもしなかった。ジュリアはこの屋敷にとって、取るに足りない存在なのだ。形だけの婚約者であったし、没落貴族同然の令嬢など、相手にする由もないのだろう。
それも今は、好都合だ。
ジュリアは息を殺し、短剣を握りしめる。
彼が馬車から降りてきた。一緒にいた召使に何か言いつけたようだ。
召使は頭を下げると門を開け、足早に屋敷へ去って行く。
ジュリアの目の前を、影が通り過ぎる。
チャンスだわ。
残された彼は、一人おもむろに庭に入る。木々の間から光がこぼれ、彼を明るく照らしている。
緑の中に佇む彼は、見惚れるほど美しい。
けれどジュリアは、その端整な横顔が心底憎かった。
これは復讐だ。
大好きだったあの人の、敵討ち。
風が吹き、緑がざわめく。穏やかな午後の風景とは裏腹に、ジュリアの鼓動はいやに早くなっていく。
乱れた髪を、彼が煩わしそうにかきあげた。
彼はすぐ傍にやって来る。
何も知らない、愚かな婚約者。
ああ、その心臓に。
一突き。たった一突きで。
茂みを飛び出したジュリアは、短剣を掲げる。
「覚悟なさい!」
振り向いた青年は、ぴくりともしなかった。
こちらを一瞥し、振り下ろされる腕を、その寸前に押さえつけた。
ジュリアは息を呑んだ。
次の瞬間、腕はねじ伏せられ、短剣が派手な音を立て、地に転がった。
「また君か」
感情のない瞳が、静かに向けられる。
彼の手はジュリアの腕を抑えたままだ。
痛みに声をあげそうになり、ジュリアは歯を食いしばった。
「なぜ分かったの?」
「すごい殺気が漂っていた。そこの茂みの向こうから」
「……分かっていて、気づかない振りをしてたのね」
「どうせ防げるからね」
ジュリアは殺意のこもった目で婚約者を見つめた。
「わたしは遊びでやってるんじゃないの。そうじゃなきゃ、こうしてあなたに触れさせもしないわ。……腕を離して!」
青年は面倒臭そうに掴んでいた手を離した。
「僕は忙しいし、疲れてるんだ。君の相手をしている暇はない」
「ええ、結構よ。こちらから伺うから」
短剣を拾い、ジュリアは笑みを浮かべた。
その目は憎悪に燃えている。
「わたしは何度だって、あなたを殺しに行く」