恋獄迷宮 1
恋獄迷宮
1
授業が終わった後の放課後、わたし――古谷千鶴は校舎裏のゴミ捨て場に来ていた。
今週の掃除のグループには、わたしも割り当てられていたからだ。
クラスメイトと掃除を終えた後、出たゴミ袋を運んでここまで来た。
校舎裏のゴミ捨て場には、人気は無い。まあ、元々あるような場所ではないか。
校舎から少し離れた所にあるし、普段はその事であまり感じないが、腐った卵のような酸味の効いた不快な臭いもする。
夏の夕暮れの残り日が映し、示すのはわたしの影だけ。
ゴミ袋を置いてから立ち去ろうとした時、不意に目に止まったものがある。
それは――錆びついた鉄で出来た古い焼却炉。
ゴミ捨て場の脇にあるそれは、有害な煙を学校で出すのは問題があるとして、随分と前から使われなくなったものであるらしい。
しかし、今もこの場に残っていた。
かつて自身が焼いてきたゴミ達と同じように今は誰からも見捨てられて、この場でただ朽ちるのを待っている。いささか皮肉めいていると思った。
そんな焼却炉は時として、生徒達の噂に上る事がある。
彼ら曰く――かつては人を焼いていたとか。
大した根拠は無い。よくその手にある怪談話に過ぎない。
ただそれは今も時々、使われているとか。
例えば、密かに堕胎した赤ちゃんを女子生徒が自らの手で殺める為に。
だから時々、この場所では赤ちゃんの鳴き声が聞こえる事があるらしい。
――下らない。
しかし、そう――言い切れない立場にわたしはいた。
〝魔女〟であるわたしは知っている。
もしその噂を信じる生徒が増えるならば、この【セカイ】ではそれは現実になる事を。
一度、溜息を吐いてからゴミ捨て場を立ち去ろうとした。
その時、わたしは見た。
僅かに開いた焼却炉の扉から飛び去った――不可思議な淡い青の羽の蝶を。
焼却炉に近づいて、中を覗き込む。
灰の中に埋もれる、まだ真新しい白い封筒が見えた。
灰が舞い散らないように、慎重に手を伸ばして封筒を取り出す。
それでも、灰を吸い込んでむせた。
くそう。
咳き込みながら封筒の表裏を見る。何も書かれてはいない。
封筒を開けてみれば、一枚の文したためられた手紙が入っていた。
それを、わたしは読む。
そこに書かれた想いを読む。
――あなたが、好きです。
そう始まっていた手紙には、ただ淡い想いが書かれていた。
それと同じくらいに――贖罪の言葉に塗れていた。
読み終えた後に、再び溜息を吐いた。
ああ、これは些か面倒な事になると思った。
不可思議な青い羽の蝶の飛び去った空を仰ぎ見る。
夕暮れの赤に混じる黒い夜の闇に混じるのは〝疵〟
まるで空という天蓋に奔るヒビのよう。
それは――【セカイ】を壊す想い。
本当に、下らない。
そんなものでひとの世は満たされているのだから。
新章開幕。
今回は千鶴がメインのお話となります。
焼却炉の中で灰に塗れた想いの持ち主と、その行く先は――
――そこに介在するは紅の魔女。




