エクストラ その4
花は散れども、残るものは
殻木田くんのアパートを出た後、私は雨上がりの街を歩く。
厚い雲に覆われた空は、暗いまま時間過ぎて夜になっていた。
雨は止めども、通りに人通りは殆ど無い。
冷たい滴に濡れた、暗い街は街灯の光を反射して僅かに光る。
その光の滴に混じるのは、散って、地面に堕ちて穢れてしまった季節外れの桜の花。
――散った花を見ると、やはり胸は痛んだ。
殻木田くんにも話した通り、私が魔女で在り続けようとするのは、私自身の母への想いという身勝手なものでしかないからだ。
――本当は、そんな罪悪感なんて感じてはいけないのかもしれない。
刈り取っている事に、変わりはないのだから。
それでも――そう、揺らぐこころを殻木田くんは最初から見抜いていてくれた。そうして、私を信じてくれていた。
でも、もうそれだけではない。
「――先輩が好きだから」
「先輩は俺の〝特別〟なんです」
出会ってから、きっと直ぐに彼に惹かれて日々、想いを募らせていた私に彼がくれた言葉。
彼は魔女である私の全てを受け入れてくれた、それ以上に好意を示してくれた。私の危惧していた事の全てを跳ね除けてくれた。
やはり、彼の心の中に〝魔女の杖〟は存在していた。
穏やかで、誰かの為に生きているという彼の中にも。
いえ、かつての幸せな日々を喪ったからこそ彼はそうなったのだ。
殻木田くんの中にも狂気、凶器は存在する。
それは自身をも飲み込み、彼に関わる人々をも不幸にしかねない想い。
その形は私には見えなかったけれど、手にしようとした事は分かった。
だから止めた。そして、彼は戻って来てくれた。
そんな彼と――今日の事を思い返すだけで胸が高鳴る。ときめく。
「殻木田…順平くん……」
彼の名前を呟くだけで、切なくなった。
足を止めて来た道を振り返り、彼のアパートのある方角を見る。
殻木田くんはまだ、部屋にいるだろうか。
彼と抱き合った。それから、唇も重ねた。
自分の唇をなぞった。
まだ、その時のぬくもりが残っている気がして。
ずっと、ずっとそうしたかった。
私は彼に好かれたくて仕方なかった。
その想いが今日、叶った気がした。
本当は、あのまま朝まで彼の部屋にいたいと思った。
たとえ――彼に求められて、身体を重ね合う事になったとしても。
まあ現実は唇を重ね合わせた後は、互いにどうすればいいのか分からず、恥ずかしげに見つめ合うだけだったけれど。
……はあ。
けれど、幸せだった。
私は幸せだったのだ。
どうしようもない程に。
なのに彼の部屋を出る事にしたのは、刈り取りの渦中にあった私の居場所を教えたという千鶴の事が気掛かりになったからだ。
彼女が私に、殻木田くんに何を求めているかは分からない。
だがもし、私と殻木田くんの繋がりを脅かすというのなら――容赦は出来ないかもしれない。
今回の怪異の事後の報告も含めて、私は古谷邸に赴く事にした。
「からきた…くん……」
もう一度、名前を呟く。
切ない、切なくて仕方ない。
恋しい、身を切られるように恋しかった。
そんな想いを抱き締めるように、自分の胸を抱く。
降り続く雨に花は散った。
だけど、散らない想いが私の中にはある。
その想いが私の我だとしても手放す事は、やはり出来ない。
互いに重ね合わせて、繋ぎ止める事の出来たこの想いを。
梅雨はもうすぐ終わる。
その後に来るのは、夏だ。
私はその季節を、彼と共に迎えるのだ。
花は散れども、残るものは 了
この章も今回をもって終了となります!
色々、書きたい事もありますが活動報告で書こうと思います。
次章予告。古谷千鶴の事件簿。
ようやく、彼女の出番です(笑)




