降り続ける六月の雨に、花は散る―― 13
◇
「先輩、どうぞ!」
そう言って、台所で淹れたホットミルクを差し出す。
「ありがとう……」
ベッドで体育座りをして顔を伏せている先輩は、そのまま顔を僅かに向けてそう言うと、また顔を伏せてしまう。
仕方なくベッドの脇にマグカップを置く。
「顔を見せて下さいよ、先輩」
「やだ、今の顔を見られたくない……」
溜息を吐く。
ひとしきり泣いた後から、先輩はずっとそうだ。
なんでも赤く目が腫れた顔は、あまり見られたくないらしい。
「別に気にしないですよ」
「あなたはそうかもしれないけれど…私は違うの……」
もう、強情なんだから。
俺もまたベッドの上に座る――先輩の直ぐ傍に。
「俺は久しぶりに会えた先輩の顔が、ちゃんと見たいです」
「ばか!」
怒鳴られてしまう。それでも言葉を続ける。
「俺、心配してたんですよ。会えなくなってから、ずっと。先輩、どうしているだろうって。ケガとかしてないかなって、嫌な目に遭ってないかなって……」
「殻木田くん……」
「たった数日の事なんですけどね、そう思いました。だから、傍に居たいって強く思います」
少しの沈黙の後、先輩は言った。
「ねえ、殻木田くんは…どうしてそんなにも、私を想ってくれるの……?私は〝魔女〟であって正しい事をしているとは限らないのに……今回だって、その…」
不安げな瞳でこちらを見る。
「ごめんなさい…あなたの気持ちは凄くうれしいの……でも私はその、自分が想われているのがまだ…上手く実感できなくて……」
そんな先輩に俺は答える。
「先輩だって、俺の事を想ってくれているじゃないですか……」
そう言ってポケットから、雨に濡れてふやけてしまった短冊を取り出す。
そこにはこう書かれていた――
――殻木田くんと、ずっと一緒にいられますように。
「それを、どうして?私、確か……」
「先輩と会う前に、街で浅葱先輩から渡されたんですよ。百貨店で先輩が捨てていて気になったそうです」
「そうだったんだ」
先輩の手が短冊を愛おしげに撫でる。
その手を短冊ごと、俺は握る。
願いを、その祈りを――互いの手で包むようにして。
「もう、捨てないで下さい。俺だって同じ気持ちなんですから」
「うん……ありがとう」
先輩がそのまま、俺の方に身体を預けて肩に頭を乗せる。
温もりを感じながらもう一度、俺は彼女に想いを告げる。
「俺は〝魔女〟である前にただ、ひととしての先輩が好きなんです――」
先輩が俺の手を、強く握り締めた。
ベッドで身体を寄せ合ってから、暫く経った後で俺は言った。
「あの俺、先輩に聞きたい事があるんです――」
「何かしら?」
先輩がこちらに顔を向ける。その顔はこれまで見た事が無い程に、とても和らいでいた。
一瞬、躊躇ったけれど、今ここで聞いてしまう事にした。
「――先輩、俺に教えてくれませんか?どうして天羽さんが、刈り取られなければならなかったのかを。それから、先輩が本当にその…天羽さんの命まで奪ってしまったのかを……」
「それは……」
先輩の顔が曇る。
「その、別に責めている訳じゃないんです!ただもう、きっと信じて待っているだけでは駄目だと思ったんです。これからも先輩の傍にいて、先輩の為に何か出来る事をしようと思うなら」
先輩と視線を合わせてから言う。
「俺に〝魔女〟や〝魔法〟の事を教えてくれませんか?」
「……」
俺の顔を見つめる先輩。
「本気なのね……」
「はい!」
「……聞いてしまったら、これまでとは同じとはいかなくなるのかもしれないのに。それに――」
「……先輩?」
俯いて思案顔の先輩に呼びかける。
「――私はね、殻木田くん。あなたには知って貰いたくないと思っているの。それは勿論、魔女や魔法の事を知って、今までと同じ関係のままではいられないという事もあるわ。でもそれ以上にこれまで、話す事が出来なかったのは〝あなた〟自身が変わってしまう可能性があったから」
先輩も、俺と視線を合わせてから答える。
「〝俺〟が変わる――?」
その言葉はシックリとはこなかった。
少なくとも俺自身が、先輩と出会ってから変わったとは思えないから。
別に先輩のように魔法が使えるようになったりもしない。
「ええ、あなた自身はそれほど実感が無いでしょうね。でも、あなたは私と出会ってから変わったのよ。山岡君だっけ?あの子の時がいい例だけど、あなたは以前より怪異を感じ取れるようになってきている筈」
「それは……」
その事は以前にも指摘された事だった。確かにあの時にも言われたが、俺は先輩と出会う前までは、生きていて怪異が見えた事は無いと思う。
それが、どう変わるというのだろうか?
この世界にある魔女や魔法の事を知る事で。
イマイチ要領を得ない俺の顔を見て、先輩は言葉を続ける。
「そうあなたは。いえ、あなたならきっとなってしまう。私や千鶴と同じ存在に――」
一度、言葉を切ってから告げた。
「――あなたは魔女と同じ〝魔法〟が使える存在になる」
「え……」
絶句するしかなかった。
俺が魔法を使えるようになる?
まるで冗談のようだと思った。俺は別に特別な人間じゃないからだ。
そういうものがあるとは知っても、使えるようになるなんて考えた事も無い。
けれど、先輩の顔は真剣だ。
「果たして、どこから話したものかしらね……」
先輩は立ち上がると、ベッドの脇のマグカップのホットミルクを一口飲む。それから、俺を見下ろしながら言った。
「もう一度、聞くわ。それでも知りたいと思うの?」
「俺は――」
「知ってしまえば、もしあなたが魔法を使えるようになれば、あなたは〝魔女〟になるしかない。私と同じような事をするしかなくなるわ。それか刈り取りをされるように、全ての記憶を失くすしかなくなる」
ホットミルクを飲んだ先輩が再び、ベッドの上に、俺の隣りに座る。
「私はいやよ、どちらも。これは我儘かもしれないけれど、あなたには魔女にはなって欲しくないし、私の事も忘れて欲しくない」
その表情はいつもの物憂げなものだ。でも、触れる細い肩は震えていた。
それでも、俺は――
「――それでも、お願いします。どんな事になっても先輩と一緒に、いやこれまで以上に傍にいる為に」
「――!」
先輩が俯く、顔を赤く染めて。
「どうかしましたか……?」
「……なんか、誓われているみたい。ずっと傍にいます、って」
「えっと……」
確かに指摘されるとそんな気がした。でも、偽りようのない本心だ。
「嫌でした……?」
「そうじゃないの。ただ、気恥しいだけだから」
それから先輩は顔を上げてから、微笑んだ。
「殻木田くんの事、信じてるから――」
……正直、何度「先輩を押し倒した」とか「押し倒された」とか入れたくなったことか(笑)
入れてしまうと、色々そこから大変なので入れてません。
18禁間違い無しでした。




