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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
降り続く六月の雨に、花は散る――
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降り続ける六月の雨に、花は散る―― 9


      7


 天羽さんと墓地に行った次の日、授業の合間に空いた時間を出来るだけ使って学校に来ている筈の先輩を探した。

 昨日から何度も携帯を通じて連絡を取ろうとしたけれど、この日も連絡は取れない。

 そうしている内に、放課後になってしまう。

 やはり先輩を見つけられない。

 俺は一縷の望みを賭けて、生徒会室にも顔を出した。

 そこには先輩の姿は無かった。


 ――ただ、同じ魔女である古谷先輩の姿があった。


 「あら、殻木田君。こんにちは。今日はどうしたの?」

 古谷先輩以外はいない生徒会室。

 ここでは、彼女が操作するパソコンをタイピングする音だけが響いている。

 俺を見た古谷先輩が指を止める。

 「あの…古谷先輩……虚木先輩は来てませんか?」

 「小夜?来ていないわ。授業が終わった後、直ぐに帰ったから」

 「そう、ですか……」

 今、先輩はどこで何をしているんだろう?何か酷い目に遭っていないだろうか?今日はそればかりを考えていた俺は深く溜息を吐く。

 それから、古谷先輩に虚木先輩の居場所を尋ねてみる事にした。

 同じ魔女である彼女なら、何か知っていると思ったから。

 「小夜の居場所ね。知っているわ」

 「本当ですか!その……出来れば教えて貰えますか!」

 「ええ――いいわ」

 古谷先輩がこの日――今にも雨が降り出しそうな重く黒い雲が、窓から覗く生徒会室の中で笑う。

 その答えに、ようやく先輩に会える事が出来そうな感触を覚えて安堵する。

 けれど――何故か、僅かな疑念も覚えた。


 先輩の居場所をそんなに簡単に教えてもいいのか?

 今、先輩が怪異に関わっているかもしれないのに。

 所詮、部外者でしかない俺に。


 「ねえ、殻木田君。あなた、今――小夜がどこで何をしているかが知りたいのよね?」


 古谷先輩が笑いながら話す。

 何故だろう、穏やかに笑っている筈の彼女の言葉が、酷く冷たいモノに聞こえるのはどうしてだろう、そのずっと知りたかった筈の答えを聞いてはいけない気がしたのは。

 それでも俺は頷く。

 先輩に会う為に。


 「そう。じゃあ、教えてあげる――」

 一拍置いた後、古谷先輩は答えた。


 「――今、小夜はあなたが最近、気に掛けているひとの所にいるわ。そして〝魔女〟として彼女の大事なモノを刈り取ろうとしているのよ」


 やはり、と思う。

 これまでの事から天羽さんが、恐らく季節外れの桜の開花に〝怪異〟として何かしら関わっていて、それを先輩が刈り取ろうとしているのではという俺なりの推論。これまでは何となく思っていた事が確信に変わる。

 でも、同時に思う。


 天羽さんは何故、刈り取られないといけないのだろう?


 俺が知る限り、天羽さんが人を傷つけてしまうような事をするようには思えない。

 この季節外れの桜の花が人に危害を加えるものだとも思えない。

 ならば、何故?


 「殻木田君、何か不思議そうな顔をしているわね。疑問なんでしょう?何故、彼女のような人間が刈り取りをされないといけないのか――」

 「――!」

 驚いて、古谷先輩を見る。

 その言葉はまさに今、俺が考えている事そのものだったから。

 「考えている事、図星だった?何故、分かったのかって?普段の君を見ていたり小夜からの話を聞けばある程度、想像は付くわ」

 古谷先輩は笑っている。言葉だけが止まらない。


 「ねえ、殻木田君。あなた〝魔女〟をどういうモノだと思っているの?まさか、人を助ける為にいる〝イイモノ〟だとか思ってる?」


 俺は暫く経ってから、首を振った。

 最初、先輩に出会った頃の事を思い出す。

 先輩達は何も知らない俺を、危険な怪異を引き付ける為の囮にしようとしていた。

 その事からも〝魔女〟が正しいモノだとは言い切れないと思う。

 「少し意外。並外れたお人好し――いえ、壊れているような想いを持っている君なら、そういう風に思っているかもしれないと思っていたから」

 「……」

 俺は古谷先輩を見つめる。

 そこにいるのは古谷先輩。見知った人だ。

 だが、そのひとが今――見知らぬ〝何か〟に見えて仕方ない。

 その〝何か〟が嗤いながら続ける。


 「魔女はね、何でもするのよ。ある目的の為なら。それこそ、ひとの命に係わる事でも。必要なら人だって殺す。それは、君がよく知っている小夜も同じ。だってあの子も〝魔女〟だから――」


 先輩が――ひとを殺す?

 「――そんな事!」

 反論しようと、声を出そうとする。

 そんな事、考えられない。考えたくない。

 俺の知っている先輩はひとを、きっと殺せない。

 だってあのひとはお母さんを亡くしていて、きっと大切なひとが、誰かがいなくなる事の悲しさを知っているひとだから。

 それに、俺には笑い掛けてくれる。俺が傷付かないように、いなくならない大切にしてくれる。

 それからあのひとは、普段はあまり表情が変わらないけど笑うと本当に可愛いひとだ。

 これまでの事から、デートもしたから知っている。

 あのひとに――誰かを殺せるなんて思えない!


 「でもね、あの子〝今〟殺そうとしているわよ。名前は何だったかしら?そう、天羽桜さんを――」


 古谷先輩が嗤う。

 嗤う。〝魔女〟は嗤う。


 その時、窓の外の重く黒い雲から――遂に雨が降り出した。


 俺は硬く手を握り締めながら〝魔女〟に背を向ける。

 こうしていないと、古谷先輩に対して湧き上がる言いようのない思いを、殴り掛かる勢いでぶつけてしまいそうだったから。

 「なんで……」

 絞り出すようにして言葉を出す。

 「その疑問が何に対してかは分からないけど一応、答えてあげる。あなたも知っている通り、魔女は怪異を刈り取る為にひとの記憶を消すわ。ひとの想いが怪異を生むから、それに繋がる記憶をね。でも本当はそれだけじゃない。だから今回は彼女が標的になった。命まで刈り取る事になった。魔女の目的――この【セカイ】の為なら何でもするわ。それが使命だから」

 世界の為――意味は分からない。けれど先輩達には何か大きな意味があるんだろうと思う。

 けれどそれだけじゃない、俺が知りたいのは。この苛立ちにも似た思いを生んでいる疑問は。

 「なんで古谷先輩は俺に……その事を教えようとしたんですか……?先輩が人を殺そうとしている、なんて事を……」


 「それはね、小夜に〝魔女〟でいて欲しいから」


 もう何も聞きたくはなかった、古谷先輩の言葉は。

 俺は背中を向けたまま、生徒会室を出ようとした。

 先輩の元に俺は行かなくちゃいけない。

 そんな俺にもう一言だけ、言葉が飛んできた。


 「小夜の所に行くの?間に合うといいわね。あの子がひとを殺す前に」


 その言葉は酷く冷たい刃の様。

 魔女は何を望んでいるんだろうか?

 俺と先輩がどうなる事を望んでいるんだ?


 ただ、分かることは――見えない背後で魔女が嗤い続けている事だけだった。


     ◇


 雨が降り続く街の中を走った、傘も差さずに。

 少しでも早く、先輩の元に着く為に。

 最初は天羽さんの家の方へと走るバスに乗ろうかとも思ったけれど、暫く時間があった。待てなかった。

 走る、ただ走る。

 全力で走って息切れするこの身体が、所々で足を止める事を強制する車の流れや横断歩道の赤信号が憎いとさえ思った。

 何度も人にもぶつかった。それでも謝りながら走り続けた。

 そんな俺に、不意に声が掛かった。

 「殻木田君?」

 声をした方を見れば、そこには先輩とデートした時に会った浅葱先輩がいた。浅葱先輩はこの間の星座の展覧会の行われていた百貨店の軒下で、傘を持っていない為か雨宿りをしているように見えた。

 「浅葱先輩……」

 駆け寄る。一度、止まってから身体を折って荒い息を整える。

 「どうしたの、そんなにずぶ濡れになってまで走って!」

 「先輩を…見ませんでしたか……?」

 もしかしたら、まだ天羽さんの所には行っていない事を祈りながら聞いてみた。

 「小夜か。実はさっき、百貨店の中で見たんだよね。何やら深刻な顔してさ、ひとりで星座の展覧会に入って行ったかと思えば、直ぐに出てきて。それからゴミ箱に、これを投げ入れていったんだよ」

 浅葱先輩がそれを俺に手渡す。


 それは――握り潰されてしまった短冊だった。


 「ねえ、殻木田君。最近、小夜とケンカとかした?あの子、ずっと教室でも暗いんだけど……」


 潰された短冊を開く。

 そこには――先輩の文字で書かれていた言葉があった。

 その言葉に胸が詰まった。

 ポケットに大切に仕舞い込む。


 「すいません。俺、もう行かないと!先輩の所に――」

 「え?あ、うん……」

 要領を得ず呆然としている浅葱先輩を置いて、俺はまた雨の中へと駆け出す。

 先輩に会う為だけに。



 そうして――俺は先輩と出会った。

 降り続く雨の中、桜の花が散って地面に落ちる中で。

 青白い不可思議な刃を持ちながら雨に濡れた先輩と。


 その足元には、天羽さんが倒れていた。


殻木田君は間に合わなかったのか?

いよいよ物語は佳境を迎えます。

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