降り続ける六月の雨に、花は散る―― 5
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夕暮れの公園で約束した通り次の日は、生徒会室に顔を出した。
思った通り先輩は仕事を溜め込んでいた。それも、かなり。
軽く目眩がした。
いつも通りやる気の無い先輩を促して、俺自身も働いて、少しずつ溜まっていた仕事を片付けていく。
「やっぱり物事は溜め込むと、後で大変なものね」
仕事の合間に尤もらしく、溜息を吐きながら先輩が呟く。
「そう思うなら、普段からして下さい」
軽く睨みを利かせながら言う。
「そうね、これからは考えてみようかしら」
先輩は俺と視線を合わせると、不意に微笑んだ。
その笑みを見て、俺も笑ってしまった。
何となく――いつも通りだと思った。
放課後の生徒会室、先輩とふたり。
こんな時間を過ごすようになったのは、ホンの数か月前からなのになんだか、ずっとこうしてきた気がした。
いつの間にか、俺にとって〝日常〟になってしまっていたんだ。
物憂げで浮世離れしていて、思いっきり怠惰な魔女の先輩との時間が。
いつまでも続くモノのように、この時は思えていたんだ。
生徒会の仕事を終えた後、先輩と一緒に帰る事になった。
それも普段と変わらない事。
でもこの日は――少し違った。
先輩は俺の手を握ると言った。
「殻木田くん、その…これから放課後デートしない……?」
「え……」
急な先輩のお誘いに、間抜けな声を上げる事しかできなかった。
「もしかしてあの、この後…何か用事があったりする……?」
「えっと……」
あったような、なかったような。
手に感じる柔らかな手の温もりと、少し頬を染めた上目遣いの先輩の表情が俺の頭の中を真っ白にしていく。
「ない、ですよ」
ただ、頷く事しか出来なかった。
「本当……?」
もう一度、確認するように問う。不安げに瞳を揺らしながら。
「はい。だから大丈夫です……」
強く、その手を握り返す。
「ありがとう……」
先輩が笑う。
それから、俺と先輩は街に出た。
手を繋いだまま。
少し前にデートした時に繋いだ事もあったけれど、今はそれ以上に気恥しかった。街には俺達と同じ制服の学生達も、放課後を過していて見られていないかと思って。それは先輩も同じようで、しきりに周囲を見渡していた。
けれど、ふたりして手を離す事だけはしなかった。
「緊張……するわね」
「そうですね……」
ある百貨店に入り、街に比べれば人目が無いのを感じて、俺も先輩も息を吐いた。緊張に耐えきれず、ついつい用事も無い所に入ってしまった。
「やっぱり、まだ慣れないものね」
「仕方ないですよ」
仕方ない、と思う。こんな風にデートするのも手を繋ぐのもまだ二度目なのだから。
「それでも、私は…んっ……」
繋がれていた俺達の手を見ていたかと思うと、先輩が俺の腕を強く抱きしめる。そのせいで腕に感じる先輩の身体の感触。普段はあまり気にしない(ようにもしてる)制服を押し上げているふたつの膨らみの感触を、特に。
流石にこれだけ密着すると意識してしまう。ドキドキして先輩から視線を反らしてしまう。
「やっぱり、あなたも男の子なのよね」
先輩が頬を染めながらも、どこか意地悪そうに笑う。
「せ、先輩……」
確信犯だとは思ったけれど、振り払う事は出来なかった。
「手を繋ぐ事に慣れないなら、って思ってしてみたけど少し刺激が強すぎたかしら。その、ごめんね。でも…少しだけこうさせて欲しいの……」
手を緩める事無く、俺の腕を抱き続ける先輩。
「――あれ、小夜じゃん」
その時、声がした。そちらを振り向けば、同じ学校の女子生徒。髪はセミロングぐらいで、全体的にさっぱりとしていて、活発そうな印象。
「浅葱――」
女子生徒を先輩が見る。どうやら先輩のクラスメイトらしい。
「後ろ姿も見て、もしかしたらと思って声を掛けてみたんだけど。おやおや、これは……お邪魔でしたかな~」
俺と先輩を見て、キシシと笑う。
「な、何を言ってるよ!」
先輩が動揺したように、声を上げる。
「腕まで組んでお熱い事で。いやいや、仲の言い事は良き事だけどさ~」
「ちょっと!」
珍しいと思った。
同じ魔女でもある古谷先輩とは普段から結構、口汚い言葉で罵り合ったりもしている先輩がタジタジだ。この浅葱というひとは多分、先輩の友達なんだと思った。
「はじめまして――ではないんだけど、改めて。小夜と同じクラスの時東浅葱です!よろしくね~」
時東先輩が俺に頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
初めてではない――俺も頭を下げながら、時東先輩を見る。
確かに、前にどこかで会ったような気がした。何時だった、どこだったかは思い出せないけれど。
「さて挨拶も済ませたし、ここらでお邪魔虫は立ち去る事にしょうかなあ~。お腹を空かせた家族も待っている事だし。あ、そうだ、さっき買い物した時の福引で当てたんだけど、これいる?」
時東先輩が俺達に差し出したのは、この百貨店の催し物『夏の夜空の展覧会』の二人分のチケットだった。
特にデートの行く先を決めていなかったので、有り難く頂戴することにした。
「それじゃ、アデュー!」
手をひらひら、と振りながら去って行った。
まるで、嵐みたいなひとだと思った。
「全く浅葱は……」
その後ろ姿を見つめて先輩が呟く。
俺には先輩と時東先輩の繋がりは分からない。そこには怪異が絡んでいるのかも。
それでも古谷先輩とは違う、先輩にとっては――いい友達なんじゃないかとは感じた。
次回は偽物の夜空のお話です。
しかし、偽物だからこそ見えないものもある。
ただ、綺麗なものでいられる事も。




