降り続ける六月の雨に、花は散る―― 2
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西日の差す公園に先輩と来ていた。
夕暮れの公園には誰もいない。日が暮れる前に子ども達は帰ってしまったのだろうか、家族の待つ家に。
公園のブランコに先輩は座る。
そんな先輩を見て、思う事があった。
「なんか先輩がそうして座っているのを見ると、ちょっと不思議ですね」
「不思議ね。似合わないとかではなくて?」
「ええ、なんていうか。先輩はその…子どもでないですけど、大人とも言えないし……」
まあ、あれだ。実はこのひと、子どもにしておくには随分とスタイルがいい。
特に夏服に包まれた胸の辺りとか……ごほん!
「なるほど」
俺の言葉に先輩は頷く。
「それにしても、あなたとこうして話すのも久しぶりな気がするわ。最近、放課後に生徒会室にはあまり来ないし」
「すいません。最近、気になる相手がいまして――」
「――気になる相手?女の子?」
先輩の俺を見る目が凄いジト目になる。普段はあまり表情を変えないひとなのでかなり怖い!
「……この間、電話で話しましたよね?街であった年配の女性のところに、暫く顔を出しますって!一人暮らしで、身体の悪いそのひとの体調が心配だからって!」
「そう言えば、そうだったわね」
思い出したように相槌を打った。
「あの、先輩。仕事溜めたりしてませんか?」
「どうかしら。誰かさんが来ないから気も紛れないし、大して面白く無い仕事に集中なんて出来ないわ」
はあ、全くこのひとは……。
俺の通う学校の先輩である虚木小夜先輩は、生徒会長だ。尤も人気というか雰囲気投票みたいなもので選ばれたので、役職に付いた本人には全くやる気は無い。普段から面倒くさがりな先輩が、積極的に仕事をする事はまず無い。
きっと、色々やる事が溜まっているんだろうな~。
明日は顔を出そうと、決める。
「ところで殻木田くん、あなたが心配して訪ねているひと――名前はなんていうの?」
「天羽桜さん、ですけど」
「そう、なのね」
先輩が俯いて、目を伏せる。
「ねえ、その天羽さんだけど、この街の季節外れの桜について何か言っていた?」
暫くしてから、そう言った。
「少し前に……夢のよう、だとは言ってましたね。今の時期に見られるなんて魔法のようだって。それで最近は、桜の絵を描いていたりもしますね。俺も見せて貰っています!凄く綺麗な絵なんですよ!」
「そう、なんだ」
何だろう?
さっきから先輩の答えが歯切れが悪いような気がする。
「先輩、天羽さんがどうかしましたか……?まさか、この季節外れの桜と何か関係があるとか……」
俺は知っている、この世界には魔法がある事を。
その力を使い、ひとの想いが引き起こす怪異を刈り取る存在がいる事も。
魔女――目の前の先輩がそうだ。
数か月前の怪異の中で俺は彼女と出会い、その後も何度か怪異に遭遇してきた。
怪異を生むのはひとの想い。ひとの想いを生むのは記憶。
魔女に刈り取りされたひとは〝何か〟大事な記憶を喪うのだ。怪異を生む程に強い想いを。
それはひとの怒りだったり、悲しみであったり――それが引き起こす怪異は、俺が遭遇したものは不幸な形のものが多かった。
誰かを、自分を傷付けて傷つけられて、痛々しくて。そんなものばかりだったと思う。
でも――今回の怪異は違うような気がする。
こんな不可解な事に関わるようになったのは、数か月前だけどそういう感じはしない。勿論、こういった事にはまだまだ知らない事ばかりだけど、この綺麗な季節外れの怪異が誰かを傷付けているようには思えない。
街でも何か目立った事件も起きていないし。
だとすれば魔女である先輩達にとって、これが怪異だとすれば何か不都合があるのだろうか?
「――先輩?」
声を掛ける。
しかし先輩は俯いたままだ、ずっと何かを考え込んでいるように見える。
「あのね…その殻木田くん……」
随分と経ってから、顔を上げて俺を見た。
「聞いてもいい?殻木田くんにとって…魔女は……私はどう、見えているの?」
その瞳はまっすぐに俺を捉えている。なのに、どこか不安げに揺れているようにも見えた。
「殻木田くんは…私をどう、思っているの……?」
「俺は……」
思わず言い淀んだ。
先輩と出会ってからそれほど時間が経った訳じゃない。でも色々あって、俺の過去とか想いを知られて。先輩が魔女である事や、その事で葛藤がある事も知って。
俺は――先輩を信じている。
それから大切だ。
出会った時からずっと。
それは変わらない、今でも。
でも、もうきっとそれだけじゃない。
今の俺は、先輩が――大事だ。
ずっと、傍にいて欲しいと思うくらいに。
先輩が俺に対して優しくしてくれて笑い掛けてくれる度に、もっとそうしていて欲しいと考えてしまうくらいに。
その笑顔を傷つけるヤツがいたら、多分――ソイツを赦せない気がする。
ただ、このひとに笑っていて欲しかった。
だけど、俺には分からなかった。
この気持ちを、どう形にすればいいのかが。
こんな想いをハッキリと誰かに抱いた事が無くて、戸惑っていた。
だから、この時はこう答えていた――
「――先輩を俺は信じていますよ。魔女として例え話せない事があっても、もしかしたら、魔女としての行いが正しいものだけじゃないとしても」
俺は知らない。聞かされていない。魔女としての行いの全てや、魔法についても。でもそれはただの学生である自分に、きっと話す事ではないのだろう。
それは当然の事で。
俺は知らない。どうして先輩が魔女になったのかを。そこには亡くなった彼女のお母さんの事があるんだと思うんだけど、それを直接、聞く事は憚れた。
それは人として安易には聞けない事で。
「やっぱり、そうよね……」
先輩は溜め息を吐いてから、また俯いてしまう。また、何かを考え込んでしまう。顔が曇ってしまう。
俺はどうしたらいいのか分からなかった、このひとが笑ってくれるには。
その時、ふと気が付いた。彼女の髪に散った桜の花びらが付いている事に。
花びらを払う為に、彼女の艶やかな黒髪を撫でる。
自分のこのもどかしい想いを乗せて。それでもできるだけ優しく。
「殻木田くん――」
先輩が俺の手を取ると、頬に寄せる。そして俺を見つめる。
それから何かを言いたげに唇が動いて、けれど言葉は形にはならず掠れたままだった。
「――明日は生徒会室に来てね。その……待ってるから」
そうとだけ先輩は言った。
「はい……」
俺は頷く事しか出来なかった。
キイ、キイと先輩の座るブランコが揺れる。
大人でも子どもでも無い先輩を乗せて。
この時、俺は聞いてしまうべきだったんだと後にして思う。
その事で例え、俺がどうなろうと。
そうしていたら、街に咲いたこの季節外れの桜の花は別の散り方をしていたと思う。
それに――俺の先輩に対する気持ちも、もっと大きく変わっていたと思う。
次回、この怪異について小夜と千鶴の見解が入ります。
ここまで読んでくれた方は既に感づいておられるかも。
三月と同じです。




