そこに〝ある〟だけのものを
そこに〝ある〟だけのものを
――空に傷がある。
それはやがて【セカイ】を壊すガラスに入ったような黒いヒビ。
それが見えるようになってから僕は考える。
ひとの手の届かないその場所に、なぜヒビが入るのかを。
その頃には僕は世界の仕組みを知ってしまっていて、この世界が決して幸福だけで満たされていない事も知っていた。
不幸が生むひとの想い、怒り、悲しみ、苦しみ、憎しみ、怨嗟、呪い、憤怒、憂い、孤独、孤立――
言葉に表せばキリがない。
僕は思い出す。
まだ空にヒビの見えなかった頃を。
その空は遠く、深く、とても綺麗だった。
誰が空を傷付けたのか。
それは想い。
ひとの想い。
自分という狭い【セカイ】が捉えた空は、僕のココロの中の傷を映し出す。
傷付いたココロが捉える世界は、やはり傷付いているのだ。
ひとは傷付ける。
ただそこに〝ある〟だけのものですら。
自身の想いで。
あの綺麗な空を。
そういう風に世界を感じてしまうから。
あの日の事が胸を過る。
散り逝くだけの花を傷付けようとした彼女の事を。
六月の雨の中で、雨に降られ続けた彼女の事を。
彼女は〝魔女〟だった――




